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勇者祭  作者: 牧野三河
第五十二章 死を司る武術
744/762

第744話


 冒険者ギルド、訓練場。


 マサヒデとカオルが冒険者と1対1で撃ち合っている間、男は「おお」と声を上げて驚いたり、頷いたり、拍手を上げたりして楽しんでいる様子で、次の相手は、と聞いた時も、手は挙げなかった。


 昼近くになり、全員がマサヒデとカオルと立ち会い、最後に男が残る。


「次の方は、もう居ませんか」


 マサヒデが声を掛けると、誰も手を挙げない。

 ちらっと男に目を向けると、男と目が合った。

 男は微笑んで、小さく首を横に振る。


「では、本日の稽古はここまでとします。

 皆さん、普段の稽古の成果は出せたでしょうか。

 多分、私達に言われた以外にも、自分で課題が見つかったと思います。

 次からそこを意識して、分からなければ私達に聞いて下さい」


「「「はい!」」」


「それでは、お疲れ様でした」


「「「ありがとうございました!」」」


 冒険者達が立ち上がり、男も軽く一礼して、一緒に出て行く。

 マサヒデとカオルが男を見送りながら、


「ご主人様。何者でしょう」


「さあ・・・只者ではない事は確かですが」


「敵意や殺気は一切感じられませんでした」


 マサヒデが軽く首を傾げて、


「分かりませんよ。そういうの無しに、何て言うかこう・・・何の気配もなく普通にやってくる方って、ある程度の鍛錬をした方だと、居ますからね」


 カオルが目を細め、


「厄介の元となりましょうか・・・つけますか」


 む、とマサヒデが腕を組む。

 正体が一切分からない。

 カオルに調べてもらった方が良いだろうか。

 少し考えて、


「ううむ・・・いや、直接聞いてしまいましょう」


 マサヒデが歩き出すと、カオルが慌ててマサヒデの稽古着を引っ張り、


「私が尋ねて参ります!」


「おっと・・・っと」


 引っ張られたマサヒデが足を止める。

 マサヒデが振り向くより前に、ささっとカオルが早足で行ってしまった。

 カオルの背中を見送りながら、


(正体も分からない武術家に、さすがに不用心か)


 自分の迂闊さに、苦笑しながら訓練場を歩いて行く。

 いきなり面と向かって「何者ですか」と尋ねるのは・・・


 こういう時こそ、忍の出番ではないか。

 カオルの出番を奪ってしまってはいけないかな、と頭をぽりぽりかく。

 思い返すと、結構、忍の出番を奪ってしまっているような気がする。



----------



「よっと・・・」


 訓練場の重い扉を閉めると、廊下の脇で先程の男とカオルが顔を突き合わせて、頷きながら何か話している。特に殺気立った感じではない。

 はて、とマサヒデが見ていると、男がにこにこ笑いながら口に指を当てて、ポケットから紙とペンを出して何やらさらさらと書き、カオルに渡した。


(うん?)


 カオルが渡された紙を見て、目を見開いた後、慌ててちらちらと左右を見て、紙を懐に丸めて入れる。


(情報省の者か?)


 忍らしい感じはしなかったが、もしかして情報省の忍だったのだろうか?

 カオルに何か報せでも持ってきたのかもしれない。

 あの驚きよう、余程の事だろうか。


 見ていると、は! とカオルがマサヒデに気付いて顔を逸らす。

 だが、表情からして、どうも悪い事ではなさそうだ。

 男はにっこり笑って、マサヒデに軽く頭を下げて去って行った。



----------



 食堂。


 マサヒデはいつもの日替わり。

 カオルもいつもの焼き魚定食。


 黙々と箸を進めていると、カオルが顔を上げて、


「ご主人様」


「む。どうしました」


「かの男ですが」


 すっとカオルが箸を置く。


「ああ。随分と驚いていましたが、もしかして情報省の方ですか?」


「いえ」


 ちら、ちら、とカオルが周りに目を配り、口に手を当てて、


「王流のお方です」


 マサヒデが眉をひそめ、


「すみません。おうりゅう?

 もしかして、王様の王に、流れると書いて、王流?」


「はい。その王流です」


「む・・・」


 これには驚いて、マサヒデの箸も止まってしまった。


 王流とは!


 戦乱期、ブデン王を守護する7家にのみ伝えられたと噂される、一子相伝の幻の武術! 天空に輝く死を司る七つの星に例えられ、それを見た者は死ぬと噂される! と言うより、只のおとぎ話と言われる流派である!


 マサヒデも一瞬は驚いたが、ふっと鼻で笑って、


「本物ですか? そもそも、王流ってあるんですか?」


 対してカオルは真面目な顔で頷き、


「ございます。戦乱の世も遠く過ぎ、今は7家とも捨扶持で暮らしておりますが、各家にしかと伝承されております」


「ええ? 本当だったんですか? 聞いた事がありませんが」


「他に見せる事が禁じられておりますゆえ、当然かと思います。

 されど、情報省には確かに7家の情報もございます。

 どの家も、最重要の監視・保護対象になっております。

 気配は感じませんでしたが、かの者にも監視がついておりましょう」


「で、先程の方は、本物の王流と」


「はい」


 止まった箸を動かし出し、


「なぜこちらに」


「トミヤス道場に向かう途中だそうです。

 武者修行と言うよりも、他派との交流をしたいと。

 旅の途中、ご主人様がこちらで毎朝稽古をしておられると聞いたそうで」


「え? 交流ですか?」


 他に見せる事が禁じられている流派が、交流?

 どういう事だろう。


「見せてはいけない技術もありますが、見せても構わない技術もあるそうで。

 各家から見せても構わない所をまとめ、近く道場を開く予定だとか。

 王流の7家も、今は捨扶持で貧乏暮らしですから・・・」


「へえ・・・王流の道場ですか」


「さすがに『王流』とは名乗れず、別名で新しく流派を立ち上げるそうです。

 それで、道場を開く前に、各地の道場との伝手を作っておきたいと」


「確か7家は・・・」


 マサヒデが箸を置いて指を繰りながら、


「剣術、体術、棒術、槍術、弓術、陰陽術、と、あとは・・・」


 マサヒデがカオルの顔を見ると、カオルが頷き、


「忍術。我らの術も王流忍術の流れを汲む、と言われております」


「ほう! カオルさんの術って、王流の流れだったんですか」


「真偽は分かりません。何しろ王術は固く秘されておりますし、見た事もございませんので、比べる事も出来ず。新しく開かれる道場でも、さすがに忍の術は教えないかと思いますが」


「で、その方がトミヤス道場へ。父上の所へと」


「はい」


「どの家の方ですかね」


「ううん・・・名は知っておりますが、どの家がどの教えを継いでいるかは。

 私には、最重要の保護対象だという事しか分かりません。

 申し訳もございません」


「謝る事はありませんよ。で、道場、でしたね」


「は」


 マサヒデがにやっと笑って、


「これ、良い機会ですよね」


「は」


「王流。私は、今のうちに仲良くしておくのも良いと思います。

 カオルさんはどう思います?」


「同じく」


「私は道場には行けませんし、頼んでも良いでしょうか」


「は!」


 慌ててカオルがすごい早さで飯をかき込み始める。

 カオルの様子を見て、マサヒデも食べながら、


「馬を飛ばせば、すぐに追いつくでしょう。

 2頭出して、1頭は道場までは貸して・・・

 もし道場で泊まるとなったら、カオルさんも泊まって構いません。

 出来る限り、習ってきて下さい。頼みます」


 がた、と音を立ててカオルが立ち上がり、


「行って参ります!」


「よろしくお願いします」


「は!」


 昼時の混み合う食堂をするすると抜けて、カオルが出て行った。

 王流の武術。

 王流は7家ある。どの家の武術であろうか。

 マサヒデの胸が一瞬踊り、ぐっと強い後悔の念が浮かび上がってきた。

 稽古の際、立ち会ってもらえていたら・・・


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