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勇者祭  作者: 牧野三河
第五十二章 死を司る武術
743/758

第743話


 翌朝、魔術師協会、庭。


 いつもの素振りを終わらせた後、本日は抜刀術もと、カオルと向かい合って真剣で抜き、構える。互いに剣が当たらぬよう距離を離して練習しているし、マサヒデは練習用の刀だが、カオルは真剣。やはり真剣稽古は緊張感が伴う。


 何度目か、しゃ! と抜いて、構えて、納めて、と繰り返していると、


「そろそろ朝餉に致しましょう」


 と、マツが縁側から声を掛けてきて、は! と2人が縁側に顔を向けた。


「おっと・・・つい熱が入ってしまいましたか」


「奥方様、申し訳ございません」


 カオルがマツに頭を下げる。


「構いませんよ。さ、お二人共、汗を流して上がって下さい」


「はい」「は」


 水浴びはカオルが先。

 マサヒデは縁側に歩いて行って、座って横に練習用の刀を転がし、


「ふう」


 と小さく息をついて、両手を横について朝の空を見上げる。

 居間で膳を前に待っている3人に、


「先に食べていて下さい」


「はーい! いただきまーす!」


 シズクが声を上げて椀を持つと、クレールも手を合わせて、


「頂きます!」


 2人はがつがつ食べ始めたが、マツが空を見上げるマサヒデに、


「どうかなさいましたか」


 と、声を掛けた。

 マサヒデは上を向いたまま、


「うん・・・少し、何かこう・・・違和感があるんですよ」


「剣術で」


「いえ。身体の方ではないのです。ううむ、何でしょうかね、この感じ。

 悪い感じではないのですが。良い感じでもない、ですが・・・何だろう」


「鉱脈が見つかって、牧場も出来て、製鉄も始まります。

 最近は色々と忙しくされておられましたし」


 マツが小さく笑って、マサヒデの背を見る。

 歳の割にはしっかりしているが、まだ16歳なのだ。

 マサヒデが小さく首を傾げて、


「そうですかね。何かこう」


 言いかけた所でカオルが戻って来て、


「ご主人様。井戸を」


「む。ありがとうございます」


 マサヒデが立ち上がって、手拭いを懐に入れて井戸に行ってしまった。

 カオルが歩いて行くマサヒデを見て、マツに目を向け、


「奥方様。何か」


 マツは小さく肩をすくめて椀を取り、


「さあ。何か違和感を感じるとか」


「違和感を」


 カオルが少し目を細める。しん、と庭を眺めるが、雀の鳴き声とマサヒデが向こうでばしゃばしゃ浴びている水の音、そして常駐の忍の気配のみ。

 まさかな、と思いながら玄関の方に回ってみるが、誰も居ない。


 門の外に見える、向かいの冒険者ギルド、通りを歩く町人達。

 すうっと気を巡らせてみるが、いつもの朝と何も変わりはない。


(はて)


 そのまま玄関から居間に上がって、奥の部屋に入ってさっと着替える。

 脇差を挟んだまま膳に付き、


「頂きます」


 と手を合わせて椀を取り、小さく眉を寄せ、


「何者かが居る訳でもなさそうですが・・・

 まあ、居れば私が気付かずとも、皆様がお気付きになられるでしょう」


「季節の変わり目ですから、気付かずにお身体に変化があったのでしょうか」


「かも知れませんが、ご主人様の勘は」


 と言いかけて、言葉を切る。

 マサヒデはカオルにはよく分からない、違う所で感じる所がある。

 立ち会いでも、殺気云々という所ではなく、相手が醸し出す空気で気配やらを感じ取ったりする・・・


「何か・・・我らの方で、変化があるのかも知れません」


「私達の?」


 んん? と、飯をがっついていたクレールとシズクがカオルに顔を向けた所で、マサヒデが顔を拭いながら縁側から上がって来た。着替えに奥に歩いて行くマサヒデを、皆が箸を止めて見送る。


「私達、何か変わったんでしょうか?」


 クレールが自分の腕をちょっと上げて見て、皆の顔を見渡す。

 マツもシズクも、同じように自分を見て、周りを見ている。


「私には良く」


 マツが小首を傾げる。

 シズクも首を傾げて、椀に向かう。


「ううん・・・私も分かんないな? まあ、食べよう」


「そうですね。悪い感じではないと仰っておられましたし、また面白い事でも起こるのかもしれませんね」


 ふふ、とマツが笑って椀を取ると、クレールもにっと笑って椀を取る。

 カオルが苦笑しながら箸を動かし、


「奥方様。ご主人様の『面白い事』は、面白いだけでは終わりません」


「ふふ。そうですね」


 笑いながら、2口目を口に入れた時に、着流しのマサヒデが入って来て、膳の前に座る。



----------



 朝餉を終えて、ギルドで朝稽古の時間。


 シズクは今日から警備に入ると言って、牧場に歩いて行った。

 マサヒデ達も町の門まで歩いて行き、牧場の様子を遠目から見る。

 もう2頭の馬が厩舎から出されて、馬屋と一緒に歩いている。


 馬が一足歩くたびに、朝日をてらてらと反射して輝く。

 遠くから見ても、あの馬の輝きはすごいの一言だ。


「馬屋さん、もう出してますね」


「昨晩は、本当に厩舎で寝ておられたのでしょうか」


 ふ、とマサヒデとカオルが笑う。


「あの様子では、いつまで経っても引っ越しが出来ませんよ。

 朝稽古が終わったら、我々で馬を見ておきましょう。

 馬屋さんには、その間に戻って引っ越しの準備をしてもらって」


「ふふ。もう『馬屋』ではなく『牧場主』ですね」


「確かに」


 くるりと回って、冒険者ギルドに歩いて行く。


「そう言えば、牧場の名前、決まったんですかね?」


「ああ、決めておられませんでしたね。

 さすがに、もう決めておられるのでは」


「黄金牧場とか、嫌らしい名前にしてないでしょうね。

 アルマダさんに怒られますよ」


「名は体を表すと申します。黄金牧場でも構わないのでは?

 何より、分かりやすいですし」


「まあ、確かに分かりやすいですけどね」


 朝から人が集まるギルドに入ると、いつものように受付嬢の元気な声。


「トミヤス様、カオルさん、おはようございます!」


「おはようございます」


 笑って返事を返してそのまま通り過ぎそうになり、おっ、とマサヒデが足を止め、


「そうでした。今日、明日くらいに、私かイザベルさん宛に通信が届くと思いますが、聞いていますか?」


「はい! 聞いております!」


「あ、良かった。何も無ければ、数日はここか魔術師協会で大人しくしているので、来たら呼んで下さい」


「はい!」


「では」


 軽く頭を下げて、マサヒデ達は訓練場に向かう。



----------



 しばらく冒険者同士の自由な立ち会いを見ながら、気付いた所に注意、助言を入れていく、という形で稽古をしていたので、今日はマサヒデとカオルが前に立ち、各人と1対1で立ち会う。


「本日は、私達と1対1での立ち会い形式で稽古を行います。

 私とカオルさんとはかなり違うので、1回ずつ立ち会って下さい。

 今日は今までの稽古の成果の確認と言った所ですね」


 マサヒデが気不味い笑みを浮かべて、軽く頭に手を置き、


「あ・・・っと、そうだった。普段は盾を使う方、いらっしゃいますか?」


 数人の冒険者が手を挙げる。

 マサヒデが軽く頭を下げて、


「では、準備室から訓練用の盾を持ってきて下さい。

 お手間を掛けして、大変申し訳ありませんが」


「「「はい!」」」


 手を挙げた冒険者達が立ち上がって訓練場を出て行く。

 ちら、と冒険者達を見送り、


「では最初の方」


「はい!」


(ご主人様)


 カオルの小さな声。

 勢い良く声を上げて手を挙げた冒険者の隣を見て、マサヒデが目を見開く。


「う」


(何者でしょう)


 隣でカオルがマサヒデだけに聞こえるように、口を動かさずに囁く。


 背の高い、小太りの、大柄な男。

 年齢はカゲミツと同じくらいだろうか。

 普通に稽古着を着て混ざっていたが、何者だ?


 立ち上がり歩いて来る冒険者を視界の隅に捉えながら、目は男に釘付けだ。

 カオルも、鋭い目でじっと男を見ている。


 この男、冒険者ではない。武術家だ。


 マサヒデの前に冒険者が立ち、マサヒデは冒険者に向かって竹刀を垂らす。

 目の隅で、男がにやっと笑ったのが分かった。


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