第742話
黄金馬牧場、予定地。
平屋の厩舎に向かって行くと、馬屋が笑いながら駆け寄って来た。
「すげえ、すげえ! 何て馬だ!」
「ははは!」
マサヒデが声を上げて笑うと、皆も顔をほころばせる。
イザベルも笑いながら、
「どうだ? お主の目に適おうか?」
「おお! おお! 勿論でさ! こりゃあすげえ!」
「すぐに次を連れてくる。こやつらを頼むぞ」
「お任せ下さいませ! ささ!」
馬屋が手を出して、イザベルが縄を渡す。
「うひゃあ! 黄金馬だ! 黄金馬だ!」
馬屋が飛び上がりそうになりながら、うきうきと厩舎に歩いて行く。
マサヒデ達も、にこにこしながら付いて行く。
馬屋は縄を引きながら、子供のような笑みを2頭の黄金馬に向け、
「へっへっへ。歩いて来て疲れたかなあ。今日はしっかり休んでくれよ!」
イザベルが馬屋を見て笑いながら、
「ははは! 我にはねぎらいの言葉はないのか!」
「お、おお! こりゃ失礼を! つい興奮しちまって!」
ぺちん! と馬屋が額を叩く。
「構わん、構わん! 興奮する気持ちは分かるぞ!」
「ありがとうございます! わははは!」
笑いながら、馬屋が歩いて行く。
マサヒデ達もにこにこしながら、石組みの厩舎に入って行く。
「おお」
マサヒデが腕を組んで厩舎を見回し、小さな声を上げる。
「へへへ! どうです、さすがマツ様でしょう!
仮組みなどと言わず、このままでも使えそうですよ」
「木でなくても良いんですか」
「出来れば木が良いですけどね。まあ、おいおい建て替えていけば」
よいしょ、と馬房の前の石の棒を持ち上げ、
「さあ、入ってくれ。今日からここがお前の家だ」
馬が入ると、よ、と石の棒を下げる。
隣の馬房にも馬を入れて、石の棒を下げる。
マサヒデがずっしり重い石の棒を持ち上げ、
「ははあ。これで」
「そういう事で」
棒の片側に丸い穴が空いていて、そこに石の棒が入っている。
入っている石の留め具はL字型で抜けない形。
これが馬房の門という訳だ。
馬屋がシズクの方を向いて頭を下げ、
「建て替えの時は宜しく頼みます」
「任せてよ! ちゃちゃっとやっちまうよ!」
ぐい、とシズクが力こぶを作る。
「飼葉も運んできましたし、井戸はあるし。
あとは柵さえ作っちまえば、この牧場、出来上がりってもんで!
さすがはマツ様とシズク様ですよ!」
ふふん、とシズクが胸を張る。
マサヒデが家の方を向いて、
「家の方は出来ましたか」
「戸と窓を作るだけですな。そしたら引っ越しです。
それまでは通いになりますが、ま、私は藁で十分眠れますからね。
いや、もう今日からここに寝ちまっても良いか!
空いてる馬房で寝りゃあ良いってもんだ!」
うっとりしながら、馬屋が2頭の黄金馬に目を向ける。
皆が馬屋を見てくすくす笑う。
完全に黄金馬に惚れ込んでしまったようだ。
2頭の馬も、嬉しそうにしているように見える。
----------
マツとシズクとクレールは牧場に残り、マサヒデ、カオル、イザベルが魔術師協会に戻る。
居間でマサヒデとイザベルが向かい合い、カオルが横から茶と落雁を出す。
「イザベルさん」
「は!」
「ご苦労さまでした。あと14頭必要です。頑張って下さいね」
「は!」
「それと、お父上には私から連絡しておきました。
牧場が始まってからでは、事後承諾になってしまうでしょう」
「は? いや・・・まあ、返事は分かっておりますので」
「かもしれませんが、これは趣味ではなく商売の事になります。
ファッテンベルクからも出資をする事になるんですからね。
これは先に連絡はしておくべきですよ。気を付けて下さい。
そこに気付かなかった私達も駄目でしたが」
「ははっ! 不心得、申し訳ありません!」
ば! とイザベルが頭を下げる。
「返事は何日もせずに来るでしょうが、まあ聞かなくても分かるとの事ですから、私が代わりに受け取っておきます。貴方は、引き続き馬を連れて来て下さい」
「は!」
「では、その茶を飲んだら、今日はもう戻って休んで下さい。
まだあと14頭も連れて来ないといけないんです。
あの森の中を歩いて行くんですから、自覚していなくても疲れはあるはず。
戻ったら、しっかりと寝て、疲れを抜く事」
「は!」
「今、金は持っていますか?」
「持っておりません」
「では、私の名を出して三浦酒天で酒と弁当を買って行きなさい。奢ります。
英気を養い、明日からまた頑張って下さい」
「ありがたき幸せ!」
「さ、頭を上げて、茶と落雁を楽しんで下さい」
「は!」
イザベルが頭を上げて、茶を一口飲み、落雁をかじる。
ほわあ、とイザベルの顔が緩む。
2日間の野外の歩きの後は、落雁が一際甘い。
適当に切り開いた森をさらに綺麗にしながら、馬を連れて来たのだ。
「ふふ」
カオルがイザベルの顔を見て笑う。
「いつもより美味しいですか」
「はい。とても」
「それは相当に疲れております証拠。辛い訓練は受けている。この程度は平気だ。
そのようにお考えと思われますが、本日はゆるりとお休み下さいませ」
「は!」
「それと、イザベル様のお話では、お父上も相当の馬好き」
「は!」
「通信でお話をと言われるかもしれませんが、今はお忙しい身。
その際は後日こちらからとお答えしておきますが、宜しいでしょうか」
「宜しくお願い致します。
それと、今回は森の切り開いた所を綺麗にしながら参りました。
次からは、もっと楽に馬を連れて来られます」
マサヒデが頷いて、
「それは頑張りましたね。ご苦労様でした」
「ありがたき御言葉」
イザベルが頭を下げた。
----------
茶を喫してから、イザベルは言われた通りに早々に帰って行った。
マサヒデも残った茶をぐぐっと飲み干して、ふう、と息をついて、静かに庭に顔を向けて、少ししてからカオルに笑顔を向け、
「では、カオルさん。我々も馬を見に行きましょうか」
「は!」
----------
ゆっくり歩いて牧場に向かう。
牧場はすぐ側。
シズクが向こうの土の壁の外で、柵を作り始めている。
「シズクさーん!」
マサヒデが声を掛けて手を振ると、シズクも起き上がって手を振った。
後ろのカオルの方を向いて、
「牧場もすぐ出来ますね」
「はい」
「明日には、あの馬達が外を歩いている姿が見られるでしょうか」
「ええ。我々の馬も引っ越しになるでしょう」
「楽しみです。引っ越しには、馬車も使って下さるよう伝えておきますか」
「流石、ご主人様です」
「流石って、ははは! どうせ馬車もこっちに持って来るんですから!」
厩舎に歩いて行くと、クレールが馬と話している。
マツと馬屋がクレールの通訳を聞いて、にこにこ笑っている。