第741話
翌日。
マサヒデ達が朝稽古を終え、ギルドの食堂で昼餉を食べていると、ロビーの方からざわざわした声が聞こえてきた。マサヒデが顔を上げ、
「あ、来たかな?」
カオルが頷いて、
「お帰りになりましたね」
「おっ! 来たね!」
シズクも声を上げる。
イザベルが馬を連れて帰って来たのだ。
「よし。早く食べて行きましょう」
「は」「はーい!」
がつがつがつ! と一気に飯をかきこみ、シズクが席を立って出て行く。
マサヒデもカオルも急いで食べて、ギルドを出て行くと、つなぎ場に綺麗な毛並みの青毛と鹿毛の馬。
「おお!」
「これは見事な!」
また、何と美しい馬であろうか! マサヒデとカオルが驚いて声を上げる。
イザベルの馬は正に『黄金』と言わんばかりの月毛であったが、これも素晴らしく美しい。日を浴びて燦然と輝いている。
細身な分、黒嵐達よりも優雅さを感じる。
優雅なだけではなく、頑丈で体力もあり、脚も丈夫で粗食で平気。
黄金馬とは、何と素晴らしい馬であろう。
「マサヒデ様!」
ぱ! とイザベルがマサヒデの方を向き、びし! と胸に手を当てる。
マサヒデが苦笑しながら、
「お疲れ様でした。また美しい馬を連れてきましたね」
「ありがたき幸せ!」
「来る時に見ましたよね」
と、マサヒデが門の方を向き、
「あれが牧場予定地」
「はっ!」
「住居はまだ仮組みですが、今日中には厩舎が・・・もう出来てるかな?」
背を伸ばして冒険者達の群れから頭を上げると、土の壁でぐるりと囲まれているのが見える。何だろうと避けてきたが、やはり牧場予定地であったか。
「ええっと・・・中が見えませんけど・・・
中でマツさんが魔術で家を建てています」
「はっ!」
「昼餉は食べましたか?」
「いえ!」
マサヒデがにっこり笑って、
「では、食堂に行って昼餉を食べ、湯に行って来て下さい。
急いで食べると胃腸にきます。ゆっくり食べる事。
湯も、眠ってしまいそうなくらいに、ゆっくりと湯船に浸かる事。
急ぐと身体を壊しますからね。終わったらここへ」
「は!」
頭を下げ、イザベルがギルドの中に入って行った。
小さくカオルが笑って、
「ふふ。身体を壊すなどと」
マサヒデも笑って、
「ああでも言わないと、カラスの行水で終わらせて戻って来るでしょう」
笑いながら、馬に目を戻す。
「それにしても、美しい馬ですね」
「はい。貴族連中に人気だというのも分かります」
「ねー!」
シズクも声を上げて頷く。
マサヒデが頷いて、
「クレールさんを呼んできましょうか」
「私が」
ささっとカオルが魔術師協会に入って行く。
すぐにクレールが出て来て、馬を囲む冒険者達の間を通って来て、
「おおー!」
と、声を上げた。
「イザベルさんが連れてきた馬です。どうですか」
「綺麗ですねえ! 黒嵐とどっちが綺麗でしょう!」
興奮して、クレールが拳を握る。
「細身な分、優雅というか。そんな感じがしますよね」
「はい!」
「これで、すごい持久力に丈夫な脚。いやあ、すごい馬ですよ」
「はい! すごいです!」
冒険者達も、ざわざわしながら頷く。
ふふ、とマサヒデが笑って、冒険者達に振り向き、
「皆さん、馬が集まりましたら、このギルドに牧場警備の依頼を出します。
この品種は、1頭1000金以上の馬になります」
うおお! と冒険者達から声が上がる。
「それと、このギルドにも、依頼料の代わりに1頭差し上げる予定です」
「トミヤス先生、それまじすか!?」
マサヒデが笑顔で頷く。
振り向いて馬を見てから、
「彼らと遊びながら、警備を宜しくお願いします。
2、3ヶ月もしたら、ファッテンベルクから騎乗技術の方が参られます。
警備ついでに、馬術の稽古をつけて頂くのも宜しいでしょう」
「すげえー!」
マサヒデが軽く頭を下げ、
「皆さん、警備の依頼がきたら、宜しくお願いしますね」
「任せて下さい!」
冒険者達が興奮して声を上げる。
マサヒデがクレールの肩を叩いて、
「警備の依頼は、クレールさんから宜しくお願いしますよ」
「はい!」
クレールが冒険者達にあてられたのか、興奮して頷いた。
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冒険者達とざわざわしながら馬を見ていると、イザベルが出て来た。
「おっ。来ましたね」
「は!」
マサヒデが頷いて、
「では、牧場に行きますか」
「は!」
イザベルがつなぎ場から縄をほどいて握る。
囲んでいた冒険者達が道を開け、輝く馬とマサヒデ達が歩いて行く。
「イザベルさん」
「は!」
「15頭の予定でしたが、16頭お願いします」
「承知致しました!」
マサヒデが小さく笑って、
「そこで理由は聞かないんですか」
は? とイザベルが小さく口を開け、
「いえ、別に理由など」
くす、と小さくカオルが笑う。
マサヒデも少し肩をすくめて、
「これから、あの牧場には金貨1000枚にもなる馬が集まりますね」
「はい」
「大金です。場所もだだっ広い平地に街道沿い。馬泥棒には格好の的です。
ですから、警備の為に、ギルドと長期契約を結びます。
追加の馬はその代金代わりというわけです」
「なるほど。金の代わりに」
「そういう事です。しばらくは、シズクさんが警備に入ってくれます」
ぱん! とシズクが拳を手に叩きつけ、
「そゆこと! しっかり守るからね!」
「シズク殿、ありがとうございます」
イザベルがシズクに頭を下げる。
「いいよ。私も馬達と仲良くなりたいもんね! 乗れないけど!」
「ははは!」「ふふ」
マサヒデとカオルが笑う。
牧場は町の門を出てすぐ。
衛兵が、羨ましそうにマサヒデ達を見送る。
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土壁に囲まれた牧場の外から、
「マーツさーん!」
と、マサヒデが声を上げると、
「はーい!」
声が帰って来て、しばらくして壁の向こうからかさかさと草を踏みながら小走りに駆けてくる音。壁の向こうから、
「マサヒデ様」
「馬が来ましたよ」
「あっ!」
さらさらさら、と目の前の壁が砂になって崩れ、マツが顔を出す。
イザベルの馬を見て、ぱあ、と顔をほころばせ、
「ああ! 素晴らしい!」
びし! とイザベルが背を正して頭を下げ、
「奥方様! イザベル戻りました!」
「まあ、そんなに。頭を上げて下さいませ」
「は!」
イザベルが頭を上げると、マツがにこにこしながら、
「先程、厩舎の仮組みが出来た所なんです。
ささ、皆様、入って下さい」
さらさらさら、と土の壁が広く崩れていく。
マサヒデ達が中に入ると、家の横にかなり長い平屋が出来ている。
「おお! あれですか!」
「はい。これから増えますし、広めに作ったんです。
馬房は40頭分ありますよ」
「ええ!? 40もですか!?」
「馬を預かったり出来るように、多目にしたんです。
そういう所でも商売をしませんと」
「ああ! なるほど!」
うふ、とマツが笑って、
「さあさあ、どうぞこちらへ!」
マツが先に歩いて行き、マサヒデ達が付いていく。
向こうから、馬屋がこちらに駆けて来る。
馬屋の顔は、顔は喜色満面だ。