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勇者祭  作者: 牧野三河
第五十一章 散歩
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第740話


 魔術師協会、夕刻。


 マサヒデ達が厩舎から戻ってすぐ、牧場組も戻って来た。


「おかえりなさい」


「只今戻りました」「戻りました!」「ただいまあー」


 にこにこしながら、3人が座る。


「上手くいきましたか?」


 マツが朗らかに笑いながら、


「はい。こういう作業ってやった事がありませんから、楽しかったです」


「厩舎も仮組みが出来ました!」


「私は退屈だったあー。棒刺すだけだったもん」


 退屈とは言いながら、シズクもにこにこしている。

 馬が楽しみなのだろう。

 カオルが笑顔で皆に茶を差し出していく。


「明日が楽しみですね」


「はい! どんな馬が来るんでしょう!」


「クレール様、警備の馬はどうなされますか」


「明日、イザベルさんが帰ってきたら改めて相談します。

 何と言うか、そこそこのを連れてきてもらおうかなって。

 冒険者さんが来るまでは、警備にはシズクさんが入ってくれます」


「そゆことー」


「ははは! 鬼が警備に立ってたら、誰も来ないですね!」


「はい!」


 カオルが微笑みながら立ち上がり、


「夕餉の支度を致しましょう」


「ありがとうございます」


「多目にね! 動いたから腹減ったー」


「ふふ。はい」



----------



 夕餉の膳が並び、マサヒデの「頂きます」に合わせて、皆も手を合わせる。


 今日は照り焼き。

 一日外で働いていたマツを労う為に、好物を作ったのだろう。

 箸を進めていると「あ!」とクレールが顔を上げ、


「マツ様!」


「はい?」


 大きな声に驚いて、マツが箸を止めてクレールの方を見る。


「今日、私達が働いている時に! マサヒデ様ったら、色町に!」


「あら」


 ぷんぷんするクレールに対し、意外にマツは普通だ。


「そんな目的ではありませんよ。カオルさんも一緒に居たのに」


「マサヒデ様、色町の方はどうでした?」


「子供達が走り回っていましたよ。あと、傾奇者が歌を教えていました。

 あ、そうだった。忘れる所でした」


 懐から椿油の小瓶を出して、マツに差し出す。


「これ。前にイザベルさんが持って来た、あの椿油。香り付きですよ」


「まあ! マサヒデ様にしては気がきくではありませんか」


「私にしてはって、引っ掛かりますね」


 マサヒデが苦笑すると、マツがころころ笑って、


「うふふ。ご自分では、おしゃれなんかには全く興味も示しませんのに。

 こういう所はまめなんですから・・・」


 マツが箸を置いて、小瓶を取って蓋を開ける。


「あら、良い香り」


「香りの見立てはカオルさんですよ」


「うふふ。だと思いました」


 マサヒデが店の様子を思い出し、


「昼間から混んでいましたね。イザベルさん、毎日売り切れ御免だって言ってましたが、冗談ではなさそうでしたよ」


「へえ・・・」


 クレールがマツの小瓶に目を向ける。


「意外な事に、お客さんには子供ばかりだったんです。

 それが、禿かむろという遊女さんの下働きだって聞いて。

 禿って才と品を見込まれた、すごい子供なんですって」


「そうですとも」


「マツさんは知ってたんですか?」


「勿論。昔、王宮勤めだった頃、元太夫の方と茶をよく飲みましたよ」


「へえ!」


「色々と楽しんでおりました。

 書、茶、絵、歌、踊り、三味線、鼓、琴、笛、囲碁や将棋まで。

 芸事は何でも出来るんです」


「書とか茶は分かりますけど、マツさんって踊りも出来るんですか?」


「出来ますとも」


 マツがにっこり笑って、立ち上がって違い棚の雀の鉄扇を取り、


「それではおひとつ」


「ぃよっ! 待ってました!」


 シズクが声を上げると、マツが微笑んで、正座をして、


「どなたか唄は出来ます? カオルさんは?」


 はい! とシズクが手を挙げて、


「私ー! 唄えるよ!」


 マツがにっこり笑って、


「では、シズクさん。頼みます」


「はいよっ! すうー・・・」


 と、シズクが息を吸い込んで、


「う~ら~らあ~かあ~なあ~・・・」


 ぽん! ぽん! とシズクが手を叩きながら歌い出す。


 ふわあ、とマツが手を回すように上げ、日を避けるように額の上に持って行く。すうっと立ち上がって、左手で扇子をちょいと摘むようにして、右手で左手の裾を摘む。


「わあ!」


 クレールが目を輝かせてマツの踊りを見る。


「日い~のお~いい~ろお~そみい~てえ~

 こんのお~まあ~にいも~」


 マツの踊りにも驚いたが、シズクが唄えるとは意外だ。

 するる、と扇子を開いて、マツの優雅な踊りが続く。



----------



 すう、とマツが座って手を付く。


「お粗末でございました」


「すごーい!」


 ぱちぱちぱち、と皆が拍手を上げる。


「うふふ。クレールさんも、舞踏会のダンスを教えてもらっても、このような舞踊はご存知ではなかったでしょう?」


「はい!」


「私もそうでしたもの。今度教えて差し上げますよ」


「わあ! ありがとうございます!」


 マサヒデがにこにこ笑いながら、


「ところで、シズクさんはなんで唄えるんです」


「ああっ! そうでした! なんでですか!?」


「酒の席で覚えただけだよ。酔っ払ったおっさんが歌ってるんだよ。

 こうやって、べたーってなって」


 こうやって、とシズクが酔いつぶれたような格好をして、


「うらーらーかなー、うぃっく! とかね!

 あははは! ぽん、ぽん、てテーブル叩きながらさ!

 変な歌い方してるから、面白いなって、すぐ覚えちゃった」


「へえ・・・」


「今のは蓬莱ですね。遊郭でよく唄われるそうですよ。

 うふふ。あまり私やクレールさんが踊ってはいけませんかしら?」


 カオルがくすっと笑って、


「ふふ。そうかもしれませんが、ドレスでは踊れませんでしょう」


「あら! カオルさん、痛い所を」


「ご主人様、踊りも武術に通ずるものがございますよ」


「ええ?」


「御留流ヤナギ車道流の2代目、ノリムネは能を学んでおられたそうで」


「まあ、戦乱期の方ですし、能はやってる人は多いでしょう。

 それが何か武術と関係が?」


 カオルがにやりと笑って、


「能の足運びに妙があり、そこに車道流の奥義があるとかないとか・・・」


「ほほう」


 食いついたか?

 マツとクレールの目にも期待が灯る。

 マサヒデも少しは嗜みを見せられる・・・


「でも、ノリムネは伝書を残してますね。

 それ読めば分かるじゃないですか」


「まあ・・・その通りですが」


「私はまだまだ。まともに振れもしないんです。

 踊る時間があるなら素振りですよ」


「他から学ぶという事も大事かと思いますが」


 マサヒデはひらひら手を振って、


「それは基礎が出来ているから出来るんです。

 私は基礎の基礎も出来ていない未熟者ですし、他に練習する事も多いから」


 カオルとシズクが恨めしげにマサヒデを見る。

 基礎も出来ていないのに、私達は負けたのか・・・


 しかし、ともカオルは思う。

 この姿勢があるから、マサヒデは強いのだろう。


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