第739話
牧場が大体出来上がったと聞いて、マサヒデ達は牧場に向かう。
町の門から出ると、すぐに見えた。
石作りの平屋があり、シズクが向こうで、どす、どす、と杭を刺している。
「あれですか」
「はい!」
目を細めて家の方を見ると、マツと馬屋が並んで図面を広げて、指を差して何やら話している。
「あの家は、まだ出来上がってないんですか」
「部屋をどうするか考えてるんです。お台所とか、寝間とか。
あと、窓をどこに開けるとか、他にも色々」
「まあ、旅先で適当に建てるのとは違いますからね」
「ドアも作ったりしないといけませんし、さすがに住居は簡単に作れないみたいです。
でも、今日の所は大体で。明日にはイザベルさんも戻って来る予定ですし。
急いで厩舎を作っておきませんと」
「ああ。楽しみですね。次はどんな馬が来るんでしょう。
またきらきらした馬が来るんでしょうね」
「楽しい馬が良いです。シトリナはおとなしいから良かったですけど、怖い馬だと安心して遊べませんし」
「黒嵐みたいにですか」
「緊張してしまいます!」
マサヒデが苦笑いして、
「黒嵐達も、この牧場に来るんですよ。
あまり他の馬達を緊張させないように、言っておいて下さいね」
「はい!」
向こうに目をやると、大量の杭を担いだシズクがどすん、どすん、と杭を打ち込んでいる。刺しているだけだが、打ち込む力がすごいのだ。地を伝わって小さな振動が伝わってくる。
「クレールさん、あれ、杭を刺してるだけですよね。
柵の、何て言うんでしょう、横の棒の部分? あれはどうするんです」
「後で付けます。出来上がるまでは、土の壁で覆ってしまいます」
「では、土の壁で覆ってしまうだけで良いではありませんか」
「この広さだと、中が見えない高い壁は作ってはいけないそうですよ。
そういう建物にするには、何やら特別な建築の許可が必要だそうです。
取り敢えず、仮組みで数日内ならという事で、許可を頂いたんです」
「何です、それ? 別に良いではありませんか」
「危ない人達が集まって、陣地とかを作らないようにする為なんですって」
「へえ。でも、そんな大工事してたら、すぐ見つかりそうなものですけどね」
「ですよね! 私もそれ思いました!」
「大体、そういう人達って決まりなんか無視してしまうでしょうに」
「ですよね!? そうですよね!?」
カオルが苦笑いしながら、
「ご主人様、クレール様。壁の高さは安全を考慮したものでもあります」
「安全?」
「あまり高い壁ですと、地震等で倒壊した際に大被害になりますゆえ」
「ああ、なるほど」
クレールが首を傾げて、
「あまり低い壁だと、飛び越えてしまいませんか?」
「ああ、そうですよね。馬って、高さはどのくらい跳べるんでしょう。
カオルさん、分かります?」
「高く跳べる馬ですと、人を乗せて6尺以上を跳びます」
「ええっ!? そんなに跳ぶんですか!?」
クレールが声を上げたが、マサヒデも驚いた。
そんなに高く跳べるとは。
カオルがシズクが刺していく杭を見ながら、
「黄金馬は特にはしこい馬ですので、高く跳べましょう。
ですが、馬は自分の住処と見た場所から、そうそう逃げたりは致しません。
3尺もあれば十分かと思いますが・・・」
ぐるりとカオルが周りを見渡す。
「ご主人様。ギルドと警備の長期契約を結びましょう。
1頭1000金の馬が、ここには群れる事になります」
「警備ですか」
「依頼料代わりに、ギルドに馬を1頭差し出せば宜しいかと。
長期契約には十分です」
「必要ですかね、それ」
「必要です。話を聞きつければ、他国からも盗みに来る馬泥棒は居ます。
盗品取引で半額で買い叩かれても、金貨500枚ですよ。
10頭盗めば、金貨5000枚。
徒党を組んで泥棒に来られても、おかしくない値段だと思いませんか」
「確かに・・・」
「しかも、街道に面した牧場です。さらに周りは平地。
乗って柵を飛び越えてしまえば、簡単に逃げられてしまいます。
馬は全力で走れば、1町(110m)を10も数えぬうちに走り抜けます。
競走馬の早い馬では、5も数えぬうちに」
「ええーっ! 馬ってそんなに早いんですかあ!?」
クレールが目を丸くして驚き、マサヒデも驚いた。
黒嵐を全力で走らせた事はないが、あの重さでそれほど出るのか。
「はい。警備は万全に、なるべく獣人族の方を回してもらいましょう。
ファッテンベルクから派遣されます方にも、警備を兼任して頂きましょう。
それと、警備用に別の馬も用意した方が良いかと思います」
「別の馬ですか」
「私が調べた所、クォーターという品種が良いかと思います。
急発進が得意で、短距離走ならどの馬にも負けません。
泥棒だ、となったらさっと追いかけるのに最適かと。
数も多いので、価格も手頃です」
「なるほど。その馬選びも、イザベルさんにしてもらいますか?」
「馬市はこの町ではやっておりませんから、また遠出になりますが・・・」
「さすがに騎士さん達に頼む訳にはいきませんからね」
クレールが顔を上げて、
「マサヒデ様。冒険者ギルドにお頼みしては?
馬市をやっている町のギルドに通信で依頼を出せば」
「ああ! それ良いですね」
カオルも頷いて、
「良いお考えです。さすがはクレール様です」
「んふふーん。もっと褒めてくれても良いのですよ!」
ふふん、とクレールが平たい胸を張る。
「では、こちらも経費という事で、クレールさんから依頼をお願いします」
「えっ」
「え、て何です。私はこの牧場経営には関わってないんですよ。
クレールさんなら、馬の1頭や2頭、お小遣いで軽く買えるでしょう?」
カオルが笑いながら、
「クォーターなら、金貨300枚も出せば上等なものが買えましょう。
警備の人数も考え、マツ様とお二人でご相談下さいませ。
この馬の餌代なども掛かりますので、赤字が出ませんように」
「う、ううん・・・」
クレールが頭を抱えながら、マツの所に歩いて行く。
ふ、と笑って、牧場の向こうの森を見る。
明日には、イザベルが意気揚々と馬を連れてあの森から歩いて来る。
牧場を見て、さぞ驚くだろう。
「カオルさん」
「は」
「シトリナ、見に行きましょうか」
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馬屋に行くと、見た事のない男が厩舎の前で暇そうに座っていた。
マサヒデ達が歩いて行くと、すっと立ち上がって綺麗に頭を下げる。
「お疲れ様です」
「マサヒデ様、カオル殿、馬のご用意ですか」
この男は忍だ。
馬屋がここを空けるので、クレールが留守番に寄越したのだろう。
「いえ。馬を見に来ただけですよ」
カオルがくすっと笑って、
「ふふ。暇そうですね」
忍が苦笑いをして、ちらっと厩舎の中に目をやり、
「は、いえ・・・あまり彼らの会話に入れませんもので」
「ああ」
この忍もレイシクランだ。
動物の言葉が分かる。
「どんな話してるんですか?」
「美味い草の食べ方は、何本ずつ、何口で、何噛みでとか」
「ははは! 蕎麦みたいですね!」
「黒嵐は寡黙ですが、やはり威厳がございますな。
意見が違って皆が言い合いをし出すと、一言で黙らせてしまいます」
「そうですか。自分の馬を褒められると、嬉しいですよ。
シトリナはどうです」
「上手くやっておりますよ。ファルコンに気に入られたようで」
「ファルコンに。ふふふ。毛並みが綺麗だからですね」
「そのようで」
マサヒデ達が厩舎の中に入っていくと、馬達が顔を上げた。
黒影と白百合が顔を突き出してくる。
カオルが足を止めて、よしよし、と2頭の頭を撫でて、
「ふふふ。良い子だ」
と、懐から角砂糖を出して与える。
マサヒデも黒嵐の前に行くと、黒嵐が嬉しそうに顔を突き出してくる。
(ううむ)
忍が後ろで腕を組む。
別段、気難しい悍馬ではないのだが、簡単に頭を下げる性格ではない。
その黒嵐が、あのように甘えた態度を取るとは。
「元気そうだな」
マサヒデが黒嵐に角砂糖を食べさせる。
嬉しそうに黒嵐がマサヒデの手を舐めている。
(イザベル様とはまた違う。このお人は馬もたらしてしまうな)
人だけでなく、馬までたらしてしまうとは。
動物は鋭い所があるから、逆にたらしやすいのか?
にこにこしながらシトリナに歩いて行くマサヒデの背中を見て、忍が唸る。