第735話
冒険者ギルド。
マサヒデとメイドが通信室を出ると、メイドが声を掛けてきた。
廊下を歩きながら、
「トミヤス様、此度はファッテンベルク家にご商売の斡旋を?」
「斡旋というか・・・まあ、そうですね。斡旋です」
「何故そのような事を?」
「偶然、商売になりそうな物が手に入りましたから。
話に出た魔術の道具も、あの馬も、私には不要の物です。
ですから、ファッテンベルクも入れて商売でもどうかなって」
「何故ファッテンベルクに? ご家臣だからですか?」
マサヒデが首を傾げて、
「まあ、それもありますが・・・何と言うか、支援のようなものですね。
ファッテンベルクって、本当にかつかつの生活なんですって。
10万石の領地も広さだけで、土地は痩せていて、内実は半分もないそうです。
さらに魔獣も多く、常に兵が走り回っているような所です」
「マツ様、クレール様から何か言われませんでしたか」
「良い事ではないですかって褒めてくれました。
ふふふ。黄金馬の牧場の話をしている時は、目に金の字が見えてましたよ。
でも、あの2人にはお小遣い程度なんでしょうね」
メイドがうっすら笑い、
「左様でしたか」
「ははは! そうだ、これ聞きましたかね?
アルマダさんが牧場の話を聞いた時の事」
「いえ、何も・・・何かございましたか」
「マツさんとクレールさんが役所で土地の話をしてた所に、目の色を変えて飛び込んで来たんですって! お役人が驚いて声を掛けたら「黙れ! 私に剣を抜かせる気か!」だなんて言ったそうですよ! ははは!」
「ハワード様が、そんなに? 信じられませんが」
「ふふふ。黄金馬って、馬の中でも特に高いそうですからね。ですけど、アルマダさんの家って大金持ちでしょう? そこまで必死になることないのに」
メイドが首を傾げて、
「いえ・・・数年して繁殖が始まりますと、毎年何千枚と入ると思いますが」
「最初だけですよ、そんなの」
「そうでしょうか?」
「だって、繁殖したら増えるんでしょう?
すぐに価格も下がるんじゃないですか?」
「毎年、何百頭も出すのであればそうでしょうが・・・
10頭も出せれば良い方なのでは?
それでは、価値も下がっていかないと思いますが」
「出してるうちに、他でも繁殖始めますよ。
ねずみ算で増えていきますって」
「そうでしょうか・・・」
「そうですよ。貴重な品種だ、うちでもうちでも、なんて色んな牧場や貴族が増やしていくんじゃないですか?」
メイドが首を傾げて、
「マツ様、クレール様、ハワード様がそこを見落とすとは思えません。
他で繁殖出来ないよう、去勢馬のみを売るでしょう」
「去勢」
マサヒデが思わず股間を見る。
ふ、とメイドが小さく笑い、
「そうすれば、繁殖は皆様の牧場でのみ可能という事になりましょう。
黄金馬の市場は、皆様の牧場が握る事になります」
「う、ううむ・・・」
「1頭が金貨1000枚として、年に10頭売れば1万枚。
そのうち2割でも、2000枚。
税金や維持費で半分持っていかれても、毎年1000枚の収入です。
しかも市場価格はほぼ独占です。規模が大きくなり、頭数が増えればさらに。
これは大商売になるかと思いますが」
「カオルさんが言うには、マツさんやクレールさんにはお小遣い程度だって」
くす、とメイドが笑って、
「確かに、あのお二方にはお小遣い程度かもしれませんね」
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冒険者ギルドを出ると、すぐ側の門の外からざわめきが聞こえる。
マツとクレールが土の魔術で建物でも建てているのだろう。
つい見そうになったが、出来上がるまでは見ない。
(馬鹿らしい)
自分がおかしくなる。
何故、こんな事に強情になるのやら。
すたすたと早足で道を横切り、向かいの魔術師協会に戻る。
からからから・・・
玄関を開けると、いつも通りカオルが頭を下げている。
「ただいま戻りました」
「おかえりなさいませ」
マサヒデが上がり框に腰掛けると、カオルが頭を上げた。
ぽん、と軽く膝に手を置いて、
「カオルさん」
「何かございましたか」
ううむ、とマサヒデが小さく唸って、
「いや、報せを出してしまってから言うのも何ですけど、何か恩の押し売りをしたような感じがしてきて」
くす、とカオルが笑って、
「ご主人様、もう手遅れです」
「ですよね」
「もしかしたら、先方もそのように受け取るかもしれません。
ですが、財政が厳しい事は現実です。
ただ家臣可愛さの提案で、と言えば宜しいのです」
「家臣可愛さ、ですか」
マサヒデが天井を見上げて、
「ううむ。私、イザベルさんを少し甘やかしてますかね?」
くす、とカオルが笑って、
「ええ。それはもう。家臣可愛さが恥ずかしければ、クレール様からのご提案とされれば宜しいかと」
「そうします」
草履を脱いで、ぱたぱたと足をはたいて上がる。
居間に戻ると、すぐにカオルが茶を持って来て、
「ご主人様の前では、イザベル様はまるで子犬です。
つい甘やかしたくなるのも仕方ございません」
「ははは! 子犬ですか!」
「ええ。背中ではぶんぶんと尾を振っておられますし」
「そんなにですか?」
「はい。それはもう勢い良く」
マサヒデが苦笑しながら湯呑を取り、
「まあ、想像はつきますけど」
ずずっと茶をすすって、庭を見る。
中途半端な時間になってしまった。
訓練場に行っても、すぐに昼だ。
「ちょっと、変な時間になってしまいましたね」
「変な時間?」
「中途半端な時間。今から訓練場に行っても、すぐ昼ですし」
「ああ」
どうしようかな、と考えていると、ふ、と小さく風が入って来た。
カオルと稽古でもしようと考えていたが、少し外に出ようか?
「出掛けます」
「どちらへ」
「歓楽街。まだ行った事がありませんし」
「歓楽街ですか?」
「ええ。先日、イザベルさんが良い椿油を見つけたって話してましたね」
「椿油を買いに行かれるのですか?」
「お土産はそれにしますか。ま、ただ散歩に行くだけです」
「散歩」
カオルが驚いた顔でマサヒデを見る。
「何です、その顔」
「いえ・・・」
時間があれば稽古か寝るか。
てっきり、庭で素振りか、カオルと稽古でもするかと思ったのだが。
「ご主人様が散歩など、少し珍しいと思いまして」
「そうですかね」
「では、私も参りましょう」
「さすがにお守りがいる年ではないですよ」
「ご主人様も、そういう事に興味が出てくる年ですし」
マサヒデがむっとして、
「やめて下さいよ、その言い方。そんな目的で行くのではありません」
カオルがにやにやして、
「そろそろ、子供から卒業ですか」
「もう卒業してますよ」
床の間のタマゴ、テルクニに目をやる。
「されば余計に心配が」
「余計な心配? 何です」
「色を覚えますと、男には弱点が出てくるもので」
「弱点?」
首を傾げて、手を握ったり開いたり。
「特に、変化はないように思えますが」
「世には色仕掛けという言葉もございますゆえ」
「マツさんとクレールさんを置いて、女性を買うような真似はしませんよ。
そんな事をしたら、命に危険がありますから」
「ふふふ。確かに」
「一緒に散歩に行きたいんですか?」
「はい」
「最初から、そう言って下さいよ」
「最初に、私も参りましょう、と言いましたが」
「む」
カオルがくすっと笑って、
「ふふ。少し、思春期の青年をからかってみたくなっただけです」
「全く・・・大体、カオルさんも私と大して年齢も違わないでしょう。
貴方もまだ思春期ではないんですか」
「さあ。自分でも年齢は分かりませんので」
「そういう使い方で大人ぶるのはやめて下さいよ」
「世間にかけては、ご主人様より通じておるつもりです」
「まあ、私も世間知らずとは自覚していますよ。
ふふふ。せっかくの散歩ですし、テルクニも連れて行きますか?」
「まさか! ご主人様、まだ赤子のうちから色町になど!」
カオルがくすくす笑い出して、マサヒデも笑ってしまった。