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勇者祭  作者: 牧野三河
第五十一章 散歩
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第731話


 魔術師協会、庭。


 勘を養う稽古で、マサヒデが目を瞑って歩いて来るカオルを避ける。

 ぴりぴりしながら、目を瞑ったマサヒデがカオルを避けると、拍手が上がる。


「ご主人様。一度休憩致しましょう。そろそろ集中も切れます」


「む、そうですか」


 ぱちっと目を開けると、抜身の小太刀を持ったカオルが目の前。

 音もなく歩いて来たのに、何故か避けられた。


「勘が磨かれたと、はっきりと実感出来たと思います。

 例え目も耳も働かずとも、人は危険をこれ程に察知出来ます」


「ううむ! 素晴らしい稽古でした」


「気疲れが参りますから、縁側へ参りましょう」


「分かりました」


 すたすた歩いて、皆が並んで座っている縁側の端に座る。

 すっとマツが茶を出してくれて、ごくごくと一気に飲み、


「他にも、勘を養う稽古ってあるんですか?」


 カオルが小さく首を傾げて、


「そうですね・・・簡単なのは断食です」


「断食ですか」


「山で2、3日過ごしていると、妙に勘が働くようになりますね」


「ええ。なります」


 マサヒデが頷く。


「あれと同じで、数日断食しているだけで、感覚が鋭くなります」


「へえ・・・」


「水も絶っておりますと、遠くの水の音や、水の匂いが鋭敏に感じられます。

 ふと気付けば、小さな虫が動く音なども感じられるように」


「断食ってそんな効果があるものですか」


 カオルが頷いて、


「ございます。命が危険になるほど、人の身は勘が鋭くなります。

 立ち会いの時に、妙に勘が鋭くなる時と全く同じ理屈です」


「ああ、それありますね」


 深く頷くマサヒデの横で、クレールが凄い勢いで顔を向け、


「駄目です! 断食なんてしたら、すぐに死んでしまいます!」


「ははは! クレールさんは食べないといけない種族ですから仕方ないですね。

 我々なら、数日はぎりぎり生きられますから」


 カオルが小さく笑いながら、


「クレール様は、滝行などは如何でしょう」


「滝行ですか? あの、お坊様が修行に行うあれ?」


「はい。あれをやりますと、姿勢がすごく良くなります。

 美しい立ち姿になりますよ」


「ええ!? 滝行ってそういう修行なんですか!?」


 カオルが頷いて、


「正しい姿勢で水を受け止めませんと、身体が水の重さで潰れて流されます。

 流されまいと踏ん張って身体を動かす内に、ぴしっと背中の軸が揃います。

 そうしますと、水程度は簡単に流れて行くのです」


「おおー! そういう修行だったのですか!」


「冷たさに耐える修行と思われますが、本来は姿勢を正すための荒行です。

 ですので、武術家の方々にも滝行を好んで行う方がおられます。

 正しい姿勢で撃ち込まれる一撃は、中々避けられません」


「へえー!」


 マサヒデが顎に手を当てて、うんうん、と小さく頷きながら、


「なるほど。上からの水の重さも、しっかりと身体の軸が揃っていれば、簡単にいなせるというか、平気になってしまうという訳ですか」


「いかにも。ですので、滝行は大して長い時間は行いません。

 水を浴びながら、九字を30回切るだけです」


「30回もですか・・・」


 マサヒデが顔をしかめる。

 クレールが滝行に興味を持ったのか、顔を突き出して、


「カオルさん! くじをきるって何ですか!? 当たりが出るまで!?」


 カオルが苦笑いをして、


「おみくじではありません。このように指を2本、立てまして」


 ぴしっとカオルが人差し指と中指を真っ直ぐ上に立て、


「臨! 兵! 闘! 者! 皆! 陣! 烈! 在! 前!」


 ぴ! ぴ! ぴ! と九字を切る。


「と、9回、縦横に線を引くだけです」


 クレールが目を輝かせて手を合わせ、


「かっこいいー! それが九字ですか!?」


「はい。修験道から生まれたおまじないのようなものです。

 素人はこの九字を切ってはならぬと言われますが、忍ではおまじないです」


「おまじないなんですか?」


「はい。修行中、気合を入れるために、大声でこれをやるのです。

 別に怪我をしないように、上手くいくようになどのお願いの意味はありません」


 マツが頷いて、


「九字は戦神のおまじないですね。戦勝祈願でしたか?」


「おお、流石は奥方様。ご存知でしたか」


 マサヒデが興味なさそうに、


「へえ。そうだったんですか」


 カオルが意外そうな顔で、


「ご主人様はご存知なかったのですか?」


「九字は知ってましたが、何のおまじないかは知りませんでした」


 くす、とカオルが笑って、


「クレール様が好きなガンシュウ=モートシーも、この戦神を旗印としておりました」


「ええ!? それであんなに戦に強かったんですね!」


 マサヒデが笑って、


「ははは! 戦乱時代の人達は、たくさんこの神様を崇めていましたよ!

 俺が勝つ、俺が勝つ、なんて!」


 ふ、とカオルも鼻で笑って、


「神に祈って戦に勝てるのなら、世界中、神主が王になっております。

 当然、魔の国との戦にも、人の国が勝っておりましたでしょう。

 自分や兵達への景気付けや、求心力に使われているだけです」


 シズクが苦笑いして、


「二人共、夢がないなあー」


 マサヒデは手をひらひら振って、


「そう都合良く神様が力を貸してくれる訳がありませんよ」


 カオルも冷笑を浮かべ、


「私もそう思います。皆の心をまとめる為のものですね」


 マツもクレールも2人を呆れた顔で見て、


「達観しているというか・・・」


「ドライですね・・・」


 マサヒデは笑いながら、


「私が信じているのは幽霊だけです」


 ぷ! とシズクが吹き出して、


「あははは! なんでお化けは信じてるのさ!」


「何を言ってるんです。そこに死霊術師がいるではありませんか」


「あっ」


 シズクがクレールを見る。


「あ、そうか。お化けはいるじゃん」


「そうですよ。シズクさんが幽霊を信じてない事に驚きましたよ」


 クレールが少し首を傾げて、


「死霊術は幽霊とは違いますけど・・・」


 マサヒデが苦笑しながら、


「似たようなものでしょう?」


「まあ・・・そうと言えばそうですけど、ううん」


「何が違うんです」


 クレールが腕を組んで、首を左右に傾げながら、


「死んだら、魂って、すぐ消えていってしまうんですよ。ものの数秒もしません」


「はっ?」


「だからこう・・・あ、そうです! 何かが宿った刀みたいな!

 色んな物に宿ったり出来ると、中々消えないようになるんです。

 逆に、宿れない魂って、すぐ消えて無くなります」


「え、え? 幽霊って無くなるんですか?」


 クレールがにっこり笑って、


「そうです! 運良く何かに宿ることが出来ると、幽霊になれます!」


「運良く?」


「はい! ですから、死んだ時に何かに宿れるように、普段から良い行いを致しましょう! きっと、運が良くなります!」


 幽霊になれるというのは、ありがたい事なのか?

 マサヒデ達が怪訝な顔で、


「それは幽霊とは何か方向が違うというか・・・」


「そうすれば、マサヒデ様も長く生きられます!」


「ええ? 何か違いますね。恨みつらみが、とかではなく?」


「マサヒデ様、思いが宿るのと魂が宿るのは違います。

 私の魔剣にはラディさん親子の思いは宿りましたけど、魂は宿っていませんよ」


「あ、そうか。違うのか」


「私は死んだことがないので分かりませんが、幽霊になれるかは運ですよ。

 中には、もしかしたら、そういうのもあるかもしれませんけど。

 絵物語のうらめしやー、なんて、罰当たりも良い所です!」


「いやその、確かに罰当たりですけれども・・・

 では、幽霊になれる人って、運が良いのですか?」


「そうですよ! すぐ消えますから、もの凄く運が良い方々です!

 おみくじで大吉が連続して何回も出るくらい!

 幽霊になれたら、神様に感謝しないといけません!」


「感謝ですか」


 マサヒデ、カオル、シズクが顔を見合わせる。

 幽霊とはそういう存在だったのか・・・


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