第729話
冒険者ギルド、受付。
「おはようございます!」
「うむ。おはよう」
「昨日はたくさんこなしてくれましたね!」
「今日もみっちりやるぞ。明日からまた少し離れるゆえ」
「また何か・・・あ!」
イザベルがにやっと笑って、
「ふふん。分かるか」
「馬! 馬ですね? 捕まえてくるんですね!」
「そうよ。明日は2頭かな・・・明後日からまた・・・
2頭ずつが限界かな。しばらくは馬を連れにギルドから離れるのだ。
急がねば、牧場の完成に間に合わんだろう」
「牧場?」
「うむ。そこの、町の入り口からすぐ外に、マツ様、クレール様、ハワード様の共同出資で牧場を作る予定だ。あの辺りの野っ原に、どどん! とな」
「うわあ! あの3人が共同出資で!? 凄いですね!」
頷いて、イザベルが腕を組む。
「馬の居場所は秘密ゆえ、馬は我1人で連れて来ねば。
それゆえ、ちと大変だが何往復もして数を揃えねばならぬ。
牧場が出来たら、しばらくギルドに牧場手伝いの依頼も出るかもしれぬぞ」
「出来たら、見に行っても良いんですか!?」
「構わん、構わん。街道沿いにどんと作るのだぞ。堂々と見られるわ」
「うわ、すごい! あ、もしかして、イザベル様の馬みたいな!」
イザベルが苦笑して、
「今そこに気付くか。そうよ。あの品種を増やしたいのよ。
上手くいくと良いがな・・・あれは数少ない品種ゆえ」
「わあ・・・凄い! きらきらした馬がいっぱいなんですね!」
「そうだぞ。河原毛、月毛の黄色っぽい感じの馬は高く売れるのだ。
白いのも出るからな。これまた売れるであろう」
「え、え。どのくらい高く?」
「ふふふ・・・我の馬であれば、競りにかければ・・・
とんでもない値になろうなあ・・・売る気はないがな。
ま! そこは実際に競りが行われれば分かる」
「とんでもない値! 金で100枚とかですか?」
「そのくらい、普通の馬でもいく。馬は高いのだ」
「100が普通だと・・・じゃあ、300枚、400枚?」
「さあな。ま、楽しみにしておけ」
「うわー!」
「ふっふっふ。さあて! 仕事にかかるか!」
肩をぐるぐる回して、イザベルが掲示板の前に歩いて行く。
今日はどんな依頼があるであろうか。
多少安くても、飯や日用品が貰えそうな仕事が良い。
ぴっと依頼書をはがし、受付に歩いて行く。
稽古に加わりたい! しかし馬も用意しなければ!
歯を噛み締めながら、受付に向かう。
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魔術師協会、居間。
マサヒデ達がぐるりと輪に座って、
「水が出ましたか」
「は」
「マツさん。これで場所は大体決まりましたね」
「はい」
「もうひとつ、大事な事がありますよね」
「なんでしょう? お引越しとか・・・」
「名前ですよ、名前。牧場の名前、決めたんですか?」
「あ」「ああっ!」
マツとクレールが顔を合わせる。
「決めてませんでした・・・」
「マツ様、どうしましょう? オリネオ牧場とか? 黄金馬牧場とか?」
「オリネオ牧場なんて平凡ですし、黄金馬牧場って、こう・・・何だか、嫌味ったらしい感じがしませんか?」
「うーん・・・」
マサヒデが苦笑して、
「良い名前を考えておいて下さいね。
変な名前を考えると、アルマダさんが怒りますよ。
では、カオルさん。シズクさん。稽古に行きましょう」
「は!」「はーい!」
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冒険者ギルド、訓練場。
マサヒデ、カオル、シズクが乱取り稽古をする冒険者達の間を歩いている。
「剣を合わせてきたら下手に弾かない!
くっつけていたら、相手の動きが分かります!」
「角度を変えるだけ! つっぱっていかない!」
マサヒデが冒険者と代わり、相手に密着するほどに踏み込んで小手を押さえ、
「こう踏み込んでしまいなさい」
手をぐいぐいと押し付け、
「斜に入れば、このように制する事は簡単です」
「はい!」
また歩いて行く。
「回すのではない! 巻く!」
「螺旋の回転は、大きくも小さくも自由自在!
攻めと守りで使い分けるのです!」
「他にも敵がいることを念頭に置きなさい! 周りにも注意を払いながら!」
冒険者の間に入り込み、肩越しに後ろを向いて、
「好きな所でかかって来て下さい」
「はい!」
後ろの冒険者が剣を振り上げた瞬間、マサヒデの竹刀を肩に担ぐようにして、竹刀の先を相手に向ける。
「う!?」
「こう。後ろにも牽制になる。前の対する相手には、このまま踏み込んで袈裟斬りにも持っていける。後ろの気配は、音がするから簡単に察知出来る」
「簡単ですか!?」
「余程の相手でなければ、少し動けば音が出ます。
音がしなくても、動けば地から伝わってきます。
感覚です。人族だって、慣れればすぐ分かるようになります」
「見えない相手からの攻撃を、どう受けるのですか?」
「受ける必要はありません。『分かっているぞ』と見せるだけ。
これだけで簡単に動けなくなります。正面の相手も驚きます。
そこに隙が出来たら撃ち込む! 駄目なら横に動いてしまいなさい」
「「はい!」」
マサヒデが離れて行く。
槍と剣。剣が槍の間合いの内に踏み込み、槍が押し出そうと横に回す。
「違う! 身体ごと回る! 手はそのまま!
横からではなく、後ろから押し出す感じです。
腕はそのまま、身体を中心に。手では、重い相手を押し出せません」
「はい!」
マサヒデが槍の冒険者の横に立ち、後ろにある右足を軸に、左足を反時計回りに後ろに回していく。
「こうです。足運びはこう。こう回るだけ」
「こう」
「この時、手では押し出せませんよ。
それでは槍が残ってしまいますから、肘も引っ掛けて身体で回すのです。
まだ相手の剣は届かない。左手を逆手に持ち替えてしまっても良い」
「なるほど」
「ゆっくりやってみて下さい」
くるうり・・・
正面の冒険者がゆっくりと押し出されていく。
「そう。前に踏み込もうとする所に後ろから押されるから、まず崩れる。
頭を後ろから叩いても良い。槍を上から下に。得物を叩き落としても良い。
同じ動きで足を払ったり絡めても良いし、この勢いで押し倒しても良い。
横か後ろから穂先で切る、突く。どれも無理そうなら、離れて間を取る」
「はい!」
「シズクさん!」
「はーい!」
どたどた・・・
「棒の守りを見せてあげて下さい」
冒険者の方を向いて、
「棒と槍とは違う使い方も多いですが、長柄の守りの手本になるでしょう。
今の動きも、棒と殆ど同じ使い方。色々見せてもらいなさい」
「はい!」
マサヒデが離れて行く。
カオルも歩きながら、冒険者を見ていく。
「そこです。今のはもう少し踏み込みは軽くても宜しい。
浅くで良いのです。傷を付けられれば怯んでいく。
欲張らず、浅く少しづつ。出血ですぐ動きは鈍ります」
「はい!」
「中段構えの時は、切先は首や目に向けると宜しい。
わざと相手に見せ、動きを止めるのです。
余程の手練れでなければ、簡単に踏み込めなくなります。
切先が上がっていれば、振り被りも楽になります」
「はい!」
「二の手三の手! 全て必殺の一撃で振れなければいけません!
囮の振りなどと甘い振りなどして、それを取られて崩されたらどうします」
「はい!」
カオルが冒険者の斜め後ろに立ち、
「丹田を中心にして動くのです。足から動くと遅れます。
必ず丹田から動くのです」
「カオル先生、丹田とは」
「臍下丹田。名の通り、へその下3寸の所です」
「へその下」
冒険者が帯の下を、く、く、と押し、んん? と首を傾げ、
「骨盤ですか?」
「違います。その上の何もない所です。
動く時はまずそこから。その辺りを意識してみると宜しい」
冒険者が小さく首を傾げ、へその下に指をぐいぐい押し込む。
カオルが横に立ち、
「背を真っ直ぐに」
「はい」
「そうではない。背を伸ばせと言うと、貴方のように後ろに弓に反る人が多い。
背骨を腰から真っ直ぐに・・・」
カオルが冒険者の腰に手を当てて、ゆっくりと首まで登らせていく。
「宜しい。このような感じです。首をそこに乗せたまま、固定。
では、空気椅子のような体勢を取って」
「はい」
冒険者が腰を落とす。
「で、少し尻を上げる。空気椅子まではいかない、高い椅子くらい」
「このような」
「そうです。で、手を地面と平行に前に出す」
「こう・・・」
「で、股間をゆっくりと前に出しながら、立ち上がる」
「む? このような・・・」
「先程の位置の奥の方。腹の中の下の方。力が入っておりませんか?」
「あ! ああ、これ! ここですか!」
「もう一度、空気椅子から。背は真っ直ぐのまま。そこに気を付けて」
冒険者がぐいんぐいんと腰を落としては突き出し、
「あ、ああー! ここかあ! これが丹田!」
「動く時はそこを中心に、そこから動くのです。こう」
くる! とカオルが後ろを向き、
「と、このように素早く動けます。足は後から勝手に付いてきます」
くる! と前に向く。
「なるほど!」
冒険者がぐいぐい腰を前後に動かしながら頷く。
「そこが崩れなければ、どんな体勢でも簡単には崩されません。
その動きで丹田が鍛えられますが・・・」
「はい!」
「しかし、その鍛錬は、男性がやると傍目にはいかがわしい。
なるべく1人の時にやるとよろしい」
「はい! ・・・はっ?」
冒険者が動きを止めて、きょろきょろ周りを見渡す。
にやにや笑いながら、周りの冒険者が見ている。
くす、とカオルも笑って、離れて行く。