第726話
郊外のあばら家。
マサヒデ、アルマダ、カオルが縁側に座り、シトリナに群がる騎士達とシズクを見ながら、
「あれ、そんなに凄い馬だったんですか。
早馬にも使われる、なんて聞いてたから、そこまで高くないのかと」
「非常に貴重なんですよ。西方の砂漠の国にしかいない馬。
紛争地域ですから、外に出ることは滅多にないんです」
「それは聞きましたが」
「純血でないと、あの輝く光沢は出ないんですよ。
ですから、他の種と交配しては増やせないんです」
「へえ・・・」
「非常に優れたスタミナと知能があるとは聞きましたか?」
「はい」
「今、世に知られている限りのどの種と交配しても、純血を超える身体能力を持った品種にはなりません。純血以外は、他より安いくらいです」
「ただし純血は怖ろしい価値になると言うわけですね」
アルマダが頷き、
「この国全体でも、まともな若い馬なんて10頭も居ないのでは?
極々稀に出される馬は、老馬、走れないような酷い怪我をした馬だけです」
「ええっ!? 10頭!?」
「そんな状態でも凄い価格です。月毛、河原毛だと金貨500枚は下りません。
多分、国営競馬会でも片手で数えられる程度しかいないと思います。
密輸キャラバンくらいでしか、まともな黄金馬は入手は出来ないんですよ」
「そんな・・・」「・・・」
カオルも言葉を失って、シズクと騎士達に囲まれるシトリナを見つめる。
たった10頭もいない・・・
イザベルはそんな馬を見つけてきたのか!?
「で! 牧場をやると言ってましたね?」
マサヒデが「は!」として、
「あ、ああ。らしいですが」
「その話、私も乗せてくれるんですよね」
「さあ・・・私もさっき聞いたばかりですから。
多分、マツさん、クレールさんと決めたのでは?
カオルさん、そうですよね?」
「はい」
「という訳で、申し訳ありませんが、私は一切知りません。
商売はマツさん達とご相談下さい」
「くっ・・・今、お二人はどこに」
「確か役所に行くって」
「土地か! 流石に早い!」
ぱ! とアルマダが立ち上がり、剣を取ってさっと腰に着け、
「皆さん! 出掛けて来ます! 急ぎの用が出来ました!」
返事も待たず、アルマダが稽古着のまま駆け出して行ってしまった。
「あらら・・・」
「ご主人様、1頭で金貨1000枚となれば、焦りもしましょう。
マツ様、クレール様、イザベル様、牧場。
4等分しても、250枚ですよ。2頭売れれば500枚」
「金貨1000枚か。ナミトモも買えますね。
何頭か売れば、魔剣も買えそうです。売ってればですけど」
「ふふふ。正に金の馬ですね」
----------
役所にて。
「通せ! 通してくれ!」
朝から混み合う役所の中を、アルマダが無理矢理に入って行く。
何だ何だ、と皆がアルマダが見て、凄い形相に驚いて避けていく。
アルマダが受付に飛びついて、
「マツ様は! クレール様は来られましたか!」
「あ、ああ、はい。先程」
「どこに!」
「不動産調査部に」
「窓口は!」
「2階上がってすぐの・・・」
「ちいっ! 早い!」
ぱ! とアルマダが振り返り、
「開けてくれ!」
と階段にねじ込んで行く。
すぱー! と階段を駆け上がり、最初のドアの窓口に駆け寄って、
「ここが不動産調査部か!?」
「うぇ! こ、ここですけど」
「マツ様は!」
「今、中に」
ばあん!
乱暴にドアが開かれ、口を開けた職員とマツとクレールがアルマダを見る。
きりりと2人に目を向けて、つかつかとアルマダが歩いて行き、
「マツ様、クレール様、おはようございます」
「あ、おはようございます・・・」
「おはよう、ございます・・・」
凄い気迫。2人が少し怯んで、身を縮こまらせる。
「少しお話し出来ませんか。今すぐ。急いで」
「あの」
職員が声を掛けると、アルマダが厳しい目を向け、
「黙れ。抜きたくはない」
くい、とアルマダが鯉口を切ると、目を丸くして職員が口をつぐむ。
う! とマツもクレールも口を閉じて、アルマダの剣を見つめる。
アルマダがドアの方に顎をしゃくって、
「出ていろ。良いと言うまで入るな」
「は! はいッ!」
顔を青くした職員が椅子を倒してばたばたと駆け出て、ドアを閉める。
「・・・」
アルマダが職員が座っていた椅子を立てて、マツとクレールの対面に座る。
すう、と前に散らばった書類を静かにどける。
ゆっくり腕を動かしただけで、びくっ! と2人が固まる。
「マサヒデさんから聞きましたよ。牧場をやるとか」
こくん、とマツが喉を鳴らして、
「はい・・・」
「馬は何頭?」
「15、の、予定・・・です」
「15頭」
アルマダが小さく頷いて、
「ハワード家も乗せてくれませんかね。お願いします」
「・・・」
もし断ったら、その瞬間、首が飛びそうだ!
2人の喉が、ごくりと鳴る。
マツが恐る恐る、
「え、ええと、私達だけでは・・・
イザベルさんの・・・ファッテンベルク・・・にも・・・」
「そうですか・・・では、夕刻に改めて魔術師協会に参ります。
イザベル様にも、魔術師協会に来るようにと、ギルドに伝えておきます。
マツ様。クレール様。そこでご相談は出来ませんか」
「私は、構いませんけど・・・クレールさんは」
ぶんぶんとクレールが首を縦に振る。
アルマダが鋭い目で2人を見て、すう、と立ち上がって、頭を下げる。
「ありがとうございます。では、夕刻に」
「お、お待ちしております」
「はいー・・・」
つかつかとアルマダが歩いて行き、ドアを開ける。
後ろで、ふぁ、と、マツとクレールの安堵のため息が聞こえる。
廊下で真っ青な顔で立っていた職員に目を向けると、いつもの朗らかな笑顔。
「お騒がせしましたね」
「い、いえ! いえ! お急ぎのようでしたし!」
「お仕事を邪魔して、大変申し訳ありませんでした。それでは」
ゆったりとアルマダが歩いて行く。
窓口の職員が、
「何があったんです。あれ、ハワード様では」
「もう少し、もう少しで、斬られた・・・」
「ええ? 何かやったんですか?」
「全く・・・身に覚えは・・・マツ様と急いで話が、と」
「マツ様と、急ぎの話? あんな勢いで・・・」
は! と受付職員が顔を上げ、
「もしや、何か大事があったのでは?
早く中に入って、確認した方が良くありませんか。
奉行所に使いを出さないといけないかも」
「は! そうだ、そうですね!」
恐る恐る、職員がドアを開けて中に入って行く。
「あの・・・マツ様、もう、大丈夫、ですかね・・・」
「はい、多分・・・」
----------
冒険者ギルド、受付。
依頼を終えたイザベルが戻って来た。
「ふっふっふ。今回も上手くいった。これで昼飯が出来たわ」
袋いっぱいのパンを持ち上げて、
「小麦袋運びなど楽なものよ。ほれ、好きなのをひとつ選べ」
「わー! ドーナツありますか!?」
「あるぞあるぞ。玉子焼きパンもあるぞ。焼きりんごパンもあるぞ」
「どれにしましょう・・・ううん・・・これ!」
「良いのか? 取り替えは効かぬぞ?」
「これで良いんです! そうそう、ハワード様からお言伝がありますよ」
イザベルが小さく首を傾げて、
「ハワード様から? はて、何用であろう?」
「分からないですねえ。夕刻、魔術師協会に行くので、来て下さいとだけ」
「それだけか?」
「はい」
ぽん、とイザベルが手を叩いて、
「ああ、分かったぞ。馬であろう。誰ぞ冒険者から聞いたのではないか?」
「ああ! すごく綺麗でしたものね! 驚きました!」
「1日貸してくれとか、そういう話であろうな。
あそこの騎士殿も、皆、馬には目がない方々ゆえ」
「なるほど!」
「ふふふ。しかし、あれは鎧では乗れぬな。無念であろう」
「細身ですもんね。でも、モデルみたいですごく綺麗でした!」
「であろうが! 我ながら良い馬を選んだものよ。
さて、次の依頼といくか」
イザベルが袋からパンを出して、もしゃもしゃ食べながら掲示板に向かう。