第725話
街の通り。
マツは確認したい事があると、クレールと一緒に役所に行ってしまった。
イザベルもしばらく休んでいたので、依頼をしたいとギルドに入って行った。
また馬を捕まえに行くので、今日は出来る限り依頼で走り回るらしい。
シトリナは馬屋の好意で、数日は預かってくれるとの事。
ぴた、とマサヒデが足を止め、
「カオルさん。シズクさん」
「は」
「なあにー?」
「シトリナですけどね」
「は」「うん」
くるり。
「アルマダさん達に見せに行きません!?」
にやにや。
「ふふ」「行くか!」
カオルもシズクもにやにやしている。
「騎士の皆さんの馬とも顔合わせはしませんと・・・ね!」
「ふふふ」「だよねえ!」
「皆さん、どんな反応しますかね。
アルマダさん、黄金馬って知ってますかね?」
「それは貴族ですから。ご存知では」
「どうかなあ。小さい時から道場暮らしだったんでしょ」
マサヒデがにやっと笑って、
「アルマダさんも派手なの好きですし。
知ってても知らなくても・・・面白そうですよね!?」
「ふふふ」
「あははは! どこにいるんだー! ってなるよね!」
「ははは! さあ、厩舎に戻りましょう!」
「は!」
「戻ろーう!」
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厩舎。
馬屋がマサヒデを見て顔を上げ、
「おっ! トミヤス様、なんか忘れ物でも」
「ええ。シトリナ、騎士の皆さんの馬にも、ちゃんと顔合わせしませんと」
「ああ!」
「イザベルさん、すっかり忘れて、冒険者の依頼を請けに行ってしまって。
と言っても、ここしばらくは依頼を休んでたので、仕方ないですね。
それで、私が連れて行こうと思って」
「トミヤス様も大変ですなあ」
ぷ! と後ろでカオルとシズクが吹き出し、後ろを向く。
「いやいや。イザベルさんも忙しいですしね。
あれ、自分で自分を追い込んでいく人ですし」
「無理して働き過ぎねえよう、ご注意してあげませんとね。
なんせ、トミヤス様が主なんだ・・・」
うんうん、と頷きながら、馬屋がシトリナに縄を掛けて出してくる。
日の光を浴びて、ぎらぎら輝く月毛の馬。
アルマダはどんな顔をするだろう。
「すみません」
「行ってらっしゃいやし」
縄を受け取って歩き出す。
シトリナも大人しく付いてくる。
黄金馬という種は、馬の中でもかなり賢い品種だと聞いたが、もうマサヒデを覚えてくれたのだろうか?
馬屋から離れて、マサヒデ達がにやにや笑う。
「くくく・・・」
「ふ、ふふふ・・・ハワード様の仰天する顔が目に浮かびます」
「みーんなビビるよねー!」
「ところでカオルさん」
「は」
「あなた、シズクさんの肩こり治療の時はあんなに怒ってたのに。
今回は何でうきうき付いて来るんです」
シズクがカオルを指差して、
「あっ! そうだよ! カオル、お前来なくていいぞ!」
「なぜと言われましても・・・別に皆様が痛い思いをするわけでもなし。
イザベル様の名誉となるだけですし」
「ええー・・・」
シズクが不満そうな声を上げる。
「イザベル様も含め、喜ぶ方だけではありませんか」
マサヒデが少し笠を上げてカオルを見る。
「何か、こじつけて聞こえますが」
カオルはマサヒデ達の視線をさらりと流して、
「そうですか?」
「そう聞こえますね」
「そうだよー」
「どうせ、皆様には後でお披露目する事になりましょう?」
「ううむ」
「ふーんだ!」
ぽっくり・・・ぽっくり・・・
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郊外のあばら家。
マサヒデ達が草を鳴らして近付いて行くと、ひょいと見張りの騎士が顔を出して、あっと声を出して目を丸くして固まった。
マサヒデはシトリナを引いて歩いて行く。
「ふふふ。どうも。お疲れ様です」
「マサヒデ殿、それは、その馬は、もしや」
「ふふふ。入っても」
「どうぞ・・・」
にやにやしながらマサヒデ達が入っていくと、アルマダ達がこっちを見て、
「ああっ!?」
と声を上げた。ばたばたと皆が駆け寄って来る。
アルマダが手前で止まって、
「マサヒデさん!? この馬は!」
「イザベルさんが捕まえてきました」
「・・・」
皆、言葉もなく目を丸くして声を飲んで固まってしまった。
カオルとシズクが後ろでくすくす笑っている。
マサヒデもにやにやしながら、
「美しい毛並みですよね。黄金馬って言うんですって」
日の光を浴びて、シトリナが燦然と輝いている。
輝く月毛の色は、正に黄金の馬。
「貴族の間では随分と人気があるそうで」
「ええ・・・」
「それで、同じ貴族のアルマダさんにも見てもらおうかな、と。どうですかね」
「す、素晴らしい・・・」
「ははは! アルマダさんならそう言うと思いましたよ!」
「ど、どこで!? あ、キャラバン!? もしや密輸!?」
「イザベルさんはそんな事しませんよ」
「譲ってもらったんですか!? ああっ! そうか! ファッテンベルクなら持っていてもおかしくない!」
「何を言っているんです。仕送りは禁止してるんです」
「ではどこで!?」
「秘密です」
「そんな! 教えて下さいよ!」
アルマダの声に驚いたシトリナを、よしよしと撫でながら、
「駄目です」
「マサヒデさん!」
「ふふふ。野生馬だったんです、とだけ」
「ええっ!? この辺りに居る訳がない! これは、これは」
「また捕まえてきますよ」
カオルがにやにやしながら、
「奥方様達が出資して、繁殖牧場を作るそうですよ」
「何ですって!」
「随分と数が居たそうで。20頭以上も」
マサヒデが後ろのカオルに振り向いて、
「え? 牧場? 聞いてませんよ、それ」
「あれ? ご主人様には、お聞きしておられませんでしたか?」
「聞いてませんよ。いつ決まったんです」
「今朝ですが・・・お話はなかったのですか?」
「あ! あの時か! 途中でマツさんとクレールさんと戻った時!」
「はい」
「ううむ、家臣として主にまず許可を取るべきでは。
もう、牧場なんて、すごく楽しそうじゃないですか!」
「ふふふ。こういう時だけ主の特権の振りかざすのはどうかと」
「むう」
ぐぐ、とアルマダが顔を突き出し、
「ちょっと! 牧場!? 聞いてませんよ!」
「いや、それは当然じゃあ。今来たばかりなんですから」
アルマダが拳をぶんぶん振って、
「くっ! マサヒデさん! あなたはこの馬の価値が分かっていない!」
「そうなんですか?」
び! とアルマダがシトリナを指差して、
「この馬1頭でいくらすると思ってるんです!」
「さあ・・・馬って高いんですよね? 金貨で2、300枚くらい?」
「これなら、1000枚は軽く超えますよ!」
「ええっ!?」
ぎょ、とマサヒデが目を丸くして、菅笠を上げてシトリナを見る。
金貨1000枚!?
「競りにかけたらどこまで釣り上がるか!
1500枚! 2000枚! もっと行ってもおかしくないんです!」
ふ、とマサヒデが冷や汗を垂らしながら笑って、
「またまた。珍しい馬とは聞いていますよ。でも馬ですよ」
「そうですよ! 珍しいんですよ! それほどに! しかも月毛ですよ!
貴族、王族が我も我もと群がってくる馬ですよ!」
うんうん、と後ろで騎士達が頷いている。
「王族? 冗談でしょう?」
「私の顔、冗談を言っている顔に見えますか」
後ろのカオルに目を向ける。
カオルもうろたえて、
「さあ・・・珍しい、見た目で貴族に良く売れる、としか・・・」
シズクはさっぱり、という顔で肩をすくめる。
シトリナを見ると、アルマダの大声で少し驚いた顔をしている。
「それ、本当なんですか?」
ふん、とアルマダが鼻を鳴らし、
「本当ですよ」