第724話
馬屋。
マツと店主が牧場計画について相談中。
「繁殖牧場やるなら、当然、馬医者も必要ですよ」
「馬医者・・・馬のお医者様。そうですよね。
繁殖なんですから、出産もありますし」
「高いですぜ。国営競馬会の馬医者の年収、ご存知で」
「いえ」
「入ったばっかの若造、1年目でも、年に金貨5、60枚って所ですか。
ベテランになると100枚は軽く超えます」
「そんなに!?」
「さらに、そこに賞与までつく。一体いくらになりますものやら。
まあ、競馬会のは特別高いんですが・・・民間でも高いんですよ。
金貨4、5枚低いくらいが相場です。高い事には変わりねえ」
15頭分の餌代、馬医者の給与・・・
月にいくら飛んでいく? 軽く金貨20枚は超える。30枚? もっと?
牧草を準備したり、飼い葉を買ったり・・・
年間で400枚くらいだろうか・・・
「ここは競馬会に打診してみては。黄金馬っちゃあ特殊な馬だ。
障害、馬術、総合、長距離。短距離と闘技会以外じゃ何でもこざれだ。
だが数が全然ねえ。純血の黄金馬なんて、競馬会でも何頭もいねえ。
ここで繁殖牧場やるとなりゃ、必ず競馬会所属の牧場から話が来ます。
いや、競馬会の方から連絡してくるかも」
「馬医者を回してくれるでしょうか」
「条件次第でしょうな。必ず、何年かに1回、馬を選ばせてくれと来ますぜ。
となりますとだ。良い馬はその何年かに1回、持ってかれますか。
良くても種馬にって所です。でもですね」
「でも、でも何か」
「確認しますけど、競走馬を育てたいって訳じゃありませんよね?」
「あ、はい。そうです。ただ増やして売りたいだけで」
「じゃあ、別に特別良い馬は持ってかれても良いんじゃないですかい。
ただ若いってだけで、金貨で600? 700? もっとですかね?
色によっちゃあ、競りにかけりゃあ貴族様が1000枚も出すかも。
1頭売るだけで、1年の経費なんか軽く賄えますよ」
「あ、そうですね!」
「あのイザベル様の馬なら、1000枚って値段じゃねえかな?
競りなら1500、いや2000もいくかもしれねえ。
見栄っ張りの貴族連中は、色にこだわりますし、若いのにあの見事な脚だ。
あいつは競り開きゃあ、とんでもねえ値段がつくと思いますぜ」
「あ、じゃあ、馬医者さんは最初だけお借りする感じで?」
「そういうこって。種馬が条件なら、馬も持ってかれる事ぁねえし。
黄金馬牧場の馬医者募集ってかけたら、何人かはすぐ来ると思いますよ。
競馬会に所属しなきゃ、給料は競馬会に合わせなくたって構やしねえし」
「わあ!」
「それでも、馬医者の給料は高くつきますぜ。
年に50枚以上と考えておきなせえ。でないと、他の牧場に行っちまいます。
そこん所は念頭に置いておいて下せえよ」
「はい!」
「あと必要なのは、騎乗技術者。売り物で出すなら絶対に必要です。
人を乗せられねえ馬は、売れやしませんよ」
「それは大丈夫です。イザベルさんのお家から、送って頂けます」
「おお、それなら安心だ! 凄腕が来そうですな!」
「それはそうですとも! きっと、腕利きの方を送ってくれますよ!
で、で、実際の広さはどのくらい必要でしょうか」
「そうですなあ・・・増やす事も考えたら・・・
50町(約50ha、約15万坪)は欲しいですかね」
「50町も!?」
「最低ですぜ。今みてえに4、5頭なら、私1人で運動もさせられますけどね。
それだけの数じゃ手に負えねえし、放牧して運動させねえと。
その方が馬にとっても良いですしね」
「参考までに、あの辺の土地の価格ってどのくらいだと思いますか?
山は金貨10枚で買えましたけど」
馬屋が腕を組んで唸る。
「んー! あの辺はどうかなあ・・・町の外だから大丈夫だと思いますけどね。
もし農地指定されてると大変ですよ」
「と、言いますと?」
「農地指定されてると、1町で金貨35枚です」
「とっ!? と言う事はですよ、50町だと・・・ごさん15の、25・・・
せっ、せん? 1750枚!?」
「にー・・・なっちまいますね・・・」
「ええー!」
「設備なんかは自前で用意出来たとしてもですよ。
土地代だけは、どうしても避けられませんからね」
「・・・」
「指定されてなきゃ、半分以下ですけどね。
ま、山と違って平地だと、とんでもねえ金が飛んでくって訳で。
町の側だし、役所で農地指定されてるか確認しといた方が良いですよ」
「こ、こ、固定資産税が・・・」
「シズク様、イザベル様もおりますし、家は自前で用意致しましょう。
建築費用が安い程、評価額も低くなりまさ。あたしも手伝いますよ」
「あ、あ! それなら私が! 石作りなら無料で、半刻もあれば作れます!」
「おお、ならそっちは安心ですね。
あと、値段にびっくりしてお忘れかもしれませんが、馬の値。
農地指定されてたって、安いの2、3頭で土地代の釣りは出ます。
繁殖が上手く始まりゃ、何年もしねえで返せますぜ」
「あ、ああ! そうですね!」
「ははは! 大体、マツ様とクレール様じゃ、1000枚だの、2000枚だのの投資なんて安いもんじゃありませんかね? さっき、町丸ごと買い取れるだなんて言ってたじゃありませんか」
「あっ。そう言えば・・・それもそうですね。
うっかり、いつもの金銭感覚に戻ってしまって」
「ははは! ま、楽しく行けそうじゃないですか!
そのうち、まともな黄金馬で競馬なんかにも出れるかもしれねえ。
あのイザベル様あ、すげえ才の持ち主だって話だ。
そん時は、是非とも私が手掛けた馬で出てもらいてえもんだ!」
「では、土地と設備の準備が出来ましたら、また改めて」
「ええ。楽しみにしておりますよ。じゃ、外行きましょうか。
皆さん、お楽しみのはずだ」
「はい!」
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厩舎前。
マサヒデ達が馬を歩かせている。
シトリナに乗ったイザベルが、マサヒデと黒嵐をうっとりと見つめている。
「おお・・・流石、我が主は美しいな・・・」
ぽっくり・・・ぽっくり・・・
「シトリナ。あの黒嵐を見よ・・・なんと美しい馬か・・・」
すりすりとシトリナの首を撫でると、ちらっとイザベルの方を向く。
(マサヒデ様、黒嵐さんに乗ってるゥーッ! すげェーッ!)
「む。お前、何か不安か? そうか。皆、大きいからな。
お前も若い。あれ程ではなかろうが、大きくなる」
(ならねーってー! イザベル様、無理無理!)
「そう不安な顔をするな。ほら、行くぞ」
(行くんですかあ!?)
ぽっくり・・・ぽっくり・・・
黒嵐に近付いていく。
どきどき。
「マサヒデ様」
「イザベルさん。どうですか」
「ふふふ。少し、不安を感じているのが見えます。
大きな馬が歩いているので、やはり驚いているのでしょう」
「ははは! 黒嵐、お前、シトリナを驚かせたな?
クレールさんも驚かせたよな」
ぽすぽす、とマサヒデが黒嵐の首を軽く叩く。
「クレール様を? 威嚇でもしたのですか?」
「いえ」
マサヒデが厩舎を見る。
中でカオルと一緒に白百合と黒影と遊んでいるクレールを見て、
「こいつ、クレールさんを正座させたんですよ」
「は?」
「そのまま何も喋らずに、ずっと黙ったままクレールさんを見てました。
クレールさん、お父上より怖いって言ってましたよ! ははは!」
「ふふふ。クレール様を正座させるとは・・・
しかし、先日、実際に乗って良く分かりました。素晴らしい馬です」
「ええ。私も大好きなんですよ。
こいつには、不思議な安心感があるんです。大きくて、高くて、揺れるのに。
白百合と黒影はどうでした」
「白百合は扱いやすく・・・優しさを感じました。
黒影は、やはりあの大きさ。乗っていると楽しい感じが」
「ふふふ。走らせてはみませんでしたか?」
「いえ」
「カオルさんが走らせてみたら、それはもう凄かったそうです。
気分が高揚して、どこまでも走りたい、そんな感じにさせられる馬だと。
冷静さを忘れて街道を駆け抜け、気付いたら黒影がばてばてに」
「それ程の馬でしたか! ううむ、乗り手をそこまで魅了する馬・・・」
「こいつらの子も増やしたいですね。
他の種の血を混ぜたりせずに、このままで。どんな子が生まれるでしょう」
「戦馬として、これ以上の馬はおりませぬ。
魔の国の軍にも、図体だけは大きいものはおりますが、ここまで走りませぬ。
ううむ、しかし、この品種は何でしょう? シャイヤーに近い感じですが」
「シャイヤー? 似てるんですか?」
「はい。似てはおりますが、シャイヤーは黒嵐達のように、さっと走れませぬ。
何と言うかこう、走り出しが重いというか・・・尻が重いというか。
大きいくせに、軽い動きも出来るのですが、速さが中々乗りませぬ。
重装騎兵隊には使う者も多くおりますし、輜重隊にも重宝されます」
「へえ! 見た目は黒影みたいな感じですか」
「あれ程に大きくはありませんが、大体6尺から6尺半。
恐ろしく力があり、力は通常の馬10頭分と言われます」
「10頭分! 凄いですね!」
「荷馬車があれば、1000貫も引けると言われる程です」
「そんなにですか!? へえ・・・それは黒影でも引けないでしょう」
「話半分でも500貫です。荷を引くにはうってつけの馬です。
あと、脚の先の方にふさふさと毛が生えております」
「脚の先の方に、ふさふさ毛が生える? 面白いですね」
「馬の中には、そのような品種がいくつかおりますが」
「そういう馬、歩きながら、自分の毛を踏んでしまわないんですか?」
「え? さあ・・・踏みましょうか?」
「ふふふ。見かける事があったら、クレールさんに聞いてもらいましょう。
自分の足の毛を踏んだ事がありますかって」
「ふ、ふふふ、ふふふ」
くすくすとイザベルが笑い出した。
いつも肩肘張っているイザベルが、こんな笑い方をするのは珍しい。
「何かおかしいですか?」
「いえ。マサヒデ様、幸せです」
「ええ?」
イザベルが見上げるように、明るい笑顔を向けた。
大きな黒嵐と並ぶと、シトリナが赤子の仔馬のように見える。
馬上でマサヒデ様と馬の話が出来た。
今日はマサヒデ様とシトリナの記念日にしよう。