第723話
厩舎。
シトリナがマサヒデ達の馬と挨拶を終わらせた。
馬屋がにこにこしながら、シトリナに近付いて来て、
「いやあ、仲良くなれて良かったなあ。でもよ、トミヤス様ん所の馬あ、皆、懐が深い馬ばっかりだし。やっぱガタイがでかいと、器もでかくなるもんだ」
「ははは! ありがとうございます」
馬屋がイザベルの方を向いて、
「馬房空いてますが、うちに預けますかい?」
う、とイザベルが狼狽える。
「あいや・・・すまん、金が」
「ははは! じゃ、金が出来たらうちに来なせえ!
しっかりがっつり世話ぁ致しますぜ!」
「うむ・・・よろしく頼む」
「しかし、黄金馬たあすげえ馬を手に入れましたね。
こいつは一体どこで? いくらしたんです」
「それは言えん」
「まさかとは思いますが」
「後ろ暗い事は一切ない」
「ははは! 居場所教えてくれたら一包み」
「その一包み、払えるか? 黄金馬の居場所だぞ?」
「でさあな!」
マツが後ろから進み出て、
「あの、ちょっとお話しが」
「はい、なんでしょう」
ちら、と店の方を見て、
「中で」
「へい。じゃどうぞ」
あ、とクレールもイザベルもぴんときた。
牧場主は、この馬屋に任せるのだ。
しかし、この馬屋であれば間違いあるまい。
おっと、と馬屋が足を止め、
「ああそうそう。これから皆の運動の時間ですよ。
トミヤス様、カオル様、良かったら乗ってやって下さい。
イザベル様も、中に鞍がありますから、使っても」
「我は鞍はいらぬ。このまま乗れる」
「おお、裸馬にも! いや、流石は騎士さん達とタイマンしてるお方だ!」
「ふふふ。持ち上げても何も出ぬぞ」
「じゃ、ちょいと失礼致します。マツ様、どうぞ」
「はい」
すたすたとつっかけを鳴らし、マツと馬屋が店に向かって行く。
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馬屋の中で、マツと馬屋が顔を合わせて、
「牧場を作るんですかい」
「はい。私とクレールさんとイザベルさんの共同出資で」
「へーえ・・・」
「それで、牧場主になって下さいませんか」
「はあ!?」
「軌道に乗るまで、何年かは大変だと思いますけど・・・如何でしょうか。
お金は毎年出資しますから」
「ううん、金の面は問題ないって事ですか・・・」
「土地も、町の外の野原がいっぱいありますし。
広い所を買い上げますから。どうでしょうか」
馬屋が腕を組んで、首を左右に傾け、
「ただ広いってだけじゃいけませんよ。水がなきゃ、馬が乾いて死んじまう。
水場の近くでねえと、遠くから水運びしなきゃならねえ。大変な仕事だ」
「じゃあ、川の近くで・・・」
「水場の近くとなると、土地も高くつきますよ。
今居る馬もそこに置くつもりでしょう?」
「はい」
「魔術師協会は西の入り口。川は北の職人街に入って横に流れてる。
この近くに作るとなると、魔術師協会からはここより遠くになりますよ」
「ううん・・・あ、じゃあ井戸を掘ります。
魔術師協会にも井戸がありますから、近くに地下水脈はあるでしょうし」
「井戸掘り。高い工事になりますぜ」
「私が魔術でぱぱっと掘れます」
「水脈がどこ流れてるか分かるんですかい?
分かんねえと、水脈探して地面を穴だらけ、なんて事になりますが」
「ううん・・・」
「水脈が、魔術師協会の方から町の外まで伸びてるなら良いですけどね。
町の中を通って流れてたらどうします。
北か南かに流れてるなら、やっぱり遠くになりまさあな」
よいしょ、と馬屋が立ち上がって、引き出しから地図を出す。
机の上に広げて指差し、
「ここが三浦酒天。勿論、マツ様は知ってございますな」
「はい」
「この裏、この辺に井戸があります」
「はい」
馬屋が指をすすーと動かして、
「で、冒険者ギルドの裏から、マツ様のとこの魔術師協会に水脈が繋がってる。
この向きで真っ直ぐ行ってると、町の南の方。遠くなっちまう。
向き変えて、西に出てれば野っ原ですが、東に伸びてると町の中」
「ううん・・・」
「地下から横に穴掘って、水脈に繋げようなんてのはいけませんよ。
下手こくと、町の井戸の水位が下がっちまう」
「では、川から引っ張ってきたら」
「河川工事は国の許可が必要ですよ。知ってますでしょう。
マツ様の魔術でぱぱっと掘れるにしたって、支流はどこに抜けさせます?
抜ける所まで、ずーっと掘ってくのは、マツ様でも大変でしょう」
「う、ううん」
「この辺の川は暴れたり乾いたりもしねえで、安定して流れてる。
大雨が降った時も全然平気だ。
工事の許可を国が下ろしますかね?」
「・・・」
馬屋が地図の町の外を指差す。
魔術師協会側。
「この辺の外にゃあ池なんかもねえし・・・水場がねえ。
溜め池を作るにしたって、やっぱり水を引っ張ってこねえとならねえ。
井戸掘るにしても、水脈があるか分からねえ。
あるにしたって、それが遠くに離れてたら、ここより遠くなりますよ」
「あ、じゃあ、溜め池が作れれば、問題ありませんか?」
「ええ」
「水を引っ張らずに溜め池が作れるなら、どこでも作れますか?」
「そりゃ勿論ですが」
マツがにっこり笑って、ぽん、と水球を出す。
「魔術で水を貯めたら。私なら、大きな池でも一杯に出来ます。
冒険者ギルドにも、魔術師の方は多くおりますし」
馬屋が頷いて、にやっと笑い、
「溜め池の工事費はどうなさいます? お高く付きますぜ」
「私がぽんと掘りましょう!」
「ははは! ですわな! じゃ、手押しポンプを置くだけで水は解決だ」
「私が居ない時は、ギルドで冒険者さんを募集すれば良いですよね。
魔術を使う方はたくさんおられますし、ただ水を出すだけですもの」
「宜しいでしょう」
「他には何かありますでしょうか」
「まず、水は大丈夫と。もし水脈が見つかったなら、溜め池もいらねえ。
で、馬は何頭捕まえてくるんです?」
「15頭。マサヒデ様達の馬を入れて、19頭になりますか」
馬屋が驚いて、
「こいつはおったまげた! そんなにですか!
土地も広く買わねえとなりませんぜ。
馬房もでかいのを作らねえと」
「うふふ。出資は私とレイシクランなんですよ?
この町の広さの土地も、丸ごと買い取っちゃえます」
「ははは! 金持ちにゃあ敵いませんな!
で、牧場でやりたいってのは、あの黄金馬ですね」
「はい」
「増やしてえって訳ですな」
「はい」
「となると、あとは人手ですな。最低でも、あと2、3人は欲しいですね・・・」
本格的に始まった牧場計画。
まだまだ、解決しないといけない問題が続く。
貴重な黄金馬は増やせるのか。