第722話
ここはオリネオの町の厩舎。
イザベルが新しく捕まえてきた、黄金馬のシトリナ。
マサヒデ達の馬と初顔合わせ。
「ふふふ。見つめ合ってますね」
「は。少し緊張はあるようですが、この調子ならば」
「うふふ。仲良くなれそうで良かったですね」
マサヒデ達はにこにこしているが、声が分かるクレールは緊張している。
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※以下、馬達の会話
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厩舎に入るなり、手前のばかでかい馬から声を掛けられた。
「おい! てめえ! 何入って来てやがる!」
白い馬が慌てて、
「こら! マサヒデ様が! イザベル様がいるじゃない! 新人さんよ!」
「ちっ・・・こらっ! 新人ッ! 挨拶せんかいッ!」
「新しくイザベル様付きになりました! シトリナと申します!」
「ほお~・・・イザベル様のぉ・・・」
「宜しくお願いします!」
くっちゃくっちゃ・・・
「ほほォ~~・・・ガキの癖に良い毛並みしてるっちゃあ~~。
おいスッタコ! 誰の許可もらってそんな毛ェはやしとるの?
野っ原じゃあそれで通ったかもしれねえが!」
「ちょっと! あんまり脅かしちゃ駄目よ・・・」
「は・・・あはは・・・生まれつきなもんで・・・」
「ウダラ何ニヤついてんだラァーッ!」
「ゴメンなさい! 知りませんでした! 先輩!」
「知りませんでしたっつって、最後に見かけたのが野犬の餌だったってヤツぁ、何頭もいるぜ・・・おい、その毛ェ脱いでけ」
「いや、あの・・・脱げと言われましても・・・」
「うぉ~い・・・」
奥の馬房から低い声。
は! と黒影が奥に目を向け、
「あっ・・・黒嵐さん・・・
ケッ! 心掛け良くせーよー。今日の所は勘弁してやる。
黒嵐さん所行け! 奥の黒い方だ! 失礼すんじゃあねえぞッ!」
「はいッ!」
ぽっくり・・・ぽっくり・・・
シトリナがゆっくり歩いて、黒嵐の手前で止まる。
「・・・」
「あ、あの! はじめまして、イザベル様付きになりました! シトリナと申します! 今後とも、ひとつ、お世話になります! 宜しくお願いします!」
じい・・・
「・・・」
凄い貫禄!
クレール様曰く、ちょっと怖いけど心根は優しい。
らしいが・・・怖さしか感じない!
無言。
ずっと見てる・・・
このまま動いたら蹴り飛ばされる! どうしよう!?
あ! 奥にもう1頭!
「し、失礼します!」
前足を上げた瞬間。
「シトリナったな・・・」
「はっ! は・・・はいッ!」
「おおい・・・ちょっとこっち来いよ・・・」
「はいッ!」
ぽく・・・
「・・・」
じー・・・
うんともすんとも言わない。
無言でじっと見られている。
厩舎の外を、鳥が飛んで行く。
(鳥になりたーい!)
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マサヒデとイザベルが、シトリナと黒嵐を見てにっこり笑う。
「ふふふ。黒嵐に気に入られたようですね」
「は。黒嵐に気に入られましたらば、もう心配はいりますまいかと」
ごく、とクレールが喉を鳴らす。
(違います! あれは初めての相手の儀式です! シトリナ! 頑張って!)
ぎゅ! とマサヒデの後ろでクレールが拳を握る。
イザベルがすたすたと歩いて行き、
「黒嵐。此奴はシトリナという。我の新たな乗馬である。宜しく頼む」
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※以下、馬の会話
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ちら、と黒嵐が顔を上げ、イザベルを見る。
「分かってるよ・・・だから今、話してたんじゃねえか・・・」
(話してましたかあ!?)
「行けよ・・・」
「はい!?」
「奥の・・・ファルコン・・・挨拶してこい・・・」
「は! はいッ!」
どきどきしながら、黒嵐の前を歩いて、奥の馬房。
マサヒデ様のご親友であらせられる、アルマダ様の乗馬、ファルコン。
とても気難しい方だが、綺麗な毛が好きだという。
私なら必ず気に入られる、とマサヒデ様は仰っていたが・・・
「よう!」
「新人のシトリナです! 宜しくお願いします!」
「ヨロシクー! いいねェー! うん! 君スゴく良いよ!」
「ありがとうございます!」
「光ってるじゃないの! ツヤってるじゃないの! キューティクル最高!」
「ありがとうございます!」
「仲良くしようぜ! ブラザーって呼んで良いよ!」
「ありがとうございます!」
「固いねェーッ! でもそんな真面目な所もイイッ! 気に入ったッ!」
「ありがとうございます!」
「ブラザー! ヨロシク! つっても君、女の子? ブラザー駄目? あはは!」
「お心遣い、ありがとうざいます!」
「いいよいいよ! シトリナちゃん、白百合ちゃんに挨拶してないしょ?
ほらー、ちゃんと行って。カオルさんのベストフレンドだし!」
ふん! と黒影が顔を上げ、
「ベストフレンドは俺だろがッ! 俺に乗って大興奮してたんだぜェーッ!」
「分かった分かった。もうそれ聞き飽きた。あれ無視していいから。
声デカいのも、ビビらせようとしてるだけだから。
知ってる? あれデカいだけで頭張ってたの。
実際、他とやり合った事ねーのよ」
「おいッ! 新人に変な嘘吹き込むじゃあねえーッ!
俺ぁ喧嘩上等で頭張ってたんだ! てめやってみっかコラァーッ!」
「は、いや、ちょっと、喧嘩は良くないですよ・・・」
「いいのいいの。絶対来ないよ。あれ口だけ武勇伝君だし」
「ファルコン! てめぇーは・・・てめぇーはッ! 今日死んだぜェーッ!」
「いつもあんな事言ってるの。でも、みんな怪我ひとつしてないしょ?」
「あ、確かに」
「絶対喧嘩とかしないのよ、あいつ。実はビビりだから」
「てめぇーわぁー! 新人にフカシこくなっつてんだろがぁー!」
「ほらほら。白百合ちゃんとこ、挨拶に行きなよ」
「はいッ!」
ぽくり・・・ぽくり・・・
黒嵐の前を通り過ぎる。
威圧感のある目が、じっと見ている。
(マサヒデ様って、この黒嵐さんに乗ってんの・・・やっべェー!)
「あ、あの!」
「うんうん。シトリナちゃんね。大丈夫、大丈夫。
ここ、皆、超個性系だから。でも、ほんとは優しいんだから」
「は、はい!」
「付き合ってれば、そのうち分かるからね」
「はい!」
じわ・・・
なんて優しい馬!
「白百合さん! 宜しくお願いします!」
「うふふ。ほら、イザベル様の所に戻って。挨拶が終わりましたってご報告」
「はい!」
ぽく・・・ぽく・・・
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シトリナがゆっくりイザベルの所に歩いて行くと、後ろでクレールが拳を握って、うん! と強く頷いた。シトリナ、よく頑張った!
イザベルが頷いて、
「うむ。シトリナ、皆と挨拶は出来たようだな」
マサヒデが優しく微笑んで、
「ふふ。黒嵐に気に入ってもらえて良かった。
クレールさんは、最初、怖い思いをしたそうですし。ね?」
マサヒデが後ろのクレールに振り向いて、にやっと笑う。
「こここ怖い思いなんて! 初めてで緊張したんです!」
「黒影も無茶を言いましたよね。目玉と交換とか」
はて、とイザベルが黒影を見て、
「目玉と交換とは?」
「クレールさんの目。赤くて綺麗でしょう?」
「はい」
「えへへへ・・・」
クレールが照れて顔を下に向ける。
「黒影は乗せてやっても良いが、目玉を寄越せって言ったらしいです」
「ふ、ははは! ここは面白い馬ばかりです!」
イザベルが笑い声を上げ、マサヒデもにこにこ笑って、
「ははは! でしょう? だから面白いんですよ!」
「シトリナ。お前、埋もれてしまうなよ」
イザベルが慰めるようにシトリナの首を撫でる。
(イザベル様! ごめんなさい! 無理です!)
シトリナが皆を見回す。
剣の達人。怖ろしい気を纏う女。我々の言葉が分かる魔族。忍。鬼。
同じ馬だけでなく、人にも勝てる気はしない・・・