第721話
冒険者ギルド前。
繋ぎ場に繋がれたイザベルの馬を、冒険者達が囲んでいる。
マサヒデ達も並んで見ている。
イザベル、マツ、クレール、カオルが魔術師協会から出てくると、
「お話は終わりましたか」
と、マサヒデが笑って振り返る。
「は!」
イザベルが元気よく返事を返し、マツ達も笑って頷く。
クレールがにこにこしながら駆け寄って来て、
「おはようございます!」
と、シトリナに声をかける。
レイシクラン一族は動物の声が分かる。
(あんた誰)
「イザベルさんのお友達です!」
(ほーん)
「お友達ですけど、上司ですよ!」
(すみませんでした)
へこ、とシトリナが頭を下げる。
「仲良くして下さいね!」
(はい。よろしくお願いします)
「えへへへー」
マサヒデが笑いながら、
「なんて言ってるんですか」
「仲良くしてくれます!」
「ははは! 良かったですね!」
(すみません。こちらの方は)
「私より偉い人ですよ! イザベル様の主です!」
(大変失礼致しました。こちらがマサヒデ様ですか。聞き及んでおります)
「そうですよ! マサヒデ様ですよ!」
(無礼のないよう、気を付けます)
「お願いします! 後でマサヒデ様達のお友達に顔合わせに行きましょう!」
(先輩ですか)
「そうですよ! 皆さん、大きいですから、びっくりしないで下さいね!」
(はい)
「マサヒデ様の乗馬はちょっと怖い方ですけど、心根は優しいですから。
誇り高いですから、態度には気を付けて下さいね」
(はい)
馬と喋っているクレールを見て、冒険者達が胡乱な顔で見ている。
イザベルがにやりと笑って、
「ははは! お主ら、クレール様を変な目で見るでないわ!
レイシクラン一族は、動物の声が分かるのだ!
鳥や虫けらでも、感情程度は分かるのであるぞ!」
「えっ!?」
「クレール様は純血のレイシクランである。
馬や犬など、賢い動物と意思疎通を取るなどお手の物よ」
「まじすか!?」「すげえー!」「クレール様!」
おお! と冒険者達が驚いて声を上げ、クレールを見る。
「えへへへ」
クレールが照れてにやにや笑う。
「あの・・・イザベル様」
おずおずと冒険者が手を挙げる。
む、とイザベルが見て、顔をほころばせる。
葛を一緒に取りに行ったあの冒険者。
馬を選んで、分けてやると約束したのだ。
「おお! お主は! 覚えておる、覚えておる。約束は守るぞ。
さ、こちらへ参れ。希望を聞こうではないか!
おや、もう1人はおらんのか?」
「あ、はい。今は依頼で」
「遠出はしておらんな?」
「はい。昼前には帰ってきます」
「よしよし。さあ参れ。相談といこう」
イザベルは冒険者と一緒に人の群れから離れ、ペンと懐紙を出して、
「よし。馬齢はどのくらいが良い?」
「馬齢・・・年齢ですか。やはり若い方が」
イザベルがシトリナを見て、
「あれで大体2歳か3歳であろう。もう少し大きくなり、体重も乗ってくる。
人で言えば、大体・・・ええと・・・10代半ばから後半くらいか?
ちょうど、我やマサヒデ様と同じくらいである」
「なるほど」
「性格が決まるのも、あのくらいの年齢であるな。
鍛え時でもあるから、どう過ごしたかで先が決まる年頃という訳だ」
「ううむ・・・鍛え時ですか。私に出来るでしょうか」
「なれば、も少し年上にするか。5、6歳くらいが安定しておる。
人族で言うと、20代頃くらいの感じとなるな」
「ではそのくらいで」
「うむ。色に希望はあるか?
あの品種だと、薄墨や粕毛といった、灰色の感じの色は出ぬ。
あいや、確か芦毛は出るか」
「色には希望はありません。走れる馬が良いですね」
「その点は心配するな。あれは黄金馬という品種だが、どれもえらく走るぞ。
早さはまあまあだが、非常にスタミナがあり、長く走る。
謂わばマラソン選手だな。さらに脚も頑丈で、悪路に強い」
「おお、正に我々冒険者向けの馬ではありませんか!」
「その通りよ。さらに粗食で十分、飲まず食わずで2日も3日も走る」
「す、凄いではありませんか!」
「ははは! であろうが!
と言っても、馬房に居る時は、それなりの物を食わせてやれよ」
「勿論ですとも!」
「よし。では年齢5、6歳くらいで、特に脚の良さそうなものを選んでくる。
ファッテンベルクの誇りにかけて、必ず満足させよう」
「お願いします!」
「うむ。では、今日はこれから忙しくなりそうであるし・・・
もう1人は、帰ってきたらお主から希望を聞いてくれるか。
魔術師協会へ書き置きを出しておけ。我が受け取って、希望通りの馬を選ぶ。
色に希望がある場合は、色か脚か、どちらを優先するか聞いてくれ」
「分かりました! 何か、あの馬で注意事項などありましょうか」
「そうさな、見ての通りのあの細さ。非力で、荷馬には全く向かん」
「なるほど」
「それと、馬泥棒には細心の注意を払え。真っ先に狙われる。
普通の馬でも高いが、あれは市場では飛び抜けて高いはずだぞ」
「そんなに高い馬ですか!?」
「そうよ。あの美しい姿ゆえ、貴族連中がこぞって欲しがる。
されど、産地が戦を繰り返す砂漠地方の物騒な国でな。
ほとんど戦馬として徴収される故に、滅多に市場には出ぬ。
出ても、老馬や戦に使えぬ怪我馬ばかりで、まともな馬は希少だ」
「戦で・・・そういう馬ですか・・・」
「うむ。見つけたのも、おそらくだが、遠い昔にキャラバンから逃げたのものが野生化して増えたのだと思う。本来、この地方にはおらぬはずだ」
「分かりました。大事にします」
「当たり前だ。大事にするだけでは足らぬ。友となれ。
それと、売る時は気を付けろよ。変な疑いをかけられるかもしれん。
先程言ったように、滅多に市場に出ぬ飛び抜けて高額な馬だ」
「はい!」
戻りかけて、
「ああっと、しまった!」
ぺちん! とイザベルが額に手を置く。
「すまぬ、ギルドの仕事をサボっていたゆえ、すぐに捕まえには行けぬ。
今日、明日くらいはみっちりとやらぬと、マツモト殿にサボりと思われる。
何よりも、マサヒデ様の稽古を受けられなくなる・・・」
「お待ちしますとも!」
「申し訳ない。もしお主が留守であったら、馬屋に預けておけば良いか?」
「はい。1日、2日くらい平気ですよ。葛で儲かりましたし」
「その金は鞍と蹄鉄に使うのだぞ」
「分かっておりますとも!」
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イザベルがシトリナの所に戻ると、マツモトが来ていた。
目を細めて、懐かしげにシトリナを見ている。
「マツモト殿。おはようございます」
「お、おお、これはイザベル様。おはようございます」
「しばらく空けてしまいまして、申し訳もございませぬ」
「いえいえ。仕事をせぬも冒険者稼業の自由です。
馬を探しにと聞きましたが、まさか黄金馬を見つけられるとは」
「運が良かっただけであります」
「運・・・そうですね。運です。これは巡り合わせでしょう」
「巡り合わせ?」
マツモトは黙り込んで、シトリナを見つめている。
少しして、
「私が現役だった頃、この種の馬に乗っておりました」
「なんと!? どこで入手されたのです!?」
マツモトが苦笑して、
「ふふふ。もう時効でしょうから白状しましょう。
実は、キャラバンから買いました。密輸品です」
「密輸!?」
「ははは! あまりの美しさに、一目惚れしましてね。高かったですよ。
仲間からも金を借りて、ぎりぎり買えました。
しかし、値以上に走ってくれた。何度も命を救われました」
「・・・」
「見かけと違って、タフな馬だと・・・ずっと頼りにしていました。
老年に差し掛かってきたのですね。白髪が生えてきて・・・
それでも、まだ走れる。まだ行ける。
そう思って走らせておりましたが・・・
10年以上・・・15年近く・・・ですかね」
「長く、乗られておりましたな」
「ええ。そして、転んで骨を折りました。
慌てて馬房に預けに行き、医者を呼んで・・・もう限界だと言われました。
一線を退いたのは、そのすぐ後でした。ふふ、気付けば、私も眉に白髪が」
マツモトが寂しげに笑いながら、眉毛に指をすっと滑らせる。
「左様でしたか」
「良い馬でしたよ」
「1頭、ご用立て致しましょう」
「ははは! もう馬を走らせる体力など残っておりませんよ!」
「これはご謙遜を」
マツモトがイザベルの方を向いて、優しく微笑む。
「欲しくなったら、依頼を出しましょう」
「その日をお待ちしております」