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勇者祭  作者: 牧野三河
第四十九章 金
720/756

第720話


 冒険者ギルド前、繋ぎ場。


 マサヒデ達が玄関を出ると、既に冒険者達がイザベルの馬を囲んで見ている。

 ふん! とイザベルが前に出て腕を振り、


「ええい、開けよ! それは我の馬である!

 これよりマサヒデ様がご覧になられる!」


「あ、すみません・・・」


 イザベルの勢いに驚いて、皆が頭を下げる。

 後ろでマサヒデが苦笑しながら、


「良いではありませんか。皆で見ましょう」


 ささ、と冒険者達が少し下がって、マサヒデ達が近寄っていく。


「あ!?」「おおーっ!」


 マツとクレールが声を上げる。

 朝日を浴びて、黄金に輝く月毛。


「すげえ! 本当に黄金の馬だ! 光ってる!」


 シズクも目を丸くしてシトリナを見る。

 イザベルがにっこり笑って胸を張り、


「マサヒデ様。これが黄金馬と呼ばれる所以。

 この磨かれた黄金の如く輝く色。如何でしょうか!」


「おお・・・これは驚きました」


 マサヒデが驚いている。

 やった!

 イザベルがにこにこしながら、


「この馬は、戦が絶えぬ砂漠の国の産まれゆえ、あまり他国には出ないのです。

 年々数も減っており、市場では高額で取引されております」


 ぴく! とクレールが敏感に反応する。


「高額!」


「クレール様。そちらは後で」


「あ、あ、何かお考えが!」


「は。まずはご満足頂けるまでお確かめに」


「はい! ありがとうございます!」


 マツが歩いて来て、馬の横に立つ。


「この子のお名前は、もうお決めになられたのですか?」


「シトリナと名付けました」


「シトリナ・・・黄色い玉簾たますだれですね。素敵な名前」


「お褒め、有り難き幸せ!」


「うふふ。玉簾の花言葉は、便りが伝えられる、期待。

 配達のお仕事にぴったりではありませんか」


「は!」


「汚れなき愛、なんて言葉もあるんですよ」


「私めの汚れなき忠誠心を体現する名でございます!」


「ははは! それ、愛ではなくないですか!」


 周りの冒険者達もくすくす笑う。

 シトリナは落ち着かない様子でちらちらと首を動かしている。

 マサヒデがシトリナの様子を見ながら、


「私達が来たから、落ち着かない感じですね。

 まだ十分に人慣れもしてないでしょう。

 いや、それにしても派手な色ですね。

 道楽貴族が好むというのも、よく分かりますよ」


「私としては、この脚の強さとスタミナで、軽装軍馬として使いたい所です」


「ははは! やっぱり軍馬なんですか」


「実際、この馬の産地は軽装弓騎兵隊を主としている国です。

 父上も軍の騎兵隊の大将を務めておりますし。

 遊撃や弓騎兵隊に使うには良く合う馬かと」


「なるほど。騎馬隊の」


 マサヒデがそこまで言って、しん、と周りが静まり返る。


「・・・大将? イザベルさんのお父上は、大将なんですか?」


「は!」


 マサヒデの目がくらくらしてきた。

 大将。軍の大将。軍の一番上?


 そうだ。カオルが言っていた。

 貧乏貴族ながら、軍では強い影響力を持つ・・・

 当然だ。大将なのだから。


「・・・大将って、一番上じゃないの?」


 シズクが小声でぽつりと呟いた。

 周りの冒険者達も、恐る恐るイザベルに目を向ける。


「違うぞ。一番上は魔王様だ」


 魔王様のひとつ下?

 す、す、と冒険者達が下がって行く。


「マサヒデ様。そう驚きなさいませぬよう。

 魔の国の軍には、大将が幾人もおるのです」


「え?」


「なんたら部隊の大将、というのが数え切れぬ程おります。

 騎兵隊、歩兵隊、弓隊、銃兵隊、工兵隊、魔術師隊に、各特殊部隊・・・

 挙げていったらきりがありませぬ。大して偉い者ではございませぬ」


「そうなんですか・・・ね?」


「はい。他国の軍のように、軍の一番上が大将というものではありませぬ。

 謂わば中間管理職のような立場です。会社で言えば、部長くらいでしょうか。

 心労で尾がハゲぬかと、毎日抜け毛を心配しておるような体たらく」


「そう、でしたか・・・」


 イザベルが苦笑しながら、くるりと冒険者達の方に振り向き、


「魔の国の大将とは、今話したような役である。

 人の国の軍とは違い、一番偉い人のような者ではない。

 只の中間管理職であるから、皆、そう腰を引かんでくれ」


「はい・・・」


 全く驚いていないのは、マツとクレールと、後ろのカオルだけ。


「それでは、奥方様、クレール様。ちとご相談が」


「あ! さっきのお考えですか!?」


「は! お話だけでも聞いて頂けますでしょうか。

 もしお取り上げ下されば、このイザベル、嬉しゅうございます」


「はい! 行きましょう!」


「どんなお話でしょう!」


 うきうきと3人とカオルが戻って行った。

 マサヒデが周りの皆を見渡す。

 少し安堵したような、複雑な顔をしている。


「皆さん、まあ、そう大した事はなさそうですから。

 只の中間管理職ですから・・・」


「はい・・・」



----------



 居間に揃って、カオルが皆の前に茶を並べていく。


 イザベルが小さく頭を下げ、茶を啜り、ふ、と小さく息を吐く。

 そのまましばらく湯呑を見つめ、決したように顔を上げて、


「奥方様。クレール様」


「はい」「はい!」


「馬屋へ、投資をして頂けぬでしょうか」


 クレールが身を乗り出し、


「投資! あっ! あの馬を増やしたいんですね!」


「は!」


 マツは慎重な顔で、


「あの馬を増やす利点をお教え下さいますか。

 馬の繁殖となりますと、大きなお金がかかります」


「は! ひとつ。金をかけて育てる必要がありません。

 ふたつ。貴族に人気の種。早馬、冒険者にも人気の種。売り先に困りません。

 みっつ。砂漠地帯の戦争地域で使われており、外にほとんど出ず、高額。

 よっつ。保護の観点。馬の中では最古の品種のひとつ。貴重な品種です。

 ほとんどが戦に徴収され、年々数が減っております。

 保護動物と指定されれば、売り先が少なくなり、大きな金を生みません」


「質問を宜しいですか?」


「は!」


「金をかけて育てる必要がないのは、なぜ?」


「競走馬として育てずとも、見た目だけで貴族には売れます。

 餌は粗食に耐え、水も少なくて済み、それで非常なスタミナと頑健な脚。

 故に、大して早くなくても、早馬、冒険者にも売れましょう」


「なるほど。金をかけずに育てられ、高く売れるのですね」


「仮に保護動物と指定されても、各国には売れますゆえ、利益は出ます。

 その際は、利益はがくんと落ちてしまいますが・・・

 それでも、決して赤字にはならないかと。如何でしょうか」


「繁殖して育てるとなれば、雌雄一対では足りません。何頭も必要でしょう。

 イザベルさん、十分な数を連れて来られますか」


「は! 大きな群れを発見しております!」


 ずず、とクレールが膝を進め、


「ファッテンベルクの取り分は、如何ほどを希望しますか?」


 イザベルが首を傾げ、


「取り分ですか・・・ううむ、別にいりませぬ」


「何故」


「先日、マサヒデ様より製鉄業のお話を頂きました。

 もはやこれ以上は望みませぬ」


 ぱん、とクレールが手を叩き、


「ああ! 契約書を頼まれましたね! あれですか!」


 マツが小さく頷いて、


「その製鉄業は、もうお決まりに?」


「あ、いえ・・・先日『たたら御三家』というキホの3貴族に、早馬を送ったばかりです」


「なるほど。その事、お父上には?」


「まだ先方からお返事を頂いておりませぬゆえ、連絡はしておりませぬ」


「では・・・ううん、クレールさん。私達で8割頂きましょう。

 ファッテンベルクは2割で如何ですか?」


「頂けるのですか!?」


「クレールさん。構いませんよね?」


「はい!」


「ただし、当然ですけど、赤字が出たらその2割はファッテンベルクに持って頂きますし、商売として成立するまでも、2割は負担して頂きます。繁殖が軌道に乗るまで、何年もかかりますよね。その間、ファッテンベルクで払えますか?」


「・・・」


「この2割。ファッテンベルクには大きな負担となると思います。

 投資は致しましょう。ただし、払えなければ、私達で全て頂きます。

 土地を買い、牧場を作り、世話人を雇い。規模によっては大金になります。

 現在、馬はどれだけおりました?」


「ハレム(雄を頭とした馬の群れ)がいくつも・・・

 もはや繁殖出来ないであろう老馬を抜いても、20は軽く超えておるかと」


「20頭も・・・たくさんいるのですね」


「目的は軍馬としてではありませんので、大量に増やす必要はありません。

 10頭あれば、商売には十分かと」


「15頭。揃えられますか」


「は!」


「結構! ここは田舎。土地は安く用意出来ましょう。牧場主も候補がおります。

 人手が足りない場合は、冒険者ギルドや商人ギルドに相談すれば済みます」


「は!」


「クレールさん。仮に我が家かレイシクラン、どちらかが投資を断った場合。

 その際は、どちらかが8割独り占めで宜しいですね」


「はい! あ、でも私のお小遣いで足りそうです。

 私は別にお父様に相談は要りませんけど。個人出資でも良いですか?」


 ふ、とマツが小さくため息をついて、


「・・・イザベルさん。両家が断った場合は諦めて頂きます。宜しいですね」


「は!」


「では、土地の候補、牧場主の候補には、私が相談しに参りましょう。

 ファッテンベルクには、騎乗技術者をお送りして頂き、2割です。

 この条件で宜しいですね」


「は!」


「それでは、話がまとまるまでお待ち下さい。2、3日で済むと思います。

 馬の居場所を知る者はおりませんね?」


「魔力異常の洞窟におられる忍の方々のみ、ご存知です」


「結構です。数を揃えるため、決して口にしないように」


「ははっ!」


 マツとクレールが顔を合わせてにっこり笑う。


「それではクレールさん、シトリナの所に行きましょう。

 お話ししてみましょう」


「はい!」


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