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勇者祭  作者: 牧野三河
第四十九章 金
719/762

第719話


 鬱蒼とした森の中。


 荷を背負ったイザベルが、黄金の馬、シトリナを連れて歩いている。

 来る時にばしばし枝を払っていたが、お陰で帰りは楽。


「足元に気を付けるのだぞ」


 ふすー、とシトリナが鼻を鳴らす。

 枝や茂みは払ったが、木の根や石で足元は良くない。

 苔も生えて滑りやすい。

 悪路にも強い馬だが、もし転ばれでもしたら大変だ。

 馬に合わせ、ゆっくりと歩いて行く。


 野営地に着く頃には、もう夕刻であろう。

 マサヒデ様への報告は明日だ。


 嗚呼! 早くマサヒデ様に会いたい!

 うきうきした気分が、シトリナにも伝わっている。

 シトリナも浮かれている。


「シトリナだと響きが優雅すぎるかな? 少し可愛くシトリーニャとか」


「ふしゅー」


「呼びづらいな」


「ぶぶる」


「優雅な名で良いか? ふふふ。やはりシトリナにするか」


「ふーっ」


「そう言えば、シトリナは花の名だったかな? どんな花だったか・・・

 奥方様は、馬に花の名を付けたがるそうだ」


「・・・」


「ふふふ。お前は美しい。実に美しいぞ。花の名もぴったり合う。

 いや、しかしシトリナはどんな花だったか・・・毒花でなければ良いが」


「・・・」


「いや、別に毒花でも良いか。美しい花であれば良い」


「ぶるっ」


「不満そうな声を出すな。ほれ、綺麗な薔薇にはなんとやらよ」


「・・・」


「な。であるから、美しい花であれば良いのだ」


「ふ・・・」


「大体、毒のない花の方が少ないくらいではないか?」


「・・・」


「旅の途中、あれは駄目、これは駄目と散々注意されたのだ。

 だが、生では駄目でも薬になる花もあるというし」


「・・・」


「シトリナもそうかもしれんから、シトリナで良いではないか」


 ふん、とシトリナが鼻を鳴らす。



----------



 夕刻、イザベルの野営地。


 川を挟んで、イザベルがシトリナと並び、


「見よ。あれが今の我の家よ。さ、川を渡る。付いて参れ。滑るなよ」


 じゃば、じゃば。

 じゃじゃば。じゃじゃば。

 イザベルとシトリナが川を渡る。


「よし、あの森の中を、良く頑張って歩いて来たな。

 まずは水を飲み、その辺の草でも食んで、ゆっくりしておれ」


 シトリナが後ろを向いて、川に口を付ける。

 イザベルもテントに慎重に近付く。

 留守の間に、何か変わった事はないか・・・

 中を覗いたが、大丈夫そうだ。


(ここは何もないな)


 念の為、金の隠し場所へ。

 掘り返された跡はないが、一応確認。ちゃんと入っている。


(大丈夫そうだ)


 テントに戻って、荷を降ろす。

 寝袋を出して広げ、ローブを放り投げ・・・

 背負子に乗せた荷を下ろしていると、テントの中が暗くなって来た。

 外もすぐ暗くなってしまう。


 慌てて薪を持ち出して、焚き火に組む。

 火を点けて一安心。

 シトリナを連れて来なければ。


 川に下りて行くと、シトリナが草を食べている。

 ここに厩舎があれば・・・


「シトリナ。こっちへ来てくれ。食事はテントの側で頼む」


 首にそっと縄をかけて、歩いて行く。

 シトリナも大人しく付いてくる。

 テントの側の木に縄を結わえて、


「よし。では、そこでのんびりしていてくれ。

 明朝、我の主に挨拶に参るから、そのつもりで」


 す、と小さくシトリナが頭を下げる。

 イザベルは、ふう、と深く息をつき、


(ああもう! 早く行水したい!)


 焚き火の煙の臭いが服に着く。飯を済ませてからでなければ・・・

 急いで干し肉を焚き火に並べていく。

 すぐに身体を洗えるように、着流しと石鹸とたわしを出し、桶に放り込む。



----------



 翌早朝。


 ぱちりと目が覚めて、寝袋から出てテントから顔を出す。

 ん、とシトリナがイザベルを見る。


「うむ! シトリナ、おはよう!」


 答えるように、シトリナが少し顎を上げる。

 それを見て、イザベルがにんまり笑う。


「良いぞ良いぞ。飯を済ませたら、マサヒデ様にご挨拶にゆくぞ!」


 ばさっと着流しを脱ぎ捨て、つなぎを抱えて川に向かう。

 草履を脱いで、川に入ってひょいひょいと魚を掴んで放り投げる。

 数匹放り投げて、川から上がり、ぴちぴち跳ねる魚を拾う。


 シトリナに歩いて行くと、魚に驚いて、うお、と顔を上げ、前足で地をかく。

 イザベルが苦笑して、


「おいおい、呆れたな・・・魚程度で驚くな。

 我はお前の主。されば、我の主も当然、お前の主だぞ。

 マサヒデ様には失礼のないようにせよ」


 焚き火の側にしゃがみ、ナイフを出して、ぴっと腹を開き、臓物を出す。

 ぱらりと塩を振りかけて、黒胡椒を少しずつ。


「ふふふ。マサヒデ様はお前を見て、どんな顔をするであろうな」


 朝日を浴びて、黄金色に輝く馬。

 色だけではない。

 スレンダーなボディ! 力強く、頑丈な脚!

 見ていると、にやにやと笑いがこみ上げてくる。


「うむ! お前は美しい! 必ず褒められる! 自信を持って良いぞ!」


 くるりくるりと魚の串をひっくり返す。

 もう一度シトリナを見ると、笑っているように見えた。



----------



 魔術師協会―――


 がらっ!


「おはようございます! イザベルでございます!」


「おはようございます」


 カオルがイザベルの笑顔を見て、にこっと笑ってから頭を下げる。


「カオル殿」


「上手くいったようですね」


「はい。素晴らしい馬を発見致しました」


「ふふ。お上がり下さい」


「失礼致します」


 居間に上がると、マサヒデがにこにこしている。

 どんなに驚くだろう!

 褒めて頂けるであろうか!


「ふふふ。おはようございます。上手く見つけられたようですね」


「はい。素晴らしい品種の馬を見つけました!」


「素晴らしい品種。とにかく美しい馬だと、レイシクランの忍の方から聞いてはいますが、珍しい馬ですか」


「は!」


「朝餉は?」


「食べて参りました!」


 マサヒデが頷いて、


「聞かせて下さい」


「は!」


 マツ達もにこにこしながら、イザベルの話を待っている。


「黄金馬という品種で、この国の西方の砂漠の国にしかおらぬ馬です。

 馬の種の中では、最古の品種のひとつの馬です」


「最古の品種ですか・・・黄金馬。綺麗な馬なんでしょうね」


「は!」


 マサヒデが頷いて、


「品種としては、どんな特徴の馬でしょう。

 ええと、古い以外で、大きいとか、小さいとか」


「大きさは普通の馬。人の背丈と同じくらいでしょうか。

 平均すると、5尺か・・・もう少し。5尺半くらいでしょうか。

 耳が他の馬より長く、ロバのような、細長い形です。

 知能が高く、すぐに人を覚え、扱いやすい品種です。

 身体は細身で、毛に金属のような光沢があります。

 その見た目から、道楽貴族には非常に人気がありまして・・・これが張ると」


 イザベルが指で輪を作る。


「ははは! それで黄金の馬ですか!」


 お! とクレールが身を乗り出す。

 イザベルがクレールをちらっと見て笑って、


「正しく。勿論、見た目だけではございませぬ」


「でしょうね。イザベルさんが選ぶ馬ですから」


「これは砂漠地帯で産まれた品種。

 ラクダのように、非常にスタミナがある馬です。

 粗食に耐え、水も飲まずに2、3日は駆けられます」


 マサヒデが驚いて、


「そんなに!? 代わりに足が遅いとかは」


「平地の競走馬程ではありませんが、十分な早さはございます。

 悪路に強く、障害物競走馬として、人気がある品種です」


「ほう!」


「ただ、身体も細身でそう大きくもなく、力はありません。

 荷を引く馬としては、他と比べると全然使えません。

 戦馬として、鎧を着て、重装備で乗る馬でもありません」


「が、それだけ走れるなら、早馬や配達仕事なんかには向いているでしょう」


「は! 冒険者仕事にはうってつけかと!」


「うん、よくそんな馬を見つけられました。素晴らしい」


 イザベルの尾がぷんぷん振られる。

 やった! 素晴らしい! 褒めてくれた!

 喜色満面の顔を見て、皆も笑顔になる。


「ではその馬、見せて頂けますか。その美しさ、是非見てみたい。

 乗ってきましたよね?」


「は! ギルドの繋ぎ場に!」


「さ、皆さん。イザベルさんの馬、見せて頂きましょうか」


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