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勇者祭  作者: 牧野三河
第四十九章 金
718/758

第718話


 森を抜けた草原。


 イザベルが荷物を下ろした場所に着く頃には、日も落ちてしまった。

 が、馬を見つけて上機嫌。

 疲れも吹き飛んでしまった。


「よしよし。ちとここで待っておれ」


 歩いて森に入り、太めの木の枝を山刀で叩き斬り、焚き火に戻ってくる。

 焚き火から少し離れた所に枝を突き刺して杭にし、縄を結んで、馬の首に軽くかけておく。逃げはしないと思うが、保険だ。

 小さく頷いて、焚き火に戻って火を着ける。


「おうおう」


 焚き火に火を着けると、この馬の光沢が夜の闇に映える。

 その美しさに、にやにやと笑顔が浮かぶ。

 干し肉を枝に突き刺して並べながら、


「そう言えば、お前は何でここにおるのだ?」


 馬が少し顔を上げて、イザベルを見る。

 この品種は砂漠地帯の馬。

 この辺りで、この種の野生馬が居るはずがない。


「ううむ、やはり密輸キャラバンから逃げ出して来たのか?」


 そうであれば、数も居たから、かなり昔にここに来て増えたのだろう。

 雄雌がいなければ増えはしない。キャラバンが襲われでもして逃げて来たか。

 まあ、理由は何でも良い。

 ここに居るということが大事なのだ。


「良い色だ。正に名前通りの黄金色!

 そうだな。相応しい名を付けてやろう。

 今からお前はシトリン・・・シトリーナ? 呼びづらいな。シトリナだ」


 さて。馬は見つけたが、この馬は荷運びには向かない。

 スタミナもあるし、足もそこそこ早く小回りもきくが、力は全然ない。

 洞窟に荷運びで送るのであれば、マサヒデ達の馬のような大きな馬が・・・


(いや待て。これで良いか。大きな馬では、洞窟内では邪魔だ)


 あの洞窟で作業に使うには、丁度良いかもしれない。

 この馬は粗食にも耐え、水も少なくてすむ。

 いざとなれば、数日飲まずに平気なのだ。

 食となる植物が少ない砂漠地帯産の馬なので、そういう身体になったのだ。


 明日もう1頭を連れて来て、洞窟に届けてやろう。

 これはあの群れの中で、良くない馬を選ぶ。

 走らせて使う馬ではなく、あくまで荷運びなのだ。


(それと、あの冒険者達にも)


 葛を教えてくれた冒険者2人に1頭ずつ。

 あの2人には約束通り、良い馬を選んでやろう。


 馬屋に雄雌揃えて持って行けば、永代で厩舎を借りられるかもしれない。

 貴族には人気ある品種だし、非常に高く売れるはず。

 そうしたら、農家に預ける必要はない。

 農業区画は住宅街の奥で、かなり遠い。


「ふふふ」


 これで遠方配達の仕事も請けられるようになった。

 葛で儲けた金で鞍と蹄鉄を揃えよう。

 あの冒険者達が金を散財していなければ良いが。


 炙った干し肉を取って、ぐにぐにとかじり、乾パンを口に入れる。

 今夜の干し肉は美味である!



----------



 翌早朝。


 ぱっちりと目が覚めて、焚き火の向こう側の馬を見る。

 草を舐めている。

 朝露を舐めて、水を取っているのか。


 もそもそと寝袋から出ると、馬がイザベルを見る。

 イザベルはにやりと笑って、


「おはよう、シトリナ」


 ふ、とシトリナが鼻息を吹く。


「今日はもう1頭、お前の仲間を連れて来るからな。

 あの洞窟まで連れて行く」


 言いながら、焚き火に松ぼっくりをばらりと置いて、じゃり! と火打ち石。

 枝を組むと、すぐに火が着く。

 干し肉を並べて刺していき、乾パンをかじる。

 口が乾くが、遠慮なく水を飲む。

 洞窟近くの小屋まで行けば、水は分けてもらえる。


 よ、と立ち上がって、手に竹筒から水を少し落とし、


「さあ、飲め」


 溢れないよう、そっと手を差し出すと、シトリナがべろべろと舐める。


「よしよし」


 少しずつ、水を足していく。

 水を足すたびに、シトリナがべろべろと水を舐める。


「ふふふ。良い子だ」


 まだ若そうだ。年齢は2、3歳と見た。

 これは鍛えがいがありそうだ。

 杭から縄を解き、シトリナの首からも外し、束にして腰に括り付ける。


「では参ろうぞ!」


 しゃ! と裸馬に跨る。

 ちょっと嫌がって前足を少し動かしたが、すぐに収まる。


「よおし、よしよし。それで良いのだ」


 ち、と口を鳴らして、ぱん! と腹を蹴ると、シトリナが走り出す。


「ははは! やはり鞍がないと乗りづらいな!」


 滑りもせず、イザベルが馬に乗って走って行く。



----------



「どうどう。止まれ」


 しばらく走って、馬の群れの前。

 するりと滑り下りて、群れを見る。


「適当な老馬で良いかな。お前の先輩に働いてもらうぞ」


 ぽんぽん、とシトリナの首を叩いて、


「お前はここで待っているのだ。良いな」


 すい、とシトリナが首を下げる。


「宜しい。すぐに済む」


 わしわしと草を鳴らして歩いていくと、あ、と馬達が顔を上げる。


「おはよう。皆元気だな」


 にこにこしながら、イザベルが馬の群れの中を歩いて行く。

 上機嫌なのが伝わるのか、首を伸ばしてくる馬もいる。


「ふふふ・・・うむ。お前、来てくれるか」


 少し骨が浮いて、良く見ると白髪もある。老馬だ。

 年齢は17、8歳と見た。

 大して良い身体つきでもない。

 牝馬だが、もう子も産めないだろう。

 ぽん、と首を叩くと、馬が顔を伸ばしてくる。


「ふっ。お前、歳の割に甘えん坊だな? 自分の年齢を考えろよ」


 言いながら、満更でもなく、馬に甘えられるのは嬉しい。

 左肩にくいくい鼻先を押し付けてくる。


「やれやれ。これならレイシクランの皆々様にも可愛がってもらえよう。

 さあ、行くぞ。付いてこい」


 踵を返して歩き出すと、老馬も付いてくる。

 シトリナの所に戻って来て、老馬の首に縄を縛る。

 少し嫌がったが、暴れるでもない。


「そうそう。それで良いのだ。早く走りはせんから、ちゃんと付いてこいよ」


 しゃ! とシトリナに乗り、腹を軽く蹴って、縄を引っ張る。

 老馬もちゃんと付いてくる。


「さあ、行くぞ! 忍の皆に挨拶だ!」



----------



 洞窟から少し離れた小屋の前。


「ううむ、イザベル様、真に馬を見つけてしまうとは、お見事」


 忍が3人集まって、馬を見ている。


「老馬であるが、別に走らせるでもなし。荷運びには十分ではないか?」


「十分ですとも。助かります」


「これは黄金馬こがねうまという品種だが、どのような馬か分かるか」


「黄金馬・・・黄金の馬ですか。いや、我ら馬には疎く」


「見ての通り細いゆえ、大して力はない。だが、恐るべきスタミナがある。

 2、3日は水も無しで歩いていられる程だ。粗食にも耐える」


「ほう! ラクダのようですな」


「その通り。元々、砂漠地帯にしかおらぬ品種なのだ。

 おそらく、遠い昔にキャラバンから逃げたのであろうと思う。

 まあ、なぜここにおるのか、理由はどうでも良いか。

 この平原の南端に群れておるが、荷馬に使うのであれば、駄馬にしてくれ。

 折角の良品種ゆえ、勿体ない」


「ですな。ただの荷運びに若い馬を使うのは、確かに勿体のうございます」


「ああ。それと、我の馬を見てくれ。輝いておろう」


「はい。素晴らしい毛並みです」


「この金属のような光沢から、黄金馬と呼ばれるようになったのだ。

 そして、この細い見た目と輝かしさから、道楽貴族共にも人気があるのだ。

 ふふふ。名前通り、正に黄金を生む馬よ! いくらになろうかな!」


「ううむ!」


「マサヒデ様やカオル殿の馬には遠く及ばぬが、これも良い馬よ。

 重装戦馬にはとても使えぬが、軽装戦馬にはぴったりの品種だ。

 長く走れるから、冒険者仕事にもうってつけだ」


「長距離配達にはぴったりですな」


「そういう事だ。ふふふ。冒険者ギルドにも高く売れような」


「ううむ、大人気ですな」


「であるが、人の国の砂漠地域の国々は戦が多いからな。

 あの辺りの国々は、軽装弓騎兵隊を中核にしておろう。

 それゆえ、軍に徴収されてしまい、あまり外には出されん。

 戦に使えぬような怪我をした馬や老馬は、大した金にならぬし」


「なるほど・・・」


「もし繁殖に成功すれば、オリネオの町は大いに潤うであろうな。

 競走馬として育てるのは金がかかるが、これは早馬や貴族の飾りで十分だ。

 適当に育てて売るだけで、いくらでも金が入ってくる」


「ううむ!」


「ふふふ。帰ったら、マツ様とクレール様に馬屋への投資を願い出てみる。

 この洞窟から出る金、馬の金、どんどん金が増えようぞ」


「レイシクランの取り分は・・・」


「ははは! そこはマツ様、クレール様でご相談なされてな。我は知らぬ。

 しかし、レイシクランが今より大きくなる必要もあるまいが! ははは!」


「ファッテンベルクはいりませぬので?」


 イザベルは少し首を傾げて、


「ううむ・・・先日、マサヒデ様から製鉄のお話を頂いたしな。

 されど、馬と聞けば父上も必ずや飛びつこうし・・・

 しかし、これ以上仕事を増やしては、父上の尻尾が本当にハゲてしまうし。

 秘密にしておいても良いかな?」


「ははは! 尾がハゲますか!」


「ふふ。では、我はこれにて失礼する。

 早く帰って、マサヒデ様にこの馬を見せたい」


「は! 此度はありがとうございました!」


「礼などよい。我らは同僚であろう。おっと、ひとつ頼みがある」


「何なりと」


「あの馬の群れは、決して乱獲はせんでくれるか。

 この品種は、馬の中でも最古の品種のひとつで、貴重な品種でな」


「最古の! そのような品種でしたか!」


「如何にも。非常に、非常に貴重な品種なのだ。

 仮にクレール様に命ぜられても、まず貴重な品種の馬であると、一言な。

 賢く情け深いお方であるから、絶対に無理に捕えようとはしまい。

 長い目で見れば、今居る馬を捕らえて使うより、大事に増やした方が良い」


「確かに」


「戦続きで数が年々減っておる品種だ。

 このままでは、100年もせぬうちに保護動物になるやもしれぬ。

 保護対象となれば、簡単に売れなくなる。大きな商売にはならぬぞ」


「承知致しました」


「この事、我からもしかと伝えておく。ではな」


 しゃっと裸馬に跨って、イザベルが駆けて行く。

 その姿を見て、忍達が唸る。

 裸馬でも人馬一体、見事に操っているではないか・・・


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