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勇者祭  作者: 牧野三河
第四十九章 金
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第716話


 夕刻、鬱蒼とした森の中。


「ええい! もう疲れた! 疲れたー! むー!」


 言いながら、ばしばし枝を払いながら、イザベルが歩いて行く。


「あっ」


 木々の間に、やっと見えたる、森の口。


「やったー!」


 ばしばしばし! 枝を払いながら、歩いて行く。


「はっ!」


 ぱあっと広がる平原。

 周りを見渡す。

 北側に山。南側に遠く狭くなって行く、V字型を描く草地。


 もう日が沈みかかり、遠くまではよく見えない。

 耳を澄ませてみるが、森の木や草や落ち葉の音ばかり。


「ふう・・・」


 馬は居ないだろうか。

 薄暗くなって遠くまでは見えない。

 動物の音もしない。


 居るにしろ居ないにしろ、1日山刀を振り回しながら歩いたので、さすがに疲れてしまった。もう休もう。


 弓を肩から下ろし、背負子を下ろす。

 背負子から歩きながら拾ってきた乾いた枝の束を取って、焚き火を作る。

 砕いた松ぼっくりを少し置いて、火打ち石を「じゃり!」と鳴らす。

 枯れ草を掴み取り、手でもしゃもしゃとかき混ぜて放り込む。


「ふうー、ふうー」


 少し吹いただけで、松ぼっくりから出た火が枯れ草に移り、枝に火が着いた。

 この火打ち石は非常に優秀だ。


(よしよし)


 革袋から、ぶつ切りにした蛇の肉を出して、ぱらぱら塩を掛け、枝に刺して並べていく。乾パンを出してかじりながら、焚き火を見つめていると、ぐったりと身体が重くなってきた。


(食べたらすぐ寝る。そうしよう)


 背負子から寝袋を下ろして、焚き火の横に広げる。

 腰から山刀と矢筒も外し、山刀を寝袋の横に置き、弓と矢筒も並べて置く。

 夜露で濡れないよう、弓と矢筒には手ぬぐいを掛けておく。


 置いた寝袋を広げて、あぐらをかいて座り、焚き火を見つめる。

 ここに馬が居るとして、どんな馬が居るだろう。


 マサヒデ様とカオル殿の馬は、戦馬の見本とも言うべき馬だ。

 あの頑丈な身体と、素晴らしい脚。

 全身甲冑に馬鎧を着せ、盾にランスを持っても、長く戦場を駆け回れるだろう。

 黒嵐はあんなに大きな身体で、素晴らしい加速であった。


 羨ましい・・・

 カオル殿の馬はどうだろう。

 あの大きな黒い馬、黒影にも乗ってみたい。

 あの馬で戦場に立てたら・・・


 焼けた肉を取ってかじる。

 ぐにゅぐにゅした食感。淡白な味。これぞ蛇肉。

 うぬうぬ口を動かしながら、焦げないように肉の向きを回して、少し離す。


 今の自分には、どんな馬が良いだろう。

 やはり重種の馬が良いだろうか。荷運びにも乗用にも使える。

 だが、餌代がかかりそうだ。


 軽種は臆病者が多いし・・・

 と言っても、選ぶ余裕はないが。


 居れば何でも良い・・・

 乗りはしないが、ロバやポニーでも高く売れるはず・・・

 あの冒険者2人にも教えてやらないと・・・


「ふぁあ・・・」


 少し食べただけで、眠くなってきてしまった。

 まだ日は沈んだばかりだが、さっさと寝て、日が登ると同時にこの平原を駆け回ろう。


 乾パンをかじって、焼けた肉を残らず口に放り込み、寝袋に潜り込む。

 腕は出しておいて、上からローブを掛け、山刀はローブの下に。

 右手で柄を握ったまま目を瞑ると、イザベルはすぐに眠りこんだ。



----------



 翌早朝。


 まだ日も昇りきらぬ、暗い朝。

 ぱちりとイザベルの目が覚める。


「は!」


 ぷん、と蚊の音。

 ローブを持って、ばさばさと振り回しながら起き上がる。


(顔を刺されてはいまいな?)


 瞼など刺されては致命的だ!

 頬に手を当て、む、む、む、と顔の表情を変える。


「ふぅ・・・」


 大丈夫そうだ。

 起き上がって、背負子から枝の束を出し、焚き火を作る。

 火を着けると、まだ暗い中に明かりが広がる。


(何時だ)


 ポケットから時計を出すと、朝4時。

 日が沈んで、食事を終え、すぐに寝てしまった。10時間は眠っただろうか?

 昨日は思ったよりも疲れてしまったようだ。


 竹筒を出して水を少し飲む。もうすぐ1本終わってしまう。

 地図を見る限り、この辺に川はない。

 水源が無ければ、水を作れない。

 あまり長居は出来なさそうだ。


(くそ)


 地図を見れば、川がないのは分かる。

 もっと水を持って来るべきであった。

 長く見て明日までか。

 どこかに水源があれば良いのだが、この辺りにはありそうもない。


 賭けになるが、山に行ってみるか?

 山の方が、水源がある可能性は高そうに見える。

 北側を見ると、うっすら登った日の光に、山が浮かんで見える。


(仕方ない。行ってみるか)


 干し肉を出して枝に刺し、じりじりと炙りながら、乾パンをかじる。

 ぐにぐにぐに・・・

 ぱちぱち、と焚き火の枝が燃える音。

 他に音が聞こえない。


 はあ、とため息をつく。

 居ないだろうか・・・耳を澄ませても音は聞こえない。

 いや! 探してみるまでは分からない。

 山裾まで広がった広い平地。

 明るくなれば、どこかに見えるかもしれない。


 寝袋とローブを丸めて、背負子に突っ込み、立ち上がって焚き火に土を蹴り込んで消す。


 背負子を背負い、山刀、矢筒を腰に着け、弓を肩にかけ、イザベルは暗い平野を歩き出した。



----------



「む」


 山に近付いていくと、遠くに人が見えた。

 はて。こんな所になぜ人が・・・


 そして、ぽつぽつと見える木と倒木と岩。

 あれは爆発で飛んで来たものだろう。

 少し木は生えているが、林という程でもない。


 後ろを振り向く。

 平地にはしっかりと草が生えていた。

 別に爆発でこんな地形になったわけではあるまいが・・・


 V字型の平原は、山裾に向かって広がっている。

 過去に大きな爆発で、という事でもあるまい。

 それなら山に向かって狭くなる形になるはず。


(まあ、どうでも良いか)


 さくさくと草を踏んで歩いて行くと、冒険者のような格好の物が手を振った。

 イザベルも手を振り返す。

 ここは魔力異常の洞窟が出来たそうな。

 マツが警備に雇ったのだろうか?


 近付いていくと、冒険者がにこやかな笑顔で、


「おはようございまーす!」


「うむ。おはよう」


「イザベル様、お待ちしておりました」


 はて? イザベルが胡乱な目を向ける。


「待っていた?」


「はい。私、レイシクランの者で」


「ああ、そういう事か。ここに来ると報せを」


「左様で。こちらの洞窟を見学に来るかもと」


 洞窟。

 魔力異常の洞窟。

 むくむくと好奇心が湧いてきたが、がっくりと肩を落とし、


「ううむ・・・見たいのだが、すまん。水がなくてな」


 後ろを振り向いて、


「平原を見回らねばならぬし、それと帰りの分で、ぎりぎりだ」


「おお、でしたらこちらへ。水は山から引いてきております」


「何!? あるのか!」


「はい。上の方に清水がありますゆえ。お好きなだけ」


「ありがたい! では中も見せてもらえようか?」


「勿論ですとも。ささ、こちらへ」


 冒険者姿の忍が振り返って山の方に歩いて行く。

 イザベルも後に付いていく。

 少し歩くと、石、岩、倒木がそこら中に増えてきた。


「すごいものだな・・・あのような岩が、こんな所まで飛んできたのか」


「いやはや、自然の力とは恐ろしいものですな。シズク殿は己の背丈より大きな岩をごろごろ転がして、こんなのが飛ぶのか、などと言っておられたそうですが」


「ははは!」


「中は至極単純な構造で、迷う事もありますまい」


「そうなのか?」


「入り口から通路があって、広間があって、一本道で終わりです。

 広間から小さい穴がありますが、立ち入りを禁止させて頂きますが」


「危険なのか」


「はい。狭い上に、網のように通路が入り組んでおりまして。

 それと、広間の奥の穴には異常な魔力の塊がございます。

 こちらにも絶対に近付きませぬよう。すり潰されますぞ」


「分かった」


「元々は鍾乳洞だったようで、中には尖った鍾乳石が転がっております。

 転ばぬよう、足元には十分お気を付け下さい」


「む・・・この地下足袋で、踏み抜いてしまわぬであろうか?」


「イザベル様でしたら平気でしょう。さっと足を上げてしまえば。

 ご存知の通り、暗闇ではありませぬから、注意しておれば平気です」


「む、分かった。いや、魔力異常の洞窟は久方振りだ。

 幼き頃に皆で遠出して見に行った事がある。美しかったな」


「ここもそのうち観光地として動き出します。

 寝て暮らせる収入が、マツ様には入るのですな」


「ははは! マツ様はそんな生活はしまいよ!」


「ふふ。でしょうな」


 近付いていくと周りに倒木と岩がどんどん増えてくる。

 生木の臭いがすごい。

 忍が足を止め、前の斜面を指差す。


「あれに」


「おお・・・大きいな」


 穴から離れた所に小屋があり、そこにも冒険者が2人いて、手を振っている。

 イザベルも手を振り返す。


「あの小屋の2人も忍か?」


「はい。まだ整地中で、少しずつ、中から石を運び出しております」


「石というと、魔力の鉱石か!?」


「いえ。まずは足元を安全にしませんと、まともな採掘作業も出来ませぬ。底まではかなりありますし、ここに当てられておる人数も、まだ我ら3人なのです」


 周りを見渡すが、大八車もない。

 深い森と山。大八車は持って来られないのだろう。

 袋にでも入れて、手で運び出しているのだ。


「非力なレイシクランでは、石運びは大変であろうが。

 飯と寝床を提供してくれれば、石運びくらいは手伝ってやるぞ」


「えっ」


「ギルドにサボりと思われたくないし、馬も探したい。

 今日、明日くらいしか出来ぬが、それで良ければ手伝おう」


「真ですか!?」


「構わん。あ、そうだ。依頼を出してもらえれば、長くここにおっても良い。

 それならギルドにサボりとも思われんし」


「おお、なるほど! 依頼で!」


「内輪の事であるから、別に依頼料も要らんぞ」


「そのような! あ・・・馬! されば本日は構いませぬ。

 馬を見つけられましたら、1頭分けて頂けませぬか。

 ここは小さな荷馬車であれば入れる大きさは十分ございますゆえ」


「それほど広いのか!」


「そうなのです。ですが、石も大量で」


「ううむ、これは何としても馬を見つけなければ。

 この辺りで見なんだか?」


 忍は首を傾げて、


「いやあ・・・この山の周りには居りますまい。

 町で橋が崩れるくらいの地震が起こる程の爆発でしたから・・・

 もし以前は居たとしても、もう戻ってはこないかと」


「そうか。されば、南の方へ参るしかないか・・・」


 喋りながら歩いて、洞窟の入り口へ。

 見上げるほど高い入り口の穴。


「ううむ・・・確かに大きいな・・・」


「ええ。入り口近くはほとんど整地してありますが、少し中に入れば石がごろごろしております。お気を付けを」


「うむ! では、行って参る!」


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