第715話
翌朝、イザベルの野営地。
荷物の確認。
山刀。ナイフ。弓。矢。
大きな竹筒に入れた水3本。干し肉と乾パンの塊。塩。鍋セット。
火打ち石。砕いた松ぼっくり。縄。懐紙。地図。革袋。
塗り薬。包帯。手ぬぐい。時計。
細く割った松を束ねただけの、簡単な松明。
着替えと、ローブと、寝袋。
そして、小さな革袋に入れた角砂糖。
「ふっふっふ」
含み笑いをして、背負子を背負い、背負子のベルトを腰の前で締める。
顎の下でローブの結び目を締めて、頭に被り、背中の方は背負子に被せる。
荷に枝などが引っかかったり、濡れたりしないようにする為だ。
「ふんふん」
ポケットから地図を出して、自分の位置を再確認。
川の向うの鬱蒼とした森を、川上から川下の方にゆっくり眺める。
カオルの予想では、この森に馬は居ないそうだ。
改めて考えてみれば、イザベルもそう思う。馬が住むには狭すぎる。
だが、上から見て分からないように、枝が被さっているような平地・・・
(ないか。いや、ないわな)
何故、この森を探そうとしたのか・・・
百姓家で預かってもらえると聞いて、逸ってしまったか。
ぺちん! と頬を叩いて、もう一度地図を見直す。
森を抜けた向こう。
カオルの言う平地はV字型になっていて、北側に見える山から平地が伸びて来ている。なぜこんな不自然な地形になったのか。まあ、どうでも良い。
大事なのは、山の方から南に向かって、広く平地が伸びている所。
かなり広いから、全部を見ていくのには時間がかかりそうだ。
山の近くは多分居ないだろうとの事だが、爆発がいつ頃かによる。
野の動物は、意外と早く縄張りに戻って来ていたりするものだ。
まずは急いで森を抜けてしまおう。
河原を下りて、川に足を踏み入れ、ばしゃばしゃと繁った森に向かう。
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その頃、魔術師協会。
素振りを終えた皆が朝餉の時間。
「マサちゃーん。質問」
「なんですか」
「こないだ、イザベル様に矢ぶち込まれたじゃん」
「ちゃんと酒は奢ったじゃないですか」
「そうじゃなくて。あれ、ほんとに鎧ぶち抜けるの?
痛かったけど、実際ちょっとしか刺さってなかったじゃん」
マサヒデはちょっと首を傾げて、
「場所によります。腹ならまずいけるでしょう。鎧の形にもよりますが」
「腕は刺さらないの?」
「鎧は金属ですよ。つるっと滑ってしまいます」
「あ、なるほど」
「あと、矢を変えないと、箆が割れて刺さらないですね」
「の?」
「棒の所です」
「割れちゃうの?」
「強い弓で射るとしょっちゅうですよ。
強く当たるから、矢尻がはね返る力で割れてしまうんです」
「どうするの?」
「鉄で作った矢を使います」
「は?」
「棒の所を鉄で作ってしまいます。重くなる分、威力も上がります。
まず割れないので、曲がるだけで済みますし。後で真っ直ぐ」
「いやいやいやいや。見た事ないんだけど」
「ありますよ。矢尻からながーく芯を伸ばしても良いと思います。
まあ、こっちの方が一般的ですかね。
あと、矢尻もああいう奴から変えないと」
「あれが普通じゃないの?」
「あれは狩猟用ですからね。生身の相手に使う矢なんですよ。
征矢にしないと難しいでしょう」
「そや?」
「簡単に言うと、戦に使う矢です。もっと矢尻が細くて、突き刺さりやすい。
大体、征矢は返りがないのが多い印象ですね。
盾を割るような、大工道具のノミみたいな形の矢尻もありますよ」
「ふーん。じゃあ、その征矢だったら、もっと深く刺さったかな?」
「でしょうね。まあ、そうなったら抜きづらくなったから、あれで良かったんですけど」
「なにそれー! 矢より私の心配してよ!」
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川向の森の中―――
「ちぇーい!」
ばしん! 山刀で斬られた枝が跳ねて飛ぶ。
「むん! むん!」
ばし! ばし!
「ちっ!」
枝やら薮やらが邪魔で仕方がない。
しかも蔓草が巻き付いて、簡単に手で折っていけない。
足元も太い根や枝、苔むした石がごろごろしている。
「ええい・・・」
頭のフードを取って、上を見る。
木が深い上に荷を背負っているので、枝から枝にも難しい。
背負子がなければ、何とか行けたかもしれないが、それでは野営が難しい。
「ふん! ふん!」
山刀を高速で振り、ばしばし枝を払いながら、イザベルが歩いて行く。
進む速度は、普通の歩行速度と変わらないが・・・
走りたいのだ!
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半刻後。
「ふあーっ」
息をついて、イザベルが座り込む。
一口だけ水を入れ、ゆっくりゆっくり飲む。
すりすりすり・・・
静かに地面を這う蛇の音。
イザベルにははっきり聞こえている。
「ふん」
矢を抜いて掴み、びし! と蛇の頭に突き刺す。
ぶるんぶるんと身を振って、蛇が止まった。
掴もうとして、はっ! と一瞬、手が止まる。
(まさか・・・)
蛇にもダニは居ないだろうか・・・
毛が生えていないから、居ないか。
ぐいっと掴んで、ナイフを出して、ぴ! と頭を落とす。
ぼたた・・・と血が落ちる。
革袋を出して、中に入れてしっかり閉じ、背負子のベルトに括り付ける。
昼飯が出来た。
歩きながら枯れ枝も拾っておくか。
落ちた頭に突き刺さった矢を拾い、刺さった頭を乱暴に抜いて放り投げる。
懐紙を出して、矢とナイフを綺麗に拭き、納めて立ち上がる。
「はあ」
後ろを振り返ると、野営地から真っ直ぐ枝を払われた空間。
このくらいなら、馬も通れるだろうか?
居たら、だが。
(行くか)
山刀を抜いて、イザベルがばしばしと進んで行く。
まだ森の中程にも届いていない。
さっさと平原に行きたい。
ばし! ばし! ばし!
「おのれ! おのれ! おのれーッ!」