第714話
夕刻、街道。
シズクが片手ずつ2つの大八車を引っ張り、その後ろに冒険者が1人ずつ。
イザベルが大八車を1つ。
冒険者2人の背にも、葛の花が満載。
山盛りで重く、これだけ取って疲れているが、4人の顔は明るい。
「んふふふ。ねえ! 売り先、決まってる!?」
がらがらと大きな音を立てる3台の大八車。
シズクが大声で声を掛ける。
「決まってますよー! 職人街の調薬師!」
「何ーっ!」
イザベルの大声。
「どうしたんですかー!?」
「我はー! 職人街にー! 入れぬー!」
「えー!」
「いいよー! どっかに置いといてー! 私が運ぶー!」
「頼むー!」
「花ー! 一掴みー! 分けてくれー!」
「いいですよー!」
「すまーん!」
がらがらがら・・・
----------
魔術師協会の前。
大八車とイザベルがシズク達を待っている。
イザベルは大八車に腰掛けて、荷物番。
向かいの冒険者ギルドから、受付嬢がこちらを見ている。
イザベルがにっこり笑って、小さく手を振る。
(どのくらいになろうかな)
にやにやしていると、魔術師協会の玄関が開いて、カオルが出て来た。
盆に急須と湯呑を乗せている。
「おかえりなさいませ・・・」
山盛りの葛の根を見て、カオルが驚いている。
「お、おお! カオル!」
人前なので呼び捨てだ。
「これはまた」
「ははは! 凄いであろう!」
湯呑に水を入れて、カオルがイザベルに差し出す。
ぐっと飲み干して、は! と息をつき、
「あと2台あるのだ。売り先が職人街であるから、2台はそっちに行っておる。我はここで荷物番だ」
「ううむ、この量、1店舗では買い取れますまい」
「売り先はもう決まっておるそうだし、すぐ戻って来る。
これも売ったらいくらになろうかな」
「花も?」
「勿論! 籠いっぱいだ!」
懐から膨らんだ小袋を出して、
「カオル。この袋に花が入っておるから、クレール様にハーブティーを出してもらえるか」
「ありがとうございます」
受け取って、裾にしまい込む。
「花は背負籠に?」
「ああ」
「では、叩かれても金貨30枚は下りますまい」
「30枚! 1人で7、8枚か!」
「よく頑張りました」
「ああ! まとまった金も出来た・・・うむ。
カオル、明日から少し留守にしようと思う」
「何処かへ配達の依頼でも」
「いや、馬を探しに回ってみたい」
「馬を? 厩舎を借りるには、少々金が」
イザベルがにやりと笑って、
「おおっと! カオルも知らなかったようだな。
馬は百姓でそれは安く預かってくれるそうな。
場合によっては、金がもらえることまであるそうだぞ」
「百姓で? 何故」
「馬糞よ、馬糞。肥料になるからな、それは大事にしてくれるそうだぞ」
「おお! なるほど!」
「冒険者で馬を持っておる者は、大体百姓に預けておるそうだ。
金がかかるゆえ、まともに厩舎を借りておる者は、あまりいないそうだな」
「ううん、そうでしたか・・・私も知りませんでした。
肥料を求めるのであれば、あまり安い餌という事もないでしょうか」
「であろうな! 競走馬ほど良い餌ではないであろうが」
「で、どこで馬を探すのです。我々は既に知っておりますが」
「まず森を探してみようと思う。我の野営地の向かいの。
繁っておるし、獣も多そうであるし、隅から隅となると何日かかろうかな」
「森ですか」
にやっとイザベルが笑って、
「あの馬がおったのは、山であろう?」
「む・・・」
「高い木があって、登って森の方を眺めて見たのだ。
上から見ると、木が鬱蒼としておって、開けた場所が見えなかった。
魔獣も居りそうだし、まず探しに行く者はおるまい」
「・・・」
「となると・・・人の手があまり入っておらぬ山。
そのどこかの山に、下から見ても、分からぬような平地があると見た。
この予想、どうかな?」
「ご明察です」
「ハワード様達も、同じ場所から捕まえてきたな。
トミヤス道場の馬も同じ。違うかな?」
「その通り」
「同じ場所であまり捕まえると、馬も減る。
それに、もう良い馬も残ってはおるまいよ。
それゆえ、新しい場所を探してみようと思うのだ」
「なるほど」
「森におらなんだら山の方に行くが、既に見つけた場所は何処であるかな。
そこ以外の場所を見つけたいのだ」
「ううむ・・・少々お待ち下さい」
カオルが戻って行って、地図を持って来る。
イザベルの前で広げて、指先でくるりと小さく円を描く。
「この山。この中腹の辺りに大きく開けた場所があり、馬がおります」
「なるほど。やはり下から見ても分からぬと」
「はい」
「森におると思うか?」
「居ないと思います。ある程度開けておらねば、馬が住みづらい。
そのくらい開けている場所であれば、上から見ても分かりましょう」
「ふうむ」
「新しく探すのであれば・・・」
カオルが地図の上を指を滑らせていく。
「あの森を抜けた向こう側です。ここは開けております。
鬱蒼とした森に囲まれており、北側は山。まず人は入ってこない」
「ほう」
「ただ、見つけても連れて来るのは大変ですね。森を抜けねばなりません。
肉食の動物がおれば、襲われる危険もありますし、驚いて逃げ出すかも」
「であるな」
「北側に山がありますが、先日この山が爆発したので、この山や、山の近くには居ないでしょう。探すのであれば南側の方」
「爆発?」
イザベルが山の方を見る。
噴煙などは上がっていないが・・・
「ふふふ。貯まった魔力が爆発したのですよ」
「あっ! では、では、あの鉄の棒は!」
カオルがにやっと笑って頷く。
あの山には、魔力の籠もった金属の鉱脈があるのだ・・・
「そういう事です。この山は既にマツ様が買い取っております」
「むう・・・」
カオルが指を滑らせていき、カオルが見つけた馬の住処の山へ。
「で、先程の平地に居なければ、この山を回ってみると宜しいかと。
おそらく、こちら側の斜面には、他の群れは居りますまい。
反対側に回り、少し登って上から見るか。
ぐるりと回りながら、耳と鼻を澄ませてみるか・・・」
イザベルが地図に指を置き、
「カオル達が馬を捕らえたのはここ」
「はい」
「良し。山に行くとなったら、ここ以外を探してみよう。
まずは森を抜けて探してみるとする」
カオルと話していると、シズク達が戻って来た。
にこにこしながら手を振っている。
上手くいったようだ。
「皆様の水も持って参ります」
カオルが小さく頭を下げて、魔術師協会の中に戻って行く。
シズクがにこにこしながら、どすどすと小走りで駆け寄って来た。
「イザベル様ー!」
「どうであった?」
「んふふふー。花も入れて、24枚! すごいね!
この大八車も入れたら、30枚は軽く超えるね!」
「おお!」
冒険者2人も駆け寄って来て、
「大金! 大金ですよ!」
「凄いです! 頑張ったかいがありましたよ!」
「良し! やったな!」
シズクが大八車を掴んで、
「じゃあこれも売りに行ってくるよ!」
「よしよし! 待っておるぞ!」
男の冒険者も後に付いていく。
カオルを待たずに行ってしまったが、まあ良いだろう。
1人で金貨で8枚以上になりそうだ。
残った女冒険者に、
「1人8枚は超えそうだな?」
「はい!」
「よし。合計で32枚以上あったら、我は8枚で良いぞ」
「え!?」
「あとは3人で分けてくれ。ちとギルドに行ってくる。すぐ戻る」
受付嬢に、数日留守にすると伝えに行こう。
分前は8枚もあれば十分だ。
馬を探しに行くのだから!