第712話
夕刻、魔術師協会。
がらっ!
「イザベルでございます!」
「お疲れ様です」
「おお、カオル殿! 朗報があります!」
「何か」
「大量の葛を発見致しました!」
「くず・・・葛餅とか、葛根湯の葛ですか?」
「如何にも!」
「あれは・・・掘るのが大変だと思いますが」
「そこでシズク殿のお力をと。我と2人で大儲け」
くす、とカオルが笑って、
「ご相談下さい」
「は!」
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居間に入りかけ、足を止めた。
静かに廊下に座って、待つ。
マサヒデが雲切丸を抜いて、すうー・・・と静かに刀身を拭いている。
目を細めて刀身をじっと見て、鞘に納める。
「む、イザベルさん」
「お邪魔致します」
「待たせてしまいましたか」
「いえ。つい先程来たばかりで」
「そうですか。どうぞ」
ふうー、とシズクとクレールが息をつく。
イザベルが空気が柔らかくなった居間にいそいそと入り込み、
「マサヒデ様、聞いて下さいませ!」
「おっと、また何か嬉しい事でも」
「はい! 本日、山の手入れに行きまして、これが金貨1枚!」
「おお、稼ぎましたね」
「と、そこで大発見を」
「大発見。何をです」
「大量の葛を見つけました!」
「ほう。葛ですか」
「はい! 同行した冒険者曰く、葛は花も葉もつるも根も、全部売れるとか。
文字通り、金のなる木です! 根が1本で金貨1枚はするとか!」
「へえ! 根は知ってましたが、花も葉も? 全部ですか」
「はい。葛布などはご存知で」
「ああ! なるほど!」
「あれもつるから作られるとか・・・」
カオルが茶を差し出して、
「今の季節のつるは売れませんよ」
「えっ」
「葛布に使うつるは、初夏の物ですから。
ですが、代わりに花が咲きます。これが薬として高く売れます」
「やはり!」
「ふふふ。ご主人様の二日酔いの薬にも入っております」
マサヒデが驚いて、カオルを見る。
「そうだったんですか?」
「ええ。良く効きましょう?」
「いや、あれは凄く効きますよ」
「花はそのままハーブティーにしても良し。
乾燥させてハーブティーにしても良し。
粉末にして薬にするも良し。
使い方が簡単で効能が良いので、高いのです」
「ハーブティー!」
クレールが身を乗り出す。
イザベルがにっこり笑って、
「少し頂いて参りましょう」
「お願いします!」
カオルが頷いて、
「根を掘り出しましたら、浅く切って見て下さい。
白い汁が出る物からは、葛粉が出来ます。
粉屋に売れば高く売れるでしょう。
粉にする物は冬に掘ると良いのですが、今の季節でも少しはあると思います」
「なるほど」
「白い汁が出ない物は、全て薬として売るのです。
細かく切り、乾燥させて粉末にし、葛根湯の材料となります。
花も調薬師に持って行くと高く売れますよ」
「葉は何処で売るのが良いでしょうか」
「茶屋が良いでしょう。いや、馬屋に聞いてみても良いかもしれません」
「馬屋?」
「葛の葉は、馬の大好物なのですよ。馬の健康にも良いのです」
「なんと!? それは知りませんでした・・・」
「葛の葉を『ウマノボタモチ』と言う名で呼ぶ地方もあるほどです」
「では、葛の葉の茶とは?」
「葛らしく、滑らかな感じで、血行促進効果のある健康飲料です。
血行促進効果により、風邪、発熱の初期症状の緩和。
脂肪燃焼を促し、肥満対策にもなります」
「「肥満対策!?」」
マツとクレールが同時に声を上げて、皆がくすっと笑う。
「ただ乾して軽く炒るだけで、茶葉の出来上がり。
手間も掛かりませんから、茶屋でも買い叩かれる事はないでしょう」
イザベルがちらりとマツとクレールを見て、
「葉も頂いて参りましょうか?」
「むっ!」
「イザベルさん・・・それはどういう意味で」
クレールがイザベルを睨む。
マツの背中から黒いもやが出てくる。
びく! とイザベルが身を震わせ、
「い、いえ! 先ほど、声を上げておられましたので!」
「ああ・・・そうでしたね」
マサヒデがぱしぱし膝を叩いて、
「ははは! 好きなだけ甘い物が食べられますね!」
「ふん!」
「クレールさんも、ドレスに困らなくなるではありませんか」
「むっ!」
「ふふふ。イザベルさん、葉は売ってしまいなさい。
乾かして茶葉を作るのを待ち切れないでしょう」
「はっ! 時にシズク殿」
「んー?」
「明日、共に葛の根を掘りに参らぬか。手伝いの冒険者が2人。我ら2人。
報酬は4人で山分け。葛の根は1本で金貨1枚にもなるそうな」
ば! とシズクが起き上がって、
「え! まじで!?」
「人の背丈もあるそうであるが、我らであれば軽く掘れよう? どうか」
「行く行く! 4本も掘れば1人で金貨1枚でしょ!
葉っぱも花も売ったら、もう大儲けじゃん!」
「冒険者2人には花と葉を取らせ、我らで根を掘る。
掘った根は大八車で山積みよ! いくら儲かるかな! ははは!」
「おおー! 良いじゃん! イザベル様、ついてくよ!」
「では、明日卯の刻前にはここに来るゆえ、弁当の準備は忘れずに頼む。
夕方まで、掘って掘って掘りまくるのだ!」
「よっしゃ! 大八車も1個じゃ足りないよね!
私と、イザベル様で1個、冒険者2人で1個!
いっぱい積んで、3個で運ぼうよ!」
「おお! そうよな! それで良いな!」
カオルがくすくす笑いながら、
「根を探すのが大変なのです。つるから地面に向かっていき、大量の葛の葉の中から探さねばなりません。これを仕事とする者もいるほどなのです」
「そうなのですか?」
「イザベル様とシズクさんと・・・いえ、まず4人全員で根を探すと良いでしょう。
根が見つかったら、お二人で掘り、冒険者さんに葉と花をお任せして」
「お教え、ありがとうございます」
「それと、葛の根は非常に長いですよ。
中には4間も5間(1間=約1.8m)もある物があります。
まあ、お二人であれば問題ないと思いますが」
「なんと!?」
「ええー! そんなに!?」
「そうですとも。横にくねくね曲がって絡んでいたり、深く地中に入り込んでいたり。掘るのは大変ですが・・・」
シズクがにやっと笑って、親指と人差し指で丸を作り、
「その分、これになるって訳だ」
「如何にも」
「イザベル様! 頑張ろう!」
「うむ! 必ず掘り出してみせようぞ!」