第711話
弁当を受け取り、山の中。
冒険者2人と雑談をしながら、イザベルがばしばしと軽く枝を払っていく。
「さっき、我が馬を見る目があると言ったであろう」
「はい」
「ファッテンベルクは魔王軍で騎馬隊を率いておる。
我の目は確かだぞ。信用して、馬を見つけたら教えよ」
「ええっ!? 騎馬隊ってまじすか!?」
「ん? 嘘ではないぞ。父上は魔王軍の騎馬隊の大将である。
貴族連中に聞いてみよ。こんな事、少し調べれば分かる事だ」
「ええー!? お父上は、お父上は、大将なんですか!?」
「そうだ」
「すげえ!」「さすがファッテンベルク!」
「と、思われがちだがな。軍の大将なんかになるものではない。大して金も入らんし、他の何たら隊の大将とかと喧嘩をしては、腹を立てて帰って来たりしてな。父上も上下左右から毎日突き上げられ、このままでは心労で尻尾の毛が抜けると頭を抱える始末よ。抜け毛を見つけては顔を青くしてな」
「大将って、大変なんですね・・・」
「そうだぞ。間違っても軍には入るなよ。
それより、冒険者で赤帯を目指した方が余程良い。
冒険者など安定せぬと言われるが、引退後もマツモト殿のように働ける。
好きな仲間と好きに働き、心労も少なかろう。軍より遥かに良い環境だ」
「そうなんですね・・・」
「軍人の方が格好良い感じしますけど。公務員で安定してますし」
「でもない。給与は安定してはおろうが、そう上がりもせんと思うぞ。
冒険者稼業であれば、仕事を選ばねば多く稼げるであろうが」
「確かに!」
「危険がある仕事であるというのは、どちらも同じ。
であれば、稼げる方が良いであろう。
心労でハゲる心配も少ないしな」
「心労・・・」
「そうさな。例えばだ。軍のパレードなど見た事があるか?」
「あります!」
「格好良いですよね!」
「あの兵達は、どうだ格好良いだろう、などと思ってはおらん。
あれは大変だぞ。甲冑を着て、町中をゆっくりゆっくりと練り歩く。
鎧の中は汗まみれで、熱中症寸前。少しでも歩みが乱れては後で大叱責。
早く終わってくれ! 早く水をくれ! 誰か助けて!
我も着ておったから、よく分かる・・・今の季節は地獄だ」
「・・・」
「宿舎はどうか。埃ひとつ見つかれば、隅から隅まで掃除のやり直し。
夜中に抜き打ち訓練で叩き起こされ、走り回らされる。
しかし飯は無料では? 米粒ひとつ残せばもう1皿。2粒残せばもう2皿。
うっかり食い切れなくなったら、訓練場を気絶するまでランニング・・・
ふふふ。素晴らしい環境よな」
「本当ですか、それ」
「本当も本当よ。我も正式な軍属にはならなんだが、稽古の一環として訓練兵と共に訓練は受けておったからな・・・ああ、嫌だ! 軍など御免よ! それで、武人の道を選んだ。他に喋るなよ。もし父上の耳に入ったら」
びし! とイザベルが枝を叩き切る。
「このように首が飛ぶ」
「厳しいですね」
「そうよ。軍人として働きたいなら、名のある傭兵団に入る事を勧める。
絶対に儲かるし、正規軍より肩肘張らずに楽だ。
そして、傭兵より冒険者の方が稼げるし楽だ」
「何か夢が壊れますう」
「まあ、訓練を終えて正規兵になれば少しだけ楽になる。少しだけな」
「少しだけですか」
「休暇があるからな・・・訓練兵に休暇はない」
ぴし! とイザベルがつるを切った所で、
「あ、ちょっと待った!!」
「なんだ」
「イザベル様! それ葛ですよ!」
「何!? これが葛か!?」
「そうですよ! その根っこ、持ってけば大金になりますよ!
1本あれば、周りにたくさんありますよ!」
「何!?」
きょろきょろと周りを見渡す。
冒険者が切ったつるを拾い上げて、
「これです! この葉っぱ!」
「あー! 本当! 葛じゃん!」
「これが葛の葉か!」
3人が顔を近付けて、葉を見つめる。
少しして、顔を上げて、周りを見渡す。
声を潜め、
「近くに他の組はおらんな」
「いないですね」
「いません」
「よし・・・たくさんあるのだな。明日、我らで堀りにこよう」
「はい」
「そうしましょう」
「スコップはいるな。他に何か必要な物はあるか」
「大八車も欲しいですね。ここまで持って来るのは難儀ですけど」
「大八車? そんなに取るのか?」
「葛の根っこって凄くでかいんです。短くても人の背丈くらい」
「何? そんなにか?」
「深く掘らないといけないから、結構な重労働です。
ですけど、見返りは凄く大きいですよ。
1本で金貨1枚にはなります」
「では、では、大八車に載せるだけ載せたら・・・」
「そういう事です。この葉っぱもつるも、全部売れますよ」
「全部!?」
「嘘!?」
「葛は金の元ですからね。イザベル様、葛布って知りませんか?」
「や、知らぬが・・・我の領地では、そもそも山林が少ないからな。
生えている葛など、見た事もなかった」
「葛布は最高級素材ですよ。絹と同じくらい」
「な、何!? では、では、この葉とつるからも大金が・・・」
男冒険者が頷き、
「葉は茶葉として・・・ええと」
つるを引っ張っていくと、赤紫の花。
「あったあった。これ、花も高く売れるんですよ。乾燥させれば漢方薬、生でもお湯にぶちこむだけでハーブティーになるんですよ」
「花もか!?」
「あ! 秋の七草! 葛!」
「そうそれ。あ、でも今の季節のつるって売れるのかな・・・
大体、依頼は夏より前しかないからなあ・・・明日までに確認しておきますよ」
「頼む!」
「お願いね!」
男冒険者がにやにや笑って、
「もし売れたら、葛布分けてもらうと良いですよ。
下着作って」
ぱしん! と女冒険者が頭をはたく。
「イザベル様の前で変な事言わない!」
いって、と男冒険者が頭をさすりながら、
「いやいや、冗談じゃなくて、まじで葛布すごいんだって。
ドレスとかにも使われるんだぜ」
「ほんとお?」
「ほんとほんと。絹みたいにきらきらするからさ。
あ、そうそう。火消しの人らが着る火事羽織ってあるだろ。
あれも葛布なんだよ。あれ、超高いんだぜ」
「そうなの?」
「そうだよ。濡れてもすぐ乾くから、重くならないんだ。
あとさ、ばい菌とかも全然付かないんだよ。破傷風防止の服なんだ。
だから、戦乱期の武将とか、鎧下は絶対に葛布製って決まってたんだぜ」
「なんと!?」
「まじ!? そんな凄いの!?」
「そうだよ。超高い包帯みたいな布なんだよ。
しかも、絹みたいにつやつやですべすべで、高級感満載。
町に帰ったら、服屋に行って葛布の服いくらって聞いてみろよ。
値段聞いたら絶対におったまげるぜ」
「うっそー・・・本当に金の元なんだ・・・」
「葛とはそんなに凄い草だったのだな・・・ちと、その花を」
「どうぞ」
イザベルが花を取って、すんすんと匂いを嗅ぐ。
「・・・この感じだな。ふふふ・・・覚えたぞ」
にやっと笑って、
「くくく。喜べ。もう探し放題だ」
イザベルが顔を上げて、鼻を鳴らしながら周りを見渡す。
にやにやしながら、
「おうおう! 匂う匂う! んー! 金の匂いは甘酸っぱいのお!
あれからも、そちらからも! おおう、良い香りじゃのおー!」
「さすがイザベル様!」
「ありがとうございます!」
よし、と3人がまた顔を近付ける。
「ではな、明日の朝、町の門に集合。
卯の刻で良いな? 弁当持って、夕方まで掘って掘って掘りまくるぞ」
「「はい!」」
「大八車は借りられるか?」
「ギルドで借りられますよ」
「よし。手配を頼む。縄は多目にな。多少積んでも、我がおれば運べるわ。
それと、何が売れるか確認ついでに、買値も調べておけよ。
出来るだけ高く売らねばな」
「お任せ下さい」
「我はシズク殿に助力を求めてみる。説得出来れば良いが」
「おお! シズク先生ですか!」
「シズクさんなら、いくらでも掘れそうですね!」
「もしシズクが駄目であっても、馬は必ず用意出来る。
さすがにマサヒデ様やカオルの馬は無理だがな。
ほれ、将棋の兄さんのしょっぱい馬よ。あれは必ず借りられる。
酒1升も持って行けば、喜んで差し出してくれるであろう」
「抜かりない!」
「さすがイザベル様!」
「シズク殿がおっても、山分けで良いな? たくさん掘れるであろうし」
「勿論ですとも!」
「全然大丈夫です!」
イザベル達が頷く。
「よし。今日は狩りはやめて、さっさと引き上げようではないか。
明日は穴掘りで疲れそうであるし。
お主は大八車とスコップ、縄は多目にな」
「はい!」
「お主は、売れる部位と、値段の確認」
「はい!」
「頼むぞ! さあ、仕事に戻ろう!」
「「はい!」」