表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勇者祭  作者: 牧野三河
第四十九章 金
708/756

第708話


 職人街、弓師の店。


 がらっ! ぴしゃん!


「おうふ・・・」


 イザベルが顔をしかめて息を吐く。


「ああっ! イザベル様!」


 弓師が声を上げる。


「今日は買い物に来たぞ」


「おお、ついに!」


「ああ、いやいや。10貫(37.5kg/約83ポンド)の方だが」


「あ、さいですか」


 弓師が肩を落とす。


「むう、そうがっかりせんでくれ。

 我が一文無しから働いておる事は聞いておろうが・・・」


「ええ、まあ・・・それ、本当なんですかい?」


「本当よ。でなければ、先日の弓を買っておるわ。

 何とか金を作ってきたぞ」


「へい。じゃ、弦の代え、木蝋も要りますな」


「さらしを巻いておるが、一応、胸当ても頼もう。手袋は買っておく」


「ええと、弦の代え、銀2枚。木蝋が銀1枚。胸当が銀4枚。手袋が銀1枚。

 矢筒の大きさはどうします」


「ああ・・・ううむ、そうだな。1鞍(24本)入るのが欲しい」


「1鞍となると背負いになりますなあ」


「背負いか・・・ううむ」


 店主が棚から矢筒を取って、


「腰に付けるので一番大きいのがこれです。

 まあ、矢の太さにもよりますが、20本て所ですかね」


「背負いと腰と、どちらが良かろうか」


「短弓ですからねえ。腰で良いと思いますが。

 うん、私は腰用の奴をお勧めしておきますよ。

 腰に下げて動いてみて邪魔なら、肩に帯でも回して背負えば」


「それもそうか。ではその矢筒で良い」


「じゃこの矢筒で銀3枚。矢はどうなされます。

 1鞍24本の束で銀6枚ですが」


「では1鞍を頼む」


「長さはどうしましょう」


「そうだな・・・」


 弓を取って、くいっと軽く引いてみる。

 少し首を傾げて、


「2尺半で良い」


「2尺半? 長いですね。イザベル様は弓に慣れていると見ましたが」


「短いと簡単に突き抜けてしまうからな。

 狩りの最中、いちいち矢を探しに行くのも面倒だ。

 刺したままの方が良かろうが」


「じゃ、長弓用の短いのにしますかい? 3尺くらいの」


「商売上手だな」


 長弓の矢は値がぐんと高くなる。

 相場は短弓の矢の10倍だ。


「それより、別の矢を注文しておきたい。

 少し金が貯まったら買いに来る」


「別の矢というと」


「鉄の矢を1鞍。いかほどになろうか」


「鉄の矢って、矢じりが鉄ってわけじゃありませんよね」


「ああ。羽以外を総鉄で頼む」


 総鉄の矢?

 この弓で放てば、甲冑も貫いてどこかに飛んで行きそうだが・・・


「熊でも狩りに行くんで・・・」


「熊? 熊なら先日狩ったぞ。石で倒すのには流石に苦労したが」


「石で!?」


「ああ。頭にいくつも当てたが、倒れてもまだ生きておって驚いた。

 こいつを頭にぶち込んで、脳味噌を引っ掻き回してやっとよ」


 イザベルがぽんぽん、と腰の山刀に手を置いて、にやにや笑う。


「へえ・・・よくもまあ!」


「木の上から投げつけておったからな。まあ安全な狩りではあった」


「ええ!? 木の上からですかい!?」


「そうだが」


「熊は木い登るんですぜ! 木の上は安全な狩りじゃありませんよ!」


「そんな事は知っておる。我は獣人族ぞ。

 登っておる木に近付かれたら、木から木に飛べば良かろうが」


「落ちちまったらどうすんです」


「ああ見えて熊も足は速いと聞くが、獣人族の足には勝てまい」


「いや、呆れたもんだ・・・」


「馬鹿にしておるのか?」


「違いますよ。そこまでお強いとは思いもしませんで」


「ふふふ。と言っても、手伝いもしてもらったが・・・」


 言いながら金貨を10枚出して、


「さて、まずこの弓が金貨10枚だな」


「10枚。確かに」


「矢が銀6枚の・・・他はいくらであったか?」


「弦の代え、銀2枚。木蝋が銀1枚。胸当が4枚。手袋が銀1枚、と。

 2の、3の、7の、8で・・・合わせて銀14枚ですか」


 弦、木蝋、胸当て、手袋と店主が並べていく。


「矢持ってきますんで、手袋と胸当てを試してて下せえ」


「うむ」


 よいしょ、と胸当てを着け、手袋もはめてみる。

 手袋は人差し指、中指、薬指の3本を入れて、親指、小指が出る形。

 どちらも丁度良い。

 手袋をはめた手でくいくい弓を引いていると、店主が戻って来た。


「うむ! これで良い!」


「毎度!」


「鉄の矢を頼むぞ。金が貯まったらまた来る」


「1鞍ですね。承りました」



----------



 森の奥、イザベルの野営地。


「ふっふっふ」


 背負子を背負って、イザベルがテントから出てくる。

 背中は背負子があるので、矢筒は腰だ。

 やはり腰に下げる物を買ってよかった。


 この背負子に狩った獲物を背負っていく。

 鹿なら2頭はぎりぎり・・・


「むうっ!」


 河原から森に入って行く所で、ぴたりとイザベルが足を止めた。


 背負子が重さに耐えられるか!

 この背負子で、確か17、8貫はいけるとの事であった。

 しかし、鹿の重さは通常16、7貫(60kgちょっと)、大物で20貫。

 個体差もあろうし、中にはもっと大きいものもいるかも・・・


 背中に背負うのは良い。

 この背負子は背中に当たる所に、しっかり革があって中に綿が入っている。

 この革の部分でダニをシャットアウトしてくれる。

 下から差し込むように入れ、縄で縛ってしまえば触らずに済む。


 だが、もう1頭となると、手で運ばねば・・・あのダニだらけの鹿を!


(ぬかった!)


 この森には猪もいる。猪はどうだ? さすがに猪は運べまい。

 では大八車を持ってくるか? この森の奥まで?

 大きめの手押し車なら良いか?

 このがたがたした森から、倒さずに運び出せるか?

 載せる時はどうする? 手で載せる!? 触るのか!?

 あのダニだらけの獣を!


「ひいっ」


 想像して肌が粟立つ。

 そうだ。猪を狩る時は、冒険者を1人誘えば良いのだ。

 2人いれば、棒にくくり付け、ぶら下げて運ぶ事が出来るではないか。

 そうしよう。


「すっ・・・ふうっ!」


 粟立った腕をさすりながら、イザベルが森の中を歩いて行く。


 かさかさかさ・・・

 おとなしい風が吹いて、落ち葉が転がる音。


 ダニを想像してぞくぞくした身体を抑えつけ、目を瞑る。

 感覚を研ぎ澄ませて・・・


(こっちかな)


 聞こえる落ち葉の音が違う気がする。

 動物が踏んだ音かも、と歩いて行く。


 かさ。


(おっと)


 足を止め、ぴーんと音に集中する。


 かさ・・・かさ・・・かさ・・・


 動物の音。

 そう重い音ではない。

 しかし、小動物でもない。

 ここには野犬はいないから、鹿だ。


(軽いものだな。稼げそうだ)


 かさかさ落ち葉を鳴らして歩いて行くと、すぐに鹿が見つかった。


「ふっ」


 弓を肩から下ろし、矢をつがえる。

 距離、10間(約18m)。

 止まった的なら、外す距離ではない。


 ひゅ、と小さく口笛を吹くと、鹿がこちらを向いた。


 くいっと軽く弓を引き、ぴっ!


 声もなく、どさっと頭を射抜かれた鹿が倒れた。


「ううむ、しまった」


 矢が突き抜けてしまった。

 すたすたと歩いて行く。

 木の間を覗いてみるが、矢はどこへ飛んだのか、見当たらない。

 いきなり矢を1本無くしてしまった。


 苦い顔をして、ふ、と息を吐いてしゃがみ込む。

 背負子の下の載せる所を、倒れた鹿の胴の下に差し入れ、軽く縄で縛る。


(よし! 触らずにいける!)


 ひょいと背負って、イザベルは森の中を駆け抜けて行く。

 肉を少し分けてもらい、マサヒデ様にも届けよう!

 今夜は肉だ!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ