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勇者祭  作者: 牧野三河
第四十九章 金
706/764

第706話


 魔術師協会、執務室。


 半刻後。

 イザベルとカオルが2人で紋章辞典のページをめくっていく。

 ぱたん、と分厚い辞典が閉じられる。


「ないですね」


「ううむ」


 2人がじっと手紙を見る。

 カオルが険しい顔で、


「イザベル様、これはまず偽印かと思います。

 でなければ、流された貴族が勝手に作った印。

 もしそうでなければ、隠し印・・・でしょうか」


「隠印? 図書館の?」


「いえ。その隠印ではなく、本来の紋章の代わりに使われる、表に出ない印。

 個人的なやり取りに使ったり・・・正体を知られないように。

 稀に、本来の紋章を隠している貴族もおられます事から、隠し印と」


「貴族ではなく、どこかの組織的な所の印という事は」


「少なくとも、私は存じません」


「カオル殿も。なれば、まず偽印でしょうか」


「その可能性が高いです。それにしてもおかしな物です。

 貴族を装って上等な紙を使っているのに、地味な紙の封筒・・・

 なぜこの封筒を選ぶのか」


「もしや、封筒に何か」


 カオルが封筒を窓にかざし、角度を変えたり、指でそっと押してみたり。


「何もありません。炙り出しの類もありませんし・・・まあ、そういう仕掛けがあれば、初めて手紙を出す相手であれば、封筒を捨てぬよう指示が書いてあるはず」


「確かに」


「差出人を辿るにも、いくつもギルドを回って届いた物だと時が掛かります」


「カオル殿。やはり、打ち捨てて無視した方が良いでしょうか」


「・・・」


 カオルが顎に手を当てる。

 少し考え、


「広場はすぐ近く。行ってみましょう。私が見張っております。

 無視するかしないか、その時に決めましょう。

 何者かが来たら、引っ捕らえて大元を吐かせれば宜しいかと」


「は」


 カオルが頷いて、


「昨日の依頼で、もうランクが上がったでしょう。

 手早く終わりそうな依頼を、一仕事片付けてきては」


「そうします」


「では、未の初刻、長椅子に座って下さい。

 私は広場のどこかで見張っております」


「宜しくお願い致します」



----------



 そして、未の初刻。


 ちらちらとイザベルが周りを見ながら、長椅子に向かう。

 屋台、露天商、勇者祭の放映を見て騒ぐ者。

 人が多すぎる。

 カオルはどこかにいるのか。


 長椅子もいくつかある。

 どの長椅子かは指定されていなかった。

 相手はこちらを知っているのだ・・・


 ち、と小さく舌打ちをして、手前の長椅子に座る。

 町人が隣で放映を見ながら「おお」「いけ、いけ」と小さく声を上げる。


 ちゃりん。


「む」


 金属音が響いて、思わず足元に目を向ける。

 銅貨が転がって、隣の町人の足にぶつかる。

 お? と町人が銅貨を拾い、


「姉さんのか?」


「いや」


「そう?」


 くる、くると町人が周りを見る。


「じゃ、俺がもらっちまうぜ! ははは! 儲けたね」


「・・・」


 町人が噴水の上の放映画面に目を向け、


「な、もしここに金貨の小袋が落ちてたらどうする?」


 こいつか。


「落とし物には1割の謝礼。我は金貨10枚で十分。奉行所に届け出る」


 くるりと町人がイザベルに顔を向け、


「ははは! 正直だな! あんた嘘は言ってないな!

 俺はどんな奴でも嘘を言ってるかどうか分かるんだ」


「そうか。イカサマ師相手に稼いだらどうだ」


「イカサマ師かあ~。ああいうのは猫族が多いって聞くぜえ~。

 俺って猫アレルギーでよお~」


「そうか」


「だからよお~、猫か犬かって言ったら、犬が好きかなあ~。

 姉さんも犬族だよな? 俺の好みッ! わーはははははー!」


 犬。奉行所の下っ引きか。


「何か用か」


「ちょいと昼間から酒でもどうだい。暇してんだろ」


「暇ではない。今すぐギルドに戻って依頼を請けたい」


「ふうん・・・真面目な冒険者さんだな」


「それが取り柄でな。では」


 す、と立ち上がってイザベルが立ち上がる。

 町人は放映に目を向けて「いいぞッ!」「やれッ!」と声を上げている。

 ふん、と鼻を鳴らして足を出した時、かさ、とポケットの中に紙の感覚。


(こいつ)


 ちら、と肩越しに下っ引きらしき男を見て、すたすたとその場を立ち去る。



----------



 魔術師協会、執務室―――


 カオルとイザベルが下っ引きの手紙をじっと見ている。


「ハチめ・・・何故こんな回りくどい事をするかと思いましたが」


「ええ。お調べに入ってもさっぱりと言う訳ですか。

 相手は専門家という事ですね」


 歓楽街で殺し。

 一本通りを外れれば不逞な輩の巣窟。

 喧嘩騒ぎはそう珍しい事ではないが、殺し。


 鬼と呼ばれる名奉行がいるこの町で、殺しなど滅多にない。

 正面から頭に銃弾を1発。

 安酒場が目の前にあるのに、誰も銃声を聞いていない。


 歓楽街は夜も人が多い。

 銃声が響けば、通りからでもすぐに分かる。

 見つかったのも、死んだ直後。

 銃を撃てば火薬の臭いが残る。

 急いで獣人族の同心達が回ったが、足取りが掴めない。


「これはカオル殿の手助けも欲しい、という事でしょうか」


「そうでしょうね。イザベル様が私に相談するのも折込済みでしょう」


「全く・・・」


「専門家。殺し屋ですね。それもかなりの。

 それが分かっているので、回りくどい連絡を取ってきたのでしょう」


「なるほど」


「手助けはせぬ方が宜しいでしょう」


「何故でしょう」


「まず、相手は殺し屋。殺人鬼ではありません」


「他に被害者は出ないと」


「他に狙われる者が居なければ、ですが。

 仕事を終えたのなら、とっくに町の外でしょう。

 調べた所で、見つかるとは到底思えません。

 そして、追われていると分かれば、我々に牙を向けるやも。

 音もなく銃を使う殺し屋となれば、シズクさんでもやられます」


「なるほど」


 ぱらりと紙をめくって、


「ここに書いてある通り、被害者はそこら中で恨みを買うような人物。

 殺される原因が多すぎてさっぱり分かりません。

 死んで悲しむ者などおりますまい」


「ううむ」


「危険を冒して手を貸す必要は皆無。

 イザベル様、この件に手をお出ししてはいけません」


「・・・」


 カオルが腕を組み、


「この手紙、お奉行様は知らないと思います」


「なぜでしょう」


「もし我らが調べに入ったら、危険な目に会うとすぐ分かりましょう。

 おそらく、歓楽街の常設番所の同心の誰か。間違いなくハチ様ではありません。

 子供のように正義感にかられて、手伝いにくると・・・舐められましたね」


「ちっ・・・では」


 カオルが行灯に火を入れる。

 イザベルが手紙を取り、火にくべて燃やす。

 カオルが頷いて、


「忘れましょう。イザベル様は、先日の熊の件で、奉行所で名が売れました。

 以降、このような事があるかもしれませんが、まず私にご相談下さい」


「は」


「決して、クレール様やシズクさんには話さないように。

 お二方は、興味津々でいざ参りましょう、と言うでしょうから」


「む・・・確かに」


「このような依頼は厄介の元です。

 イザベル様ご自身のみでなく、ご主人様方も巻き込まれます。

 奉行所から正式にお頼みがあるか、指名依頼が来ない限りは」


 イザベルが頷いて、


「知らぬ存ぜぬ、ですね」


「はい。お奉行様が承知の依頼でなければ、無視して構いません」


「しかと」


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