第705話
翌朝、冒険者ギルド。
もうそろそろ金も貯まるし、弓も矢も揃えられる。
イザベルがうきうきしながら、受付嬢に軽く手を挙げ、
「おはよう」
「おはようございます! イザベル様、お手紙ですよ!」
「手紙? 私にか?」
「はい! どうぞ!」
はて・・・誰が私に手紙を? と、手を伸ばして受け取り、
(う!)
と、顔を変える。これは高い紙だ。
何の装飾もない地味な封に見えたが、手触りで分かる。
もしや、どこぞの貴族からパーティーなどの誘いでは・・・
(くそ! 貸服か!)
スーツが出来るまで、約1ヶ月。これは参った。
(やれやれ。断ってしまうか)
くるりと封筒を裏返す。
はて。見た事のない印だが、ちゃんと印が押されている。
どこの貴族か・・・
「持って来た者は? 返事を待っておる者などおらぬか?」
「いえ。よそのギルドの冒険者さんでした。
配達だけだからと帰ってしまいましたよ」
「よそのギルド? 早馬ではないのか?」
「はい。別に珍しい事ではありませんよ。
大事な手紙なんかは早馬ではなく、冒険者に護衛を兼ねて運んでもらったり」
「ふうん・・・我もそのうち手紙配達か」
ぺらり、ともう一度封筒を返して、
「ああっ!」
受付嬢が大声を上げた。
イザベルが驚いて、
「何だ!? この手紙に何かあるのか!?」
「違います! もうひとつ大事な事が!」
「何だ? 魔王様から通信でも入っておるのか」
「違いますよ! イザベル様、ランクが上がりましたよ!」
「何ッ! はや上がったのか!?」
「そうですよ! もしトミヤス様の稽古に参加していなかったら、あと1日か2日は早く」
「こんなに早く!? 我は1ヶ月か2ヶ月はかかろうかと」
「そんなわけないじゃないですかあ! 見習い期間はすぐ終わりです!」
「そうなのか? それで良いのか?」
「そうですよ。だって、見習い期間中に何かあったら、ギルドが補填しないといけないんですから。さっさと自己責任になってほしいんですよ!」
「ははは! そういう事か!」
「まだ最低ランクですから、やれる事は大して変わらないですけど。
荷運びや配達が増えますよ!」
「配達! おお、冒険者らしくなってきたな!」
「まだ危険物や貴重品、遠方の配達なんかは、指名以外では任されません。
この町内と近隣の村くらいですね」
「ううむ・・・荷を襲ってくる輩と斬り合いなどとはならぬか」
「あはは! なりませんよ!」
受付嬢が引き出しから新しい免許証を出して、
「こちらが冒険者Jランク免許証。10級ですね」
「じゅ、10級・・・か。白帯と言う事か」
今までの冒険者免許証を差し出して、受け取る。
「A級になると免許証の枠が黒くなりますよ! 目指せ黒帯です!」
「いわゆる上級冒険者は何色になるのだ」
「赤と白の枠です! 更に上の赤一色の枠の人は、10人もいないんです!」
「何!? 10人も!? 冒険者など、どこの町にもおるではないか!?」
「そうですよー。赤枠の人は、もう伝説の冒険者です!」
「ううむ・・・」
「実は、マツモト部長も赤白です」
「何!? マツモト殿がか!?」
「うふふ。もう引退しましたけどね」
「そ、そうだったのか・・・知らなんだ」
「現役の時は、銃が得物だったそうですよ。
馬もお得意ですから、各地を駆け回っていたんでしょうか」
「騎馬銃兵だったのか!? エリート中のエリートではないか!」
「あはは! 騎馬銃兵とはちょっと違う気がしますけど!
まあ、エリートだという事には違いないですね。
現場で叩き上げの大佐とか少佐みたいな感じでしょうか?」
「ううむ、ギルド本部に大将がおるとして、各ギルド長が地方長官を務める佐官であろうか。マツモト殿はこのギルドでも重要な位置におるようであるし、大尉くらいになろう」
「大尉なんですか? 何かあまり偉くない感じが」
「この国の軍の階級制度がどうなっておるかは知らんが、大体、会社でいう部長は尉官となる。佐官は本部長くらい。少将は常務。中将が専務。大将が社長。オオタ殿はやり手と聞くし、オリネオ地方軍総長オオタ中佐といった所か」
「うわあ! 地方軍総長! オオタ中佐! 何かかっこいい!」
「我々冒険者は一般兵だな。我は白帯であるし、2等兵士となるな」
「2等兵士ですか!」
「それとな、あまり偉くないと言ったが、尉官の階級はもう幹部であるぞ。
現場には出ても、前に出る事は少なく、主に後ろで指揮を取る役だ」
「えっ! 何とか少尉さんとか、何とか中尉さんも、皆、幹部なんですか?」
「そうだ。であるから、現場に出るのは曹長がまず一番上であるな。
上級冒険者は曹長というわけよ。赤帯が准尉くらいか? 仕事内容は違うが。
まあ、軍の階級で表せられる組織ではないゆえ、何とも言えんな。
一口に軍と言っても、仕事によっては普通に尉官も現場に出るし」
「では、国王陛下は会社で言うと何になるんですか?」
「役員グループの会長に決まっておろうが。
家老とか家宰とか執政という役にある者が、グループの副会長か」
「なるほど!」
ふ、とイザベルが遠い目をして、
「社長は一番偉い人ではない。役員共の一言には敵わぬのよ・・・」
「何か切ないですね・・・」
「まあ、色々あるのよ。父上が苦々しく文句を吐き出しておった姿を何度も見たものだ。我が幼き頃に、一度扉を蹴立てて帰って来た事があってな。魔王様に直訴だ、裁判だなどと。迎えに出ていた我は声に驚いて泣き、父上が慌てて駆けてきた」
「お父上は、どんな役職だったんですか?」
「魔王軍の騎馬隊の大将だ。だったではないぞ」
「ということは、現役!? 現役の大将っ!?」
「驚くことはない。他にも何とか隊の大将というのがずらりとおるわ。
父上は騎馬遊撃隊の大将だ。騎馬隊でも、騎馬何たら隊がたくさんおる。
であるから、何とか大将とか言うのは腐る程おるわ。
ま、系列会社の社長がいっぱいおるという感じか」
「大将がいっぱい・・・なんか、大変なんですね・・・」
「そうよ。兄上も軍に入ってしまったし、まあ苦労しておろうな。
どこの社長になるものやら。さて、と」
手紙をもう一度見る。
イザベル宛ではあるが、差出人がない。
印はあるが、これが差出人か?
「差出人は?」
「特に聞いていませんよ。イザベル様宛とだけ」
「ふむ。どこからの手紙か分からぬか。返事も要らぬ、と。
印が押してある以上、貴族ではあろうが・・・
ううむ、中を見ても良い物かどうか?」
「やっぱり、貴族様からのお手紙ですか」
「ああ。印もそうだが、この紙よ。地味だが、これは高い紙だぞ」
すー、すー、と封筒の上で指を滑らせる。
むう、と顔をしかめて、
「ああ、困ったものだ。パーティーの誘いであったらどうしたものか。
開けずにおいて、受取人不在という事でここで預かってもらえるか?
まだ服が出来ておらぬのだ・・・」
「パーティーでなかったら、どうされるんです」
「むう・・・ええい、どちらにしろ、厄介にしかならんな」
す、と受付嬢がペーパーナイフを差し出し、イザベルが受け取って、封筒の閉じてある所に差し込み、ぺりっと封を剥がす。
「・・・」
じっと受付嬢が見ている。
「すまぬ。人目のある所で読んで良い物かどうか、分からぬゆえ」
「あ、はい」
すたすたと掲示板を通り過ぎ、廊下に入って中を取り出す。
『未の初刻(13時)
広場
長椅子』
「・・・」
怪しい。怪しすぎる。
文字は手書きでなく、木彫りの物。
日付の指定もない。
なぜ手紙なのだ。指名依頼を出せば良いではないか。
ならば、手紙を出す必要などないであろうに・・・
この手紙も依頼で運ばれた物ではないか。
広場の長椅子に誰か来るのか、何か置いてあるのか。
人差し指を開けた封の下に入れ、すうっと閉じる。
少なくとも、イザベルは見た事のない印。
無視しておく方が良いか。
それもそれで、厄介の種になりそうだ。
こんな手紙を送ってくる相手。
貴様、文をしかと受け取っておいて何故!
・・・などと難癖をつけられても、たまったものではない。
(どうしたものか。燃やしてしまうか)
難癖をつけられて荒事になっても、叩きのめせば良い。
ちんぴら程度なら大した事もない。
大元を吐かせて痛い目を見させ、奉行所に突き出すか。
しかし、わざわざ貴族の手紙を装って連絡を付けてくる相手。
いや、装っているのか、まず確認をせねば。
印の確認が先だ。
手紙を封筒に入れ、ポケットに入れて、イザベルは魔術師協会に向かった。