表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勇者祭  作者: 牧野三河
第四十八章 大魔術師の称号
704/760

第704話


 魔術師協会、居間。


 とっぷりと日も暮れて、もうすぐ夕餉の時刻。

 イザベルは縁側に座ったまま、暗くなった庭を見ている。

 背中から、絵に描いたような『不機嫌です』の空気。


 クレールもシズクも、イザベルをちらりと見ては、にやにや笑っている。

 買い物から戻ったマツは居づらそうに、もそもそと膝を動かしている。


 何かあったのか。

 喧嘩でもしたのか。

 居づらくて仕方がない。

 ちらちらとクレールを見たり、シズクを見たり、イザベルを見たり。


 かちゃかちゃ。

 は! 膳の音!

 助かった、と廊下を見ると、カオルが膳を運んできて並べる。

 ちらりとイザベルを見て、


「イザベル様」


「は」


 振り向いたイザベルの顔は明らかに不機嫌。

 ちらりとマツを目で見てから、膳の前に座る。


(何かしてしまったのでしょうか)


 マツはすっと目を逸らして、膳に向いて箸を取る。


「頂きます」


「頂きます!」「いただきまーす!」「頂きます」「・・・頂きます」


 カオルがすっと箸を取り、


「イザベル様。喧嘩でもなさいましたか」


(直球!)


 マツが無表情のまま、驚いて一瞬ぴたりと箸を止める。


「いえ」


 黙々と箸を進めるイザベルを見て、すう、とカオルが目を細め、


「正直にお答え下さい。仕事に障りが出る問題では困ります」


「そのような問題ではございませぬ」


「仕事に障りが出ずとも、ここに来られる度にこの空気では困ります。

 理由によっては出入りを禁止致します。お答え下さい」


 マツが何とか無表情を保つ。


(うわあ! カオルさん、追い込みますね!)


 イザベルがちらりとマツを見る。

 マツは無表情で箸を進めている。

 シズクとクレールは箸を止めて、下を向いて肩を震わせている。

 ぱち、と箸を置いて、


「カオル殿」


「はい」


「先日、馬で立ち会いを行った後」


「馬?」


 カオルが怪訝な顔をする。

 負けた事を、この2人から、からかわれでもしたのか?


「下着を買いに参りましたが」


「下着? ええ。買いに行きましたが、それが何か」


 ぶ! とシズクとクレールが吹き出す。


「それをからかわれただけです」


「はあ?」


 殺気立った目でシズクを睨みつけ、


「この小賢しい鬼めが! 今下着は何枚だ、とからかいおって!」


「それだけですか?」


「・・・はい」


 ふん、とカオルが鼻を鳴らし、


「イザベル様」


「は」


「そんな下らない事でいちいち怒っていては、身が持ちません。

 その程度、軽く流すくらいの度量はございませんか」


「この程度っ・・・」


 きりきりきり・・・

 イザベルは額に青筋を立てながら、何とか笑う。


「ふ、ふふふ。そうですね・・・この程度。

 奥方様、カオル殿、申し訳もございません」


「結構です。トミヤスの家中に、狭量な者は必要ありません」


「は」


 カオルがじっとマツの顔を見つめる。

 無表情だが、目に曇りが見える。


「時に、奥方様」


 マツの顔に、カオルとイザベルの視線が刺さる。


「何か」


「下着の買い物に行ったのを知っているのは、私とイザベル様。

 あと1人はどなたか、言うまでもございませんね」


「・・・」


「ぶは!」「えっふえふっ!」


 シズクとクレールが吹き出す。


「なぜ、お二方に」


 しゅーん、とマツが下を向いて、


「お二人共、何か危険な事かって・・・心配してましたから・・・

 その、別に危険ではないからと」


「イザベル様」


「は。大丈夫です」


 ぱ! とマツが顔を上げ、


「イザベルさん! ごめんなさい! 悪気はなかったんです!」


「いえ。奥方様がお謝りになる理由など、微塵もございませぬ」


 イザベルの固い笑顔。


「ただ、ただ、お二人共が心配しておられたから!

 安心させようと思っただけなんです!」


 すい、とイザベルが頭を下げる。


「お二方にご心配をお掛けした私が元凶。全ての責は私自身であります。

 此度は真にもって申し訳もございませぬ」


「ごめんなさい・・・」


 イザベルが頭を上げ、箸を進める。

 マツも気不味い顔で箸を進める。

 カオルが冷たい目で、


「クレール様。シズクさん」


「なっ、なにっ?」「うぷぷ」


「人の恥を晒して笑うのは良くありませんよ。

 シズクさん、クレール様、お二人共、恥はあるのですから・・・」


 にや、とカオルが笑う。


「何だよ。何か知ってるのかよ」


「まあ、いくつか・・・あれとか」


「あれって何だよ!」


「ここで喋っても宜しいのですか?」


「む・・・」


 カオルがクレールの方を向くと、クレールが目を逸らす。


「クレール様にもありますね。私の知る限り、特にあれなど・・・

 同じ貴族の方々に知られでもしたら、大変でございましょう」


 クレールが真っ青な顔をカオルに向け、


「それってもしかして! ちょっと! やめて下さい!」


 カオルがにやりと笑って、


「ふふふ・・・ですので、恥を知ったからと言って、それを指差して笑う事などしませぬように。もしイザベル様がこれを知っておられたら、どうなっていたか。頭に血が登った時など、うっかり口を滑らせる事もございます」


 シズクが真っ青なクレールの顔を見て、


「貴族にバレたらって・・・一体、何したの・・・」


「何も! 何もしてません!」


「クレール様、全然何もしてないって顔じゃないよ」


 カオルが冷たい目で2人を見て、


「私は例え薬を飲まされようと、決して口外は致しませぬが・・・

 またこのような事があれば、考える事もあるやもしれませぬゆえ・・・」


 う、と2人が固まる。


「私が考える事のないよう、お振る舞いには気を付けて下さいませ」


「うん・・・」「はい・・・」


「イザベル様には、後でひとつお教えしておきます。

 お三方が調子に乗られませぬよう」


 は! とマツが顔を上げる。


「お三方!? 私もですか!?」


 カオルはマツの言葉を聞き流し、


「イザベル様。戦とは相手より強くなる必要はありませぬ。

 世界は所謂パワーバランスで成り立っております。

 勝てはしないだろう。だが、手を出せば痛い目を見るぞ。

 そう相手に見せておけば、余程の事がない限り動きませぬ」


「確かに」


「これは諜報の世界でも同じ事。

 こちらが何か握っていると見れば、相手も迂闊な真似は致しませぬ」


「流石はカオル殿。勉強になります」


「では、食事を終えられましたらば、庭へ。

 イザベル様も、何か握っていると見せましょう」


 マツ、クレール、シズクが慌てた顔で、


「「「何を!?」」」


 カオルがぱちりと箸を置き、すっと立ち上がって、


「ここで口にしても良いのですか?」


「・・・」


「何なら、真偽の程をお確かめになりましても。

 間違っている点などございましたら、ご指摘など頂けましたら助かります。

 情報は確かなもの程、価値が上がりますゆえ」


「・・・」


 3人が黙り込んでしまった。

 イザベルも飯をかきこんで箸を置き、庭に下りて行く。

 庭の隅から、居間の3人を見る。


「イザベル様。お耳を拝借」


「は」


 カオルが口に手を当て、


(適当に頷きながら、ゆっくり10数え、マツ様の方を見て笑って下さい)


 なるほど。

 うん、うん、と小さく頷きながら、10数えて、ちらっとマツを見る。

 目線がばっちり合った。にやり。

 マツが凄く不安そうな顔になる。

 カオルもマツの顔を見て、にやりと笑う。


(何か握っているぞ、と、見せるだけで良いのです)


(流石カオル殿)


 クレールもシズクも凄く不安そうな顔になる。

 にやにや笑いながら、イザベルとカオルが顔を上げる。


「なんと! そのような!?」


「し! 決して口外はなさらぬよう!」


「は!」


 あの2人は一体何を知っているのだ!?


 マツ、クレール、シズクが庭から上がってくる2人を見て、一瞬目を合わせ、互いに目を逸らせる。


 イザベルがにやにやと笑いながら縁側に上がって、静かに座る。


「皆様、私は何も聞いておりませぬ」


「・・・」


「いや、世に秘密のない者などおらぬと、良く分かりました」


 き! とシズクが顔を上げ、カオルを睨む。


「カオル! お前、何を喋った!?」


「何をと言われましても・・・何も」


 クレールも顔を上げて、


「カオルさん!」


「は」


「何を教えたのです!」


「何も」


「くぬぬ・・・」


 本当に何も教えていないのだ。

 嘘はついていないし、とぼけてもいない。

 はて、マツが真っ青な顔でカオルを見ている。

 マツには余程に知られたくない秘密があるらしい。


「カオルさん、まさか、まさか、あの事を」


「奥方様、あの事とは? どの事か教えてもらえませぬと、答えようにも」


「・・・」


「皆様、膳を下げても宜しゅうございますか」


 カオルとイザベルが目を合わせ、にやりと笑う。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ