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勇者祭  作者: 牧野三河
第四十八章 大魔術師の称号
702/760

第702話


 魔術師協会、居間。


 皆が茶を啜りながら、興奮冷めやらぬ面持ちでまんじゅうをかじる。

 クレールがもちゃもちゃしながら、


「あの浪人さんも良かったですねー。

 女の子を見逃してあげたり、こっそり助けてあげてたり」


「でしょ? ただの悪人ってだけじゃあないのも、結構出てくるんだ。

 どうしようもなく、みたいな感じのさ」


 イザベルが頷きながら、


「うむ・・・シズク殿。されど、ひとつ疑問がある」


「何々?」


「8代王の持つ剣は両刃ではないか。なぜ峰打ちに出来るのだ」


 あーあ、とシズクがにやりと笑い、


「8代王が持ってる剣は、片方を刃引きしてあるんだ。

 王家の剣を血で汚さないように、ってね。

 よっぽどの事がなけりゃ、8代王は人を斬らないんだ。

 悪代官も、打首って言ったのに、結局は縛り上げられてたでしょ」


「なるほど・・・あの立ち会いは、本気であったと言う事か」


「そういう事。あのお話は、滅多に人を斬らない8代王が斬るお話。

 珍しいんだぞー。運が良かったね」


「ううむ! カオル殿、此度はありがとうございました」


「いえ・・・」


「マサちゃんだって、さっきの8代王みたいな立ち会いしてるんだぞ」


 は! とイザベルが顔を上げる。


「そ、そうだ! それよ、それ! 聞きたかったのだ!」


「ハチさんから聞きなよ。私らが話しても面白くないよ」


「何故?」


「ハチさんはお話上手なんだ。講談師にもなれるよ。

 ね? クレール様も大興奮してたもんね」


「はい! 私が見ていなかった所で、あんな立ち会いがあっただなんて。

 ハチ様から聞いて、私、大興奮しました!

 カオルさんもですよね?」


「はい。あの浪人者との立ち会いが、それほどであったかと、その場に立ち会っていなかった事を悔やみきれず」


「ハチが何故その話を?」


「ハチさんは見届人として来てたんだ。

 相手は勇者祭の参加者だったけど、私達はまだ参加の許可が出てない。

 祭の参加者はマサちゃんだけだったのさ。で、相手は10人以上。

 そこに私らが手助けするには、奉行所の見届けが必要だったってわけ」


「ハワード様方はおられなかったのか?」


「ああ、ハワード様達は馬があるから、逃げ出す奴が居たら捕まえる役。

 外で屋敷を囲んでたんだよ」


「なるほど」


 にやっとシズクが笑って、


「マサちゃんの刀あるでしょ。派手な方」


「うむ」


「それも、その時に見つけたんだ」


「相手が持っていたのか」


「違うんだなあ。貴族の屋敷に立てこもってたんだけどさ。

 その屋敷を探してたら隠し金庫があって、そこから出て来たんだ」


「何!?」


「地下にある本、歴史とか宗教の本が多いでしょ。

 あの本も、その屋敷から持ってきたんだけど」


「うむ」


「ほら、そういうのには伝説の剣とか、名刀とかいっぱい出てくるじゃん。

 何とか家伝来の何とかみたいな奴とか、誰々王から貰ったとかさ。

 あの屋敷に居た貴族は、そういうのを探してたんだね」


「なるほど・・・そうであったか」


「屋敷の中はすっからかん。よっぽどの値段がしたんだね。

 家財道具ほとんど売っ払って買ったんだよ、それ」


「ううむ!」


「あの屋敷から出て来たってのは秘密だよ。知ってる人は関係者だけ。

 勇者祭の相手が持ってた謎の刀って事にしてあるんだけど・・・」


「謎の名刀。国宝の兄弟刀とは聞いたが、一体誰の作か? どの刀か?

 国宝の名刀と言っても、100本以上はあろうが」


 にやりとシズクが嫌らしく笑う。


「ひーみーつ!」


 刀架を見て、イザベルが首を傾げる。

 立ち会った時、マサヒデはこの刀を抜いた。

 刀にはあまり詳しくないが、一体、誰の作か。

 それよりも、そんな刀を使ってしまう事に驚きだ。


「マサヒデ様は、それ程の刀を使ってしまうのか。

 この刀には歴史もあろうに・・・」


「そんなの気にしないで良いんだよ。

 何かあっても、マツ様が直してくれるもんね!」


「奥方様が?」


 マツがにっこり笑って、湯呑みに残った茶を飲み干し、


「驚いて下さいね」


 と、立ち上がる。

 縁側まで歩いて行って、湯呑みを飛び石に投げつける。

 がちゃん! と湯呑みが砕け散り、


「あっ! 何を!」


 イザベルが驚いて声を上げたが、マツはにこにこしたまま庭に下りて、


「ささ、イザベルさん、こちらに」


 皆がにやにや笑っている。

 言われるまま、縁側まで歩いて行くと、マツが破片のひとつをそっと取り、


「さて、お立会い!」


 マツが破片を置いて手を近付けると、割れた湯呑みがすーっと戻って行く。


「何と!?」


「うふふ」


 湯呑みを持って、マツが上がってくる。

 上がって驚いたイザベルの横を歩いて、急須を取り、


「ほら、イザベルさん」


 は! とイザベルが振り向く。


「お茶を入れても漏れませんよ」


 ちょろちょろ・・・

 くい、と湯呑みを少し持ち上げ、つつー、と茶を啜って、マツが片目を瞑る。


「・・・」


 イザベルは言葉もなく、茶を啜るマツを目を丸くして見ている。

 シズクがにやにやしながら、


「ね! こういう事だから、もしその刀が折れたり欠けたりしても平気!

 マツさんもその刀、お気に入りなんだ!」


 マツがにっこり笑う。


「うふふ。そういう事です」


「流石は・・・奥方様」


「おほほほほ!」


 クレールも微笑みながら、


「見ての通りですから、壊れても大丈夫なんです!

 私達もその刀はお気に入りなんですよ!」


「う、ううむ・・・驚きました」


「イザベルさんも、何か壊れてしまったら持ってきて下さいね。

 私が直して差し上げます」


「ありがとうございます」



----------



 日が落ちてきた。


 今日はこの居間でシズクと雑魚寝だ。


 酒が入ったせいか、稽古で絞られたせいか。

 少しだるくなって、今は本を読む気にもなれない。

 イザベルは縁側に座って、ぼー・・・と庭を見ている。


 シズクは寝転がって、クレールは正座して、二人共読書。

 マツとカオルは夕飯の買い物に出かけた。


(む?)


 通りの人のざわめきが少し変わった。

 ギルドからもざわめきが聞こえる。

 ん? とシズクも本から顔を上げる。

 イザベルがシズクの方を向いて、


「我が見てこよう」


 と、立ち上がった。


「はーい」


 すたすたと庭を回って魔術師協会の入り口まで出て行くと、ハチを先頭に、ずらずらと人が歩いて来る。


(唐丸籠か。捕えたのか)


 罪人を入れる、釣り鐘のような形の籠。

 この籠に入れられるのは、重罪人だ。

 歩いて来た方向は、町の外から。

 町から逃げた者を捕まえたのか、護送されて来たのか。


 ちょっとハチを止めて尋ねられる雰囲気ではないので、入り口のすぐ脇にいる町人に声をかける。


「すまぬ。あれは」


「ハチの旦那がまた誰かしょっぴいたみてえだな」


「また? 此度は」


「さあな。ちょっとここからじゃ見えねえが。見て分かるかな?」


 ハチがゆっくり歩きながら、イザベルに小さく頭を下げる。

 籠はすぐ後ろ。

 太い竹で編まれた籠にむしろが被せれられて顔は見えないが、尾が見えた。

 あれは猫族だ。


「ありゃあ猫族の野郎だな。て事は泥棒かな?」


「大方、そうであろうな。捕まえたのではなく、護送かもしれんな」


「護送?」


「あの籠に入れられるのは、余程の重罪人だ。名の知れた盗賊やもしれぬ」


「重罪人か・・・怖え話だ」


「ああ。となると、お裁きはタニガワ殿ではなく、首都の裁判所まで運ばれるという事も考えられる。それか、既に裁きが下された後か」


「そうなのかい?」


「かもしれぬ、というだけだ。だが、あれで運ばれる程の者だ。

 どこで裁かれようと、遠島、流罪は免れまい。犯した罪によっては獄門よ」


「獄門! 晒し首ってか・・・」


「罪によってはな。仮に盗賊としても、盗みだけではなく殺しもやったか」


「あれか。急ぎ働きってやつか」


「はたまた、余程の物を盗んだか。仮に盗賊であったらの話だぞ。

 何処の誰か、何をしたのかも分からぬのであるし・・・」


「猫族だろ。盗賊じゃなかったら何だってんだ」


「殺しを稼業とする者には、猫族が多いと聞くぞ」


「い!? て事は!?」


「仮の話だ。何をしたのか、さっぱり分からぬのであるし」


「でもよ、重罪人てことには変わりねえんだろ」


「ああ・・・」


 イザベルが遠ざかって行く罪人を見つめながら、少し首を傾げ、


「やはり、あれは護送であろうな」


「何で」


「この町には、名奉行の鬼のノブタメ様がおろうが。

 そういった輩は近付くまいし、とっくに全て捕まえられておるであろう」


「おお、確かに!」


「という訳で、我はまず護送であろうと見た」


「なるほどなあ」


「何処の何者かは知らぬが、お近付きにはなりたくないものだ」


「全くだ。あいつ、何やらかしやがったんだ」


「さあな。だが、知らぬが仏という言葉もある。下手に知らぬ方が良いぞ」


「なんで」


「もし殺しを稼業とするような者であったら・・・な。

 ああいった輩は、ほとんどがギルドのような組合の下で動く。

 1人でいる者など滅多におらんぞ」


「下手に知っちまうと・・・その殺し屋ギルドから他の奴が来て、これか?」


 町人が首の前で指を振る。


「そういう事だ」


「おっそろしい話だぜ・・・」


「ふふふ。堂々と町中を運ぶのであるから、まずそんな輩ではあるまい」


「姉さん、おどかすなよ・・・」


「では、我は戻る」


 ちらっと遠くに離れた籠を見て、イザベルは魔術師協会へ戻って行った。


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