第699話
時は少し遡り、トミヤス道場。
タマゴを膝に乗せたマツを前に、クレール、カオル、シズクの3人が、カゲミツの前で正座している。カゲミツがにこにこしながら、
「で? 嬉しい報せって何?」
「うふふ。こちらです」
マツが帯に挟んだ書簡を差し出す。
「ん?」
とカゲミツが手に取って、う! と顔をこわばらせ、
「げっ! 陛下からじゃねえかよ・・・」
くす、とマツが笑って、
「ご安心下さい。パーティーではございませんので」
「ああ、そうか・・・で、何?」
「まあ、まずはご覧を」
ぱらり。
「んん・・・大魔術師・・・うっそ!? これ称号の下賜じゃねえかよ!?
大魔術師の称号!? テルクニが大魔術師!?」
ざわ! と門弟達の声が上がる。
カゲミツが蝋封の印を確かめ、書簡に押された国王の印を確かめる。
つー、と変な汗が首筋を垂れていく。
「これ、本物じゃねえか・・・いいや! ちょっと待て。
テルクニはまだタマゴなんだぞ。もらえるわけがねえ。
ははあーん、またマサヒデと一緒にからかいに来たな?
あいつはどこに隠れてやがる」
「こちらを」
マツが懐からど派手な小箱を出し、カゲミツに差し出す。
受け取って、カゲミツが箱を開ける。
銀のメダルの首飾り。
「何これ」
「うふふ」
マツが首からそっと首飾りを外す。
「お父上。こんな所に同じ物が。その猫のメダルは、大魔術師の証」
「・・・本物?」
「はい。こちらが陛下からの誕生祝いです。
協会は意固地な所がありますから、骨を折って下さいましたでしょう」
「タマゴだよ?」
「はい。異例な事です」
クレールが後ろで手を付いて頭を下げる。
「お父様! おめでとうございます!」
カオルとシズクも頭を下げる。
「「カゲミツ様! おめでとうございます!」」
ざわついていた門弟達もはっとして、
「「「カゲミツ様! おめでとうございます!」」」
ゆっくりカゲミツが立ち上がって、また、どすん、と座る。
「嘘だ・・・」
にこにこ笑ったマツ。後ろでは全員が頭を下げている。
「本物なの?」
「はい」
「ふ、ははははは! やった! タマゴで大魔術師!」
ばん! と音を立ててカゲミツが立ち上がり、
「おい! 酒屋に行ってありったけの酒買ってこい!
食い物も全部買ってこい! 村中に声掛けろ! 村の皆に奢るぞ!
今日の稽古は休み! 今から宴だ! 全員走れ!」
「「「は!」」」
「ははははは! 大魔術師だ!」
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冒険者ギルド食堂。
8代王暴れ日記を知らないイザベルが質問。
「マサヒデ様、8代王とはどのような」
マサヒデが狼狽えて、
「ええと・・・何か凄い人です」
駄目だ、とホルニが小さくため息をついて、
「イザベル様。8代王とは、タイガーハートとも異名が付くほどの烈王。
この王が立つ戦場に負けはなしと言われた王です。
実際、和睦した時以外に引いたという記録は残っておりません」
「なんと! それほどの王でしたか!」
「強烈なカリスマを持ち、民百姓から兵まで大人気の王でした。
首都にはタイガーハート像という像が置かれ、今でも人気ある王です。
戦だけでなく、その政にも手腕を発揮しております」
「政にも」
うむ、とホルニが頷き、指をくりながら、
「新農地の開発、町火消の設置、目安箱の設置、無料診療所の設置。
それまで文治政治に重きを置かれた国内での、武芸奨励政策。
全国の奉行所の見直しも、ひとつひとつ丁寧に行いました。
財政問題に対する倹約令も、自ら手本を見せました。
食を一汁一菜、2食にする。普段の服には木綿。
御庭番衆の創設による警備強化。海上保安強化などなど・・・
政に関しての業績も、もう挙げたらきりがありません」
「そこまでの王でありましたか・・・」
「魔の国からの書の輸入を解禁したのもこの王。
これにより、この国では稚拙であった魔術が発展したと言われております。
まあ、それでも魔術が日の目を見たのは、魔の国との戦争後でしたが・・・
しかし、この王が居らねば、人の国で魔術が日の目を見るのが何百年遅れたか」
「ううむ!」
「8代王暴れ日記とは、この王がこっそり城を抜け出ては、首都に起こる事件や問題の解決、腐敗代官の討伐など行う、勧善懲悪を描いた創作物語です」
「実際に強かったのでしょうか」
「王家の御留流剣術であった、車道流ヤナギ派の免許皆伝を受けております。
かの王は、何事にもまず自ら手本を、という姿勢の王でありました。
故に箔をつける為に剣術指南役が授けた物ではない、と言われております。
私もそう考えております」
「正に王の手本と言うべきお方ではありませぬか」
「町火消や目安箱など、多くの制度が今でも残っております」
「ううむ・・・」
「かの王の業績はそれほどでありました。
魔の国との戦争時は、もしこの王がおればなどと言われたそうですな」
「もし居られたら、魔の国も苦戦したでしょうか」
ふん、とホルニが鼻で笑って、
「いいえ。実際、居た所で魔の国に被害など出なかったでしょう。
もしこの王が居られたら、即刻停戦、和睦となった事でありましょう。
そういう意味では、もしこの王がおられたら、と私も思います」
ぽん、とマサヒデが手に拳を乗せて、
「そうそう。象って、この国では8代王が初めて乗ったんですよね。
アルマダさんに聞きました」
「と、言われておりますな」
「象。あの大きくて鼻の長い?」
「ええ。西方の砂漠の国から仕入れてきたとか・・・でしたっけ?」
「らしいですな。この王の在王中は、貴族の間で象を飼うことが流行ったとか逸話が残っております。倹約令を出し自らも質素に暮らしつつ、魅せる所では魅せ、民を喜ばせる。そういう所が良く分かっておられたのでしょう」
「象・・・ラクダも乗ったでしょうか?」
「ラクダ? キャラバンの?」
「はい。ファッテンベルク領ではラクダが名産でして。
もしかしてラクダに乗っていたら、我が領から、などと」
「へえ・・・ファッテンベルクって、ラクダが名産なんですか」
「はい。遊牧を生業にしている者が多く、大半はラクダを飼っております」
「ということは、ファッテンベルクって砂漠なんですか?」
「いえ。ステップと言うのでしょうか。
木や草は小さい物しか生えておらず、森林はほとんどありません。
荒れ地が多く、雨もほとんど降りません」
「そんな所だったんですか。ラクダって、砂漠じゃなくてもいるんですね」
「はい。ラクダのチーズなどは、我がファッテンベルクの名産です」
「ラクダのチーズ? 名産品なら、ここにもありますかね」
マサヒデがメニューを広げるが、
「あってもファッテンベルクの物はないかと。
あまり日持ちしませんので、輸出は近隣の領に限られておるのです」
「チーズなのに日持ちしないんですか?」
「はい。1週間も持ちません。
ですが、味はレイシクランのお墨付きを頂いております」
「へえ! 凄いじゃないですか!」
「ワインと合わせれば、天にも登る宴となります」
む! とホルニが身を乗り出す。
「それほど酒に合う物ですか?」
「それはもう。先日やきとりなる物を食べましたが・・・
ふっ。如何に合えども、ファッテンベルクのチーズには及びませぬ。
これは胸を張って言えます。この食堂のどれにも負けませぬ!」
「うぬぬ・・・口惜しい!」
きりきりとホルニが歯噛みする。
マサヒデがホルニを見て、
「クレールさんに頼んで、送ってもらったらどうです」
「クレール様に?」
「ほら。レイシクランのワインの箱。あれ、冷えてるじゃないですか。
ああいう冷たい箱を使えば、遠くまで運べるかも」
「「あっ!」」
イザベルとホルニが大声を上げた。
そうだ! 冷やして運べば、遠くまで運べる!
凄い! と思いかけ、いや、とイザベルが首を傾げる。
そのような魔術のかかった箱代は高額。それも考えると如何な物か?
いつ黒字になるだろうか?
過去に同じような事を、誰も考えなかったか?
金勘定は良く分からないが、考えたであろうか・・・