第698話
冒険者ギルド、食堂。
マサヒデ達3人が、そっと戻って席に座る。
は! とイザベルが顔を向け、
「あっ! マサヒデ様!? あれ!?」
「どうしました」
「いつの間に!? あれ? 席を立っておられましたか?」
ぷ! とラディとイマイが笑う。
今は話すのは無理だろうか。
「盛り上がってたみたいですね」
「ははーっ!」
取り敢えず話してみようか。
無理そうなら明日に話せば良い。
「イザベルさんに、お願いする事が出来るかもしれないんですけど」
「何なりと!」
マサヒデが懐から鉄の棒を出す。
イザベルが驚いて、
「あ! それは! 手が抜けそうに・・・」
ラディが顔を向けて、
「イザベル様。こちらは磁石の方です」
「はっ! という事は、たたら場に!?」
「あ、ご存知でしたか」
「は!」
マサヒデがにっこり笑って、
「これをたたら場に貸し出すにあたり、御目付役が欲しい。
その御目付役、お父上にご相談出来ますか」
「御目付役ですか」
「たたら鉄の産地、キホには『たたら御三家』というのがあります」
「御三家!?」
「そう驚かないで下さい。名前だけの貧乏貴族です。
ふふ、ファッテンベルクみたいではありませんか。
で、この御三家に、それぞれ4ヶ月ごとに貸出を行おうと思います。
その4ヶ月、しかと回っているかとか、まとめ役の目付けです」
「あ、なるほど」
マサヒデがにやっと笑って、
「ふふふ。貧乏貴族同士、協力して製鉄業など如何です。
たたら製鉄は全然儲からないそうですけど、少しは財の助けになるかと」
「え!?」
「私が考えている条件は3つあります。
ひとつ。ホルニ工房に一級鉄を毎年無料で分けてもらう。
ふたつ。私の取り分は月に金貨10枚で永代契約。
みっつ。御三家とちゃんと相談して、無茶な取り立ては絶対にしないこと」
「それだけですか!?」
「それだけです。で、ファッテンベルクは目付けを置いてもらう代わりに、鉄なり金なりを受け取る。あ、金貨10枚は御三家合わせてですよ。一家ずつ10枚ではないですからね」
月にたった金貨10枚で、これを貸し出すのか!
これなら大量の高品質の鉄が作れるのでは・・・
ホルニも目を丸くして、ショットグラスを持ったままマサヒデを見ている。
「まあ、まだ未定ですけどね。
御三家のどこもいらないと言うなら、この話は無しですし」
イマイが手を挙げて、
「トミヤスさん。キホが駄目でも、ゾエがあるよ。遠いけど」
「ああ、そうでしたね。では、キホが駄目ならゾエに持って行きますか。
海を渡らないといけないから、少し遠くになりますが・・・
イザベルさん、どうですかね。いけますかね」
「いけると思います!」
マサヒデが満足げに頷き、鉄の棒を懐に入れ、
「では、これは後日ここで依頼を出して、キホの御三家に運んでもらって、見てもらいますから。契約書なんかは、クレールさんに作ってもらいましょう」
「ははーっ!」
「お楽しみを邪魔しましたね。さ、呑んで下さい」
----------
ちびちびとサラダをつまみながら・・・
「ラディさん」
「はい」
「小さい時、講談って見ました?」
「はい」
「ラディさんは何が好きですか?」
「これと言って・・・三騎士が斬るは覚えてます」
「イマイさんはどうです」
「ヤナギ一族の陰謀だよー。舞台も見に行ったよ。
長屋の前に三傅流の道場がなかったら、絶対にヤナギ車道流に行ってたね」
「意外ですね・・・夢でござる?」
「そうだよ! あのミツヨシ=ヤナギには痺れたよね」
「好みが真逆に見えますよ」
「そうですか?」「そう?」
「ええ」
「なんで講談の話なの?」
「それがですね。マツさんもクレールさんもカオルさんも、講談って知らなかったんですよ。8代王も引退王も知らないんですよ」
え! と2人が驚き、
「嘘でしょ!? いや、クレールさんはまだ分かるよ。
でも、マツさんは人の国に来て長いんでしょ?
カオルさんだって、こっちの生まれでしょ?」
「そうなんですよ。なのに、知らなかったんですよね」
「信じられません・・・」
「先日、初めて広場で8代王の講談を見て大興奮してました」
「へーえ! 8代王知らない人がいるんだね・・・驚いたよ」
横で酒を呑んでいるイザベルを見て、
「今度、何か講談を見せてやろうと思って」
「鬼切サムライ桃とか良くない?
ひとおーつ。人の生き血を啜り!
ふたあーつ。不毛な悪行三昧!
みいーっつ。醜い世間の鬼を成敗! ずばー! 致すッ!」
「あれ、最後、仲間が皆死んじゃうじゃないですか。
黙って長屋出てっちゃうし」
「魔の国って、講談だけじゃなくて、お笑いとかなさそうなイメージない?」
「ああ!」
「あります」
「聞いてみようよ。下町コンビとかうーさんなんさんとか。
人の国で知らない人、絶対いないでしょ」
ラディが首を傾げ、
「でも、ファッテンベルクって、そういうの見せるの許さなさそうな」
「ああ、確かに・・・」
マサヒデがにこにこしながら酒を呑むイザベルの袖を引っ張り、
「イザベルさん」
ぱ! とイザベルがマサヒデの方に振り向く。
「は!」
「8代王暴れ日記って聞いた事あります?」
「8代王?」
「引退王漫遊記とか」
「引退王?」
「三騎士が斬るって知りません?」
「三騎士?」
マサヒデがラディとイマイの方を向いて、
「ほらね!? 知らないんですよ!」
「信じられない・・・」
「本当だ! 本当に知らないんだ!」
「はあ・・・」
「ホルニさん、聞きました!?
イザベルさん、8代王暴れ日記知らないんですよ!」
「信じられん・・・」
ホルニがぽかんと口を開けている。
イザベルが席を見渡す。
皆が驚いた顔でイザベルを見ている。
何だ? こちらでは常識的な事なのか?
「講談ですけど、魔の国では何か見た事ないんですか?」
「こうだん? 如何な物でしょう?」
かくん、とイマイが肩を落とし、
「そこから!?」
「旅芸人のような者で、紙芝居とか混ぜたりする人もいて。
色々なお話を聞かせてくれる人、知りませんか?」
「ああ! 広場におります! あれが講談!」
「ああいうの、子供の頃に見たりしませんでした?」
「いえ」
「今度、カオルさんが奢ってくれますから、絶対に見に行きなさい。
人の国で8代王暴れ日記を知らない者は、赤子だけです」
「ええ!?」
「アルマダさんだって知ってるんですよ。身分とか関係なし。
常識ですから、見てきなさい」
「ははっ! 必ずや!」