第697話
冒険者ギルド、食堂。
「む! この焼はんぺんは良いですね」
「マサヒデさん。この煎り豆腐も中々」
「あ、この豆もやし良いよ! 塩胡椒だけなのに、美味しい!」
マサヒデ、ラディ、イマイはメニューを適当に頼んで、3人でちまちまつまむと、すっと横のイザベルの前にすべらせる。
がつがつとイザベルが食べ、ぐいっと酒を煽る。
たまにホルニも箸を伸ばして食べている。
「そろそろ、すっきりしたのいきたいね」
「ですね・・・あ、これ頼みましょう。山芋の短冊切り。梅干し汁かけ」
「良さそうです。汁物・・・」
「汁物もいっぱいあるねえ。あ、しじみ良いじゃない。これにしよう」
「知らない料理ばかりです」
「山芋だけでもいっぱいあるなあ。
山芋たたき月見うどん。チーズ和え。グラタン。炒め・・・
うわ、これすごいよ。うな丼にとろろとか。強壮薬じゃないのこれ」
「すごいです」
「うへえ、見て下さいよこれ。納豆長芋オクラの3色粘り和えとか」
「粘りしかないね!?」
「マサヒデさん、山芋は膨れます。一品にしましょう」
「そうですね。短冊切りだけにしておきますか」
「あ、こーれ美味しそう! いくら醤油漬け丼!」
「イマイさん、ご飯物はやめておきましょう。他が入りませんよ」
「ご飯抜きで醤油漬けだけ頼めるかなあ?」
次々に頼んではイザベルにすべらせる。
もりもりとイザベルが食べていく。
一区切りついた所で、
「あ、そうでした。マサヒデさん、これ」
ラディが懐から布を取り出し、ぱらりと開いて棒を出す。
「む! 成功品ですか!」
「はい。ちょっとここでは危険ですから」
「どんなの?」
イマイが手を伸ばした所で、ぴ、とラディがイマイの手を掴む。
「いけません。強力な磁石です」
「ほう? 磁石ですか」
イマイが手を引いて、
「磁石? 強力って、どのくらい?」
ラディが隣のテーブルを見て、少し首を傾げ、
「多分、あの方々の得物は奪えます」
「え! 凄いね! そんなに強いの!?」
「ですけど、自分の得物や鎧まで」
「ああ、そうか」
ラディがにやっと笑って、
「ですが、たたら場に送りましたら・・・砂鉄集めなど」
は! とマサヒデとイマイの目が見開かれる。
「むっ!」「ラディちゃん!」
「持って数歩も歩けば大量の砂鉄が」
「ううむ!」「なるほど!」
「これをお送りしまして、代わりに鋼を安く仕入れられればと。
マサヒデさん、如何でしょうか」
「素晴らしいと思いますよ!」
「私はキホ地方のどこかに送ろうかと考えていますが、ご希望はありますか」
イマイが身を乗り出し、
「たたらの鉄はキホが良いね。トミヤスさん、僕もキホを勧めるよ。
次手で北のゾエ。炭もあるし、量も質も良いけど、海を渡らないと。
距離も遠くなるし、運送の手間もかかる」
マサヒデが頷いて、
「キホに送りましょう。ここで運送依頼を出します。
世にひとつしかない、最高の砂鉄集めの道具だ。
厳重な警備を付けて送りましょう」
「はい」
ラディが頷いて、くるくると布を巻き、棒をマサヒデに差し出す。
マサヒデが受け取って、懐に入れる。
「条件はどのくらいにしましょうか。半額はふっかけすぎでしょうか」
「半額なんて安すぎるよ。砂鉄集め、どうやってやってるか知ってる?」
「いえ」
「山を切り崩してさ、堤を作っておいて、土砂を川に流して、貯めて、砂と鉄の重さの違いで貯まってるやつを分けて取るんだ。大変だよ、これ。その棒なら、適当に歩いてきゅっと握るだけで、ばさっと砂鉄が集まるんだ」
「へえ・・・そんな風に」
「キホには『たたら御三家』って鉄作りの家があるから、一番安く鉄を譲ってくれる所に送りなよ」
「ほう。御三家なんて家があるんですか」
「うん。で、そんな道具があったら、あっという間に他の家と差が付くよね。競りさせると良いと思うよ。すごく安い値で一級の鉄を分けてくれると思うね。金ももらえるんじゃない? 僕だったら永代契約で買うな」
「それほどですかね?」
「それほどだね。警備は本当に厳重にしておきなよ。
どこのたたら場も、喉から手が出るほど欲しがる物だよ。
1年もしたら、ホルニさんじゃ捌けないくらい、鉄が送られてくるかもね」
「競りですか・・・冒険者さんで、競りって開けますかね」
「ううん・・・クレールさんに頼んでみたらどうかな?
レイシクランの人、1人つけてもらいなよ。
そういうの出来る人、1人か2人はいるでしょ」
「ふむ」
「で、向こうで御三家に実物見せて、どこか借りて競りだよ。見ものだね。
ここからなら、冒険者さんの足なら1週間。かかっても10日。
で、御三家に2、3日考える時間あげるとするでしょ。
競りやって、帰って来て、1ヶ月もかからないんじゃない?」
「意外と早く済みますね」
「トミヤスさん、これから寝てても金が入ってくるようになるね。
もう人生勝ったも同然。働かなくて良くなった」
「今も働いてませんからね」
「ははは!」
イマイが笑って、テーブルに身を乗り出し、マサヒデとラディをちょいちょいと指で招く。2人が顔を近付けると、
「ねえねえ、砂鉄ならその辺の土にあるじゃない。
ちょっと外に出て試してみない?」
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こっそりと3人で食堂を抜け出て、すぐ外の門から町の外に出る。
街道から外れて5分ほど歩き、きょろきょろ周りを見渡す。
向こうに町の門番が見える。
「この辺で良いでしょ。じゃあ、ラディちゃん、少し離れて」
「はい」
布に包まれた棒を持って、ラディが歩いて離れて行く、
「トミヤスさん、雲切丸、持ってかれないように押さえてね」
「はい」
マサヒデがぐっと刀の柄を押さえる。
イマイが頷いて、
「ラディちゃーん! やってみてー!」
こくん、とラディが頷いて棒を握った瞬間、ぼふ! と真っ黒な塊。
「ああっ!?」
驚いてラディが膝を付き、ぱ、と手を離す。
どしゃりと黒い砂の山が落ち、鉄の棒が傾く。
「おお・・・」「なんとまあ・・・」
マサヒデが近付いてしゃがみこみ、ラディを見る。
驚いているだけだ。怪我などはなさそうだ。
黒い砂の山に指を突っ込む。
イマイも手ですくって、ぱあっと顔を輝かせ、
「重い! 鉄だ! 砂鉄だよ!」
ばす! とラディも手を突っ込む。
「ああ! 鉄!」
「これはすごいですね・・・」
マサヒデも手を入れて、軽く持ち上げてみる。
ずっしり重い。砂の重さではない。
さらさらと手から落ちていく。
「こんなのがあったら大変だよ! 簡単に鉄が作れちゃうよ! 大事件だよ!」
イマイの顔は全然大変という顔ではない。喜色満面だ。
マサヒデは立ち上がって、ラディの手から落ちた布を拾った。
「これで鉄作りが盛んになるんですね」
「なるよ! なるなる! この辺でも作れちゃうんじゃないの!?」
棒を指先でつまんで、布をくるくると巻き付け、慎重に懐に入れる。
「さっきの御三家の話ですけど」
「何々? 御三家? どうかしたの?」
「3つ家があるなら、4ヶ月回り持ちで貸すなんてどうでしょう。
競争相手が居なくなると、いずれ廃れると思うんですが」
お? とイマイが顔を上げて、にやにやして、
「トミヤスさーん」
「なんです、その顔」
「黒いなあ。御三家全部から絞ろうっての?」
「違いますよ!」
「ははは! 冗談、冗談! でも、それならちゃんと御目付をつけないと」
「御目付かあ」
「レイシクランに看板が増えるね」
「ふうむ・・・」
マサヒデが腕を組んで、
「イマイさん。たたらの鉄って、他の・・・
何て言うのかな、鉱山から掘る鉄より儲かるんですか?」
「いや、全然。たたら御三家なんて言われてても、貧乏貴族も良い所だよ。
イザベルさんも驚くんじゃない?」
「ふむ。では今回は同じ貧乏貴族同士、ファッテンベルクに譲りましょう。
ファッテンベルクから御目付を置いてもらって、鉄なり金なり。
こっちには、ホルニ工房に一級の鉄を分けてもらうって感じで」
「トミヤスさん取り分は?」
「んん・・・月に金貨5枚でいいかな」
「ええ?」「マサヒデさん、それは」
「私、マツさん、クレールさん、カオルさん、シズクさん。
魔術師協会の5人分。十分ですよ」
イマイがにっこり笑って、
「5枚じゃ少ないよ。そこは10枚にしておかなきゃ。
1人1枚じゃ、クレール様とシズクさんが食べられないと思うよ」
「む、そうですね・・・」
「良いもの見れたし、戻ろうか。イザベル様に相談しようよ」
「ははは! 相談出来ますかね? 酔っ払ってないと良いんですけど」
う、とラディが気不味い顔をして、
「父が申し訳ありません」
「祝いで呑んでるんですよ。何も謝る事はありません。さあ、戻りましょう」