第695話
冒険者ギルド、食堂。
稽古が終わり、マサヒデの奢りで冒険者達は食い放題、飲み放題。
大騒ぎの食堂で、入れ代わり立ち代わり祝いにくる冒険者を相手に、マサヒデが照れ笑いをしながら頭を下げては、すいすいと呑んでる。
イザベルはマサヒデの後ろで、太刀持ちのように雲切丸を持っている。
一緒に酒をお受け下さい、は勘弁だ。
しばらく酒は呑みたくないので、こうして後ろに控えている。
(酒は嫌いと聞いていたが)
カオルにも酒が嫌いだと注意されたし、マサヒデにも呑みすぎないようにと注意もされた。先日の深酒は大失敗であった。
「ありがとうございます。ではご返杯」
マサヒデが嬉しそうに冒険者に酒を注いでいる。
(はて?)
酒嫌いのようには全く見えないが・・・
しばらくすると冒険者の祝いの酒が収まって、マサヒデは席を離れ、食堂の隅のテーブルに移った。マサヒデはイザベルの手から雲切丸を受け取って、
「さ、イザベルさんも座って」
「は」
マサヒデが徳利を持って、イザベルに徳利の先を向ける。
あ、と小さな盃を取ると、マサヒデが酒を注ぐ。
「マサヒデ様自ら、光栄でございます」
「そんなに固くならなくて良いんですよ」
「は」
つい、と小さな盃に注がれた酒を一気に飲み干す。
「ふふふ。二日酔いで懲りましたか」
顔に出てしまったか・・・
「は・・・先日は情けない姿を」
「構いません。私も、皆さんに酷い姿を見られています。
さ、食べましょうか」
「は」
マサヒデは自分の盃に少し注いで、テーブルの隅にどける。
酒はいらない、のサイン。
コップを前に置いて水を注いで、箸を取る。
やはり酒は嫌いなのか?
「マサヒデ様は」
「ん?」
唐揚げをかじりながら、マサヒデが顔を上げる。
「酒はお嫌いだと、お聞きしましたが」
「まあ・・・」
マサヒデが徳利を持ち上げ、
「三浦酒天なんかの料理と合わせて呑むのは、美味しいと思います。
それでも、美味しいと感じるのは、せいぜいこれ1本2本」
「それにしては、先程は随分と」
「ふふふ。イザベルさん、ここに来る時、私から何か匂いませんでしたか?
そう、例えば・・・」
マサヒデが裾から小さな紙包みをつまみ出し、
「薬のような」
す、と小さく鼻を鳴らすと、確かに薬の匂い。
「それは?」
「カオルさんに調合してもらった酔い止め。
いくら呑んでも酔わなくなります。
なので、いくら受けても平気なんですよ」
「酔い止めですか」
「ええ。私は下戸な上に、無理に呑まされた事も何度かあって。
二日酔いにも随分と苦しめられましたからね。
カオルさんに頼んで、いくつか作ってもらってあるんです」
カオルがテントに置いてくれた置き手紙!
良薬相談、と書いてあった!
「昨日、二日酔いで寝込んでいる所に、カオル殿が来たようで。
置き手紙が置いてありました」
「置き手紙?」
「二日酔い1包、銀貨10枚と」
「ははは! 1包で銀貨10枚ですか! カオルさんもふっかけましたね!」
マサヒデが笑いを止めて、しげしげと紙包みを見つめる。
「いや、何使ってるか分かりませんし、実際そのくらいするのかな?
・・・これ、もしかしてすごい材料使ってあるのかな・・・」
指先でつまめる1包で銀貨10枚。
一体何を使っているのか?
「材料の名はお聞きに?」
「いや、調薬については教えられないと。まあ、当然ですか。
素人が真似して事故になっては大変ですし」
「ううむ・・・」
「実際、カオルさんの薬ってすごく効くんです。
頭痛も吐き気もすっと引くし、変な副作用とかもないし・・・
何を使って、どう作ってるんだろう?」
すんすん、とイザベルが鼻を鳴らし、首を傾げる。
「匂いはよくある漢方薬、という感じしか分かりませんが・・・」
「何なんでしょうね? 混ぜ方とか分量とか、そういう所でしょうか」
「ううむ、薬の知識があれば、何を使っているかも分かったと思いますが」
マサヒデが紙包みを裾に入れて、
「機会があったら、カオルさんとキノコ取りにでも行ってきたらどうです」
キノコ。
あの椎茸男を思い出す。
「キノコですか」
「ええ。先日、山に行った際、すごい色のキノコを見つけて、大喜びしてましたよ。
真っ赤で、白い斑点が付いてて、どう見ても食べてはいけないキノコです。
何に使うかって聞いたら、毒だって」
「毒・・・」
マサヒデは苦笑いして、
「ふふふ。早くて数秒、長くて1分、だなんて喜んで。
カオルさんは大喜びでしたが、私もアルマダさんも、冷や汗ものでした」
「それを取ってきたという事は、何処かに・・・」
マサヒデが頷き、
「隠してあるんでしょう。今頃は乾いて粉になってるんじゃないですか。
カオルさん、立ち会いで粉を撒き散らしたりしますし」
致死性の毒を撒く・・・どきどきどき。
カオルはそんな手も使うのか・・・
もし本気の立ち会いになったら、絶対に逃げよう。
「イザベルさんは知らないと思いますけど、カオルさん、火も得意です。
燃やしたり、目潰しにしたり。
魔術師協会の何処かに、火薬がたくさん隠してあるそうですよ」
「ええっ!?」
「ははは! 火事になっても平気な所って言ってましたから、意外と池の中にでも隠してあるかもしれませんね」
マサヒデは笑っているが、イザベルの胸は高鳴る。
あの魔術師協会には、カオルが毒と火薬を山と隠しているのか・・・
「そうだ。イザベルさんって、人族の毒は効くんですか?
マツさん達には、何が効くのかさっぱり分からないのですが」
「毒ですか? 勿論、効きます。薬が効きますし」
「鼻が良いから、すごく微量で効いてしまうとかないですよね?
やっぱり、人族より丈夫な分、濃くないと効かないのかな」
「いや・・・どうでしょう、比べた事がないもので」
ぽん! とマサヒデが手を叩き、
「ああ、そうか! それで1包で銀貨10枚!」
「どういう事でしょうか?」
「きっと、人族よりも分量が濃くないと、大して効かないのでは?」
「なるほど! それで・・・あ、いや、昨日飲んだ人参湯は効いたのですが」
「昨日はずっと寝てたんじゃありませんか?」
「ああ! 私も昨日は薬を飲んだ後は一日寝ておりました!
それで治っただけかも・・・そうか、そうかもしれません」
「多分そこでしょうね。ふっかけた訳じゃないんだ。
銀貨10枚あれば、普通の薬、買えますからね」
「ううむ・・・」
既に買ってしまった。
無駄な買い物だったか・・・
「塗り薬とかは別にして、市販されてる人族の内服薬は、イザベルさんの身体にはあまり効果がないんでしょう。大量に飲まないといけないのでは」
大量に飲めば良いのか?
しかし、人族にとっての大量とは?
我々の普通は人族と大きく違うのか?
「そう言えば、幼い頃に風邪をひくと、よく葛粉を」
「あ! 私もですよ。大量に食べさせられたんですか?」
「いえ。普通に丼で」
「丼!? やっぱり! 私達なんか椀1杯もない程度ですよ!」
「え!? お言葉ですが、それは葛粉の意味がないではありませんか!
あれは食事が取れない時に、代わりに腹に入れる物では!?
パンとスープと肉とサラダなど、1食分合わせたら丼1杯は少ないかと」
「そりゃ量はそうですけど、葛粉って半分以上は薬みたいな物ですよ。
熱冷ましとか、風邪薬みたいな」
「はっ! 葛根湯もよく飲まされました!」
ぱん! とマサヒデがテーブルを叩き、
「それですよ! 葛って薬なんですから!
葛粉も丼で、さらに葛根湯まで飲んで!
我々から見たら、過剰摂取も良い所ですよ!」
ふるふると手を震わせ、イザベルが両手を見つめる。
「そ、そうだったのですね・・・」
「やっぱり、イザベルさんはたくさん飲まないといけないんですね。
市販薬では大して効かないんですよ」
「ううむ・・・」
「風邪なんかは治癒師さんが治してくれるでしょうけど、常備薬で買うとなると高くつきそうですね。二日酔いも解毒では治らないようだし、薬はカオルさんに少しずつ作ってもらいなさい」
「は・・・そうします・・・」