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勇者祭  作者: 牧野三河
第四十八章 大魔術師の称号
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第694話


 冒険者ギルド、訓練場。


 ばーん! と扉が開かれ、黄色いつなぎのイザベルが駆け込んでくる。


「マサヒデ様ー!」


 訓練場に響くイザベルの声。

 何事か、と冒険者達が驚いて手を止める。


「あ」


 ずざー! と地を滑りながら、イザベルが膝を付き、


「マサヒデ様!」


 マサヒデがにっこり笑って、


「ああ。受付の方から聞きましたか」


「はっ!」


「まあ、お聞きの通りです。信じられないでしょうけど、陛下が、テルクニに大魔術師の称号を贈って下さったんですよ」


「お祝い申し上げます!」


「ふふふ。ありがとうございます」


「稽古の後は道場へ!? 私もすぐに準備を!」


「ああ、いやいや。私は放逐の身。道場の敷居を跨ぐ事は許されていません。

 ですから、稽古が終わったら、皆さんと食堂でお祝いです」


「そのような・・・大殿様はお許し下さいます!」


 ぷ! とマサヒデが吹き出し、


「大殿様って! ははは! テルクニは若殿様ですか!?」


「はい! 主のお父上、お子様ではありませぬか!」


「ははははは! 皆さん、聞きました!? テルクニ、若殿様ですよ!」


 くすくすと冒険者達から小さな笑い声。

 笑ってよいものか、困った顔の冒険者達。


「さあ、イザベルさんも着替えて道場に行きなさい」


「しかし、マサヒデ様は」


「構いません。今頃、道場では皆さんが父上とはしゃいでいますよ」


 祝ってくれる冒険者達はいるが、内輪が居ない。

 マサヒデは1人ではないか・・・

 にこにこしながら、膝を付いたイザベルを見下ろしている。


 嗚呼! なんと気丈な主か!

 ぐっと胸に来るものを堪えながら、頭を下げ、


「マサヒデ様、申し訳もございません。

 トミヤス道場での祝いの席に出るに相応しい服がなく。

 私も、こちらで同席する事をお許し下さいますでしょうか」


「ははは! どっちでも構いませんよ! あ、そうだ!

 ホルニさんとイマイさんに声を掛けてきてもらえませんか?

 職人街できついと思いますけど」


「お任せ下さい! 急ぎ参ります!」


 ぱ! と立ち上がり、しゃー! とイザベルが駆けて行く。


「ははは! さあ、皆さん。稽古を続けましょう!

 ぷ、くくく・・・若殿様ですって! あははは!」



----------



 職人街、ホルニ工房。


 がらっ! すぱしーん!

 イザベルが勢い良く扉を開ける。


「御免!」


「・・・いらっしゃいませ」


「マサヒデ様よりの使いで参りました!」


「使い? お急ぎ?」


「本日、正午より、冒険者ギルド食堂にて、祝いの宴を催します」


「お祝い? 冒険者ギルドで?」


「は!」


「何のお祝い?」


「は。本日、陛下よりテルクニ様へ大魔術師の称号が下賜されました」


「・・・はあっ!? 大魔術師の称号!?」


「如何にも」


「テルクニ様って、トミヤス様のお子様ですよね?

 もうタマゴから生まれたんですか?」


「いえ。なんと、まだタマゴであるのに、大魔術師の称号を頂きました」


「はあー!」


「これをうけ、祝いの宴を冒険者ギルドにて催したく。

 此度は急な事ゆえ、パーティーではなく、ただマサヒデ様からの奢り。

 されど、冒険者ギルドの食堂には、それなりの物も揃っておりますゆえ」


「平服で良いのかしら」


「はい。冒険者の食堂でございます。参加者もマサヒデ様の稽古の参加者。

 マツ様方、ハワード様方は、道場の方へ運んでおられます」


「あら。皆様おられないの?」


「本来であればマサヒデ様も道場へ向かうべきですが、放逐の身。

 それゆえ、敷居は跨げぬと・・・」


「ああ・・・そうでしたね」


「それゆえ、内輪は我のみで・・・

 店もありますでしょうが、願えますでしょうか」


「勿論! 参りますとも!」


「有り難き幸せ! 時に、イマイ様という研師のお方のお店は何処に。

 イマイ様にも報せるよう、仰せつかっております」


「あ、イマイさん・・・お店は橋を渡ってすぐの所ですけど」


 ラディの母が顔を曇らせる。


「何か」


「うーん、今、起きてるかしら?

 イマイさん、暗いうちに仕事して、朝は寝てる事が多いから」


「む・・・左様でしたか。この時間は寝ておられますか・・・」


「私が報せておきますよ! お任せ下さいな」


「かたじけない! お言葉に甘えさせて頂きます」


「少し遅れてしまうかもしれませんけど、必ず皆で行きますから。

 イマイさんも引っ張って行きますから!」


「有り難きお言葉! マサヒデ様にしかとお伝え致します!」


「うふふ。楽しみにしてますね」


「は! それでは失礼致します!」



----------



 冒険者ギルド、訓練場。


 イザベルがすっ飛んできて、冒険者達の間を歩いていたマサヒデの前に膝を付く。


「ホルニ様方に報せを伝えて参りました!」


 マサヒデが苦笑しながら、


「そうですか。イマイさんは起きていましたか」


「いえ! この時間では起きておられぬか分かりませぬゆえ、後程ホルニ様がお伝えするとお引き受けを。それゆえ少々遅れるやもしれませぬが、必ず参るとのご返答を頂きました」


「む、そうですか。職人街はきつかったでしょうが、よく行ってくれました」


「ははっ!」


「では、まだ時間はありますが、ひとつ仕事をこなしてきますか?」


「いえ。お許しを頂けましたらば、こちらで」


「そうですか。では着替えてきて下さい」


「はっ!」


 イザベルが、ぱー! と駆け出して行き、すぐ着替えて戻って来る。

 お? とマサヒデがイザベルの得物を見る。

 元々イザベルの得物は長い両手剣だった。

 普段、庭で稽古を付けている長剣ではない。


「ああ、そう言えばイザベルさんの得物は、両手剣でしたね」


「は!」


「片手で軽く持っていたのには、少し驚きましたが。

 で、どうですか。少しは練習はしていますか」


「は!」


「見せて下さい」


 立ち会っている冒険者達の間をすり抜け、脇に出て、


「構えて下さい」


「は」


 がっくりと肩を落として、イザベルが中段に構える。


「うんうん。良く抜けていますね。やはり獣人族はこの辺の飲み込みが早い」


「有り難きお言葉」


 マサヒデ軽く竹刀を垂らしたまま。

 はて、とイザベルが怪訝な顔をする。


「あ、私は普段の構えはこれですから」


「え」


「今までの稽古では、分かりやすいように正眼に構えていただけです」


 これが構え? 剣では見た事がない。

 たらんと落としているだけではないか。


「構いませんので、撃ち込んで下さい」


「は!」


 隙だらけに見えたが、いざ撃ち込んでみようと・・・


(う!)


 ぴん、と勘が伝えてくる。

 突きは通らない気がする。

 竹刀がすっと上がってきて、また流されるのが見える。

 同じく、横薙ぎも駄目なような気がする。


 マサヒデの竹刀は下に垂れている。上段から振り下ろすか?

 上と下。真反対なのに、何故かこれも通らないような・・・


「どうしました? 固くなりました。もう一度、抜いて」


「は」


 は、と息をついて、肩を抜く。

 考えて、固くなってしまっていた。


(落ち着いて見れば、なんと)


 もうどこから撃ち込んでも通らない気がする。


「さあ。見せて下さい」


 一縷の望みに賭けて、上段に構える。

 マサヒデがにっこり笑って、


「お、良いですね。練習しているのが分かります」


 危険だ、と勘が伝える。

 撃ち込んではいけない・・・稽古なのに!


「つぁ!」


 ひょい、とマサヒデの手が頭の上に上がる。

 下を向いたままの竹刀が上に上がってくる。

 イザベルの剣が、浅く角度がある竹刀の上を滑っていく。

 マサヒデがくるっと竹刀を回しながら、少し前に出た。

 竹刀がイザベルの鎖骨の上。


「結構! 良い撃ち込みでした」


「う、う」


 すいっとマサヒデの竹刀が引かれ、マサヒデが満足げに頷く。


「たった数日でここまでとは、やはり伸びが早い。予想通りでしたね。

 身体の余計な力を抜いていくだけで、ぐんぐん良くなる」


「は」


「では、そのままそこで素振りを続けて下さい。

 身体に傾きすぎず、技に傾きすぎず。

 その為には、落ち着いた平らな心が必要。心技体の基本です。

 もう少し良くなったら、次の段階の振りに行きましょう」


「は!」


 マサヒデは振り向いて冒険者達の方に向かっていく。

 背中を見送りながら、膝を付きそうになった。


(勝てぬ!)


 どこまで伸びようと、マサヒデには全く勝てる気がしない。

 カゲミツとは違う、静かな恐ろしさがある。

 自分がどれだけ伸びようと、この主には寿命でしか勝てまい。

 喜びと恐怖と悲しみが混じったおかしな感覚で、イザベルが長い木剣を構える。


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