第693話
魔術師協会、居間。
まだタマゴなのに、大魔術師の称号をもらってしまったテルクニ。
証明のメダルを見て、マツとクレールがにこにこしている。
だが、要はただの試験免除で、魔術師協会に属さなくて良いだけらしい。
凄い物らしいが、大した物でもなく思える。
「それって、剣聖になるのに、御前試合みたいなやつに参加しなくても良い、みたいな感じですか? 評価とか何とか、そういうのなしみたいな」
「それです! さすがマサヒデ様、お分かりが早い!」
「そうです! ですから、世の中には相応の実力があっても、魔術師協会に属した事がないから大魔術師ではない、という方は沢山おられるんですって!」
「へえ・・・父上が言ってた、自分より強い人はごろごろしているみたいな」
「クレールさんも、そうですよ」
「マツ様、さっきも言ってましたけど、それ本当ですか?
私は自分ではまだまだって気がしますけど」
「うふふ。試しに試験を受けてみますか?」
「でも、魔術師協会のお仕事もしないといけないんですよね?」
「ええ」
「んん・・・それは面倒というか・・・えへへ」
マサヒデが首を傾げる。
物自体はあまり大した物ではなさそうだ。
しかし、称号をもらえたというのは大きい。
良くも悪くも・・・
「でも、面倒ですね」
「何がでしょうか」
床の間に振り返って、タマゴを見る。
「こいつの将来、決まってしまいましたね。魔術師になるしかないんですよ。
剣。冒険者。職人。商人。学者。百姓・・・色々な道があるのに」
マツ達は首を傾げて、
「別に良いのではないですか?
大魔術師の称号を持ってるだけで、他の職になっても」
「それ、許されますかね。剣聖が剣以外の道を歩いて、許されると思います?
称号って王から貰うものですし。大魔術師もそうではないですか?」
マツとクレールが顔を見合わせる。
「そうでしょうか?」
「あまりそんな感じはしませんけど・・・」
ぱん、とマツが手を合わせ、
「そうそう! 冒険者の方にも大魔術師って何人かいますよ!
オリネオには残念ながらおりませんけど。
大魔術師って、結構自由というか、称号に縛られない感じ、しませんか?」
マサヒデが小さく口を開ける。
意外だ。何か想像していたのとは違う。
「そうなんですか?」
「ええ。魔術って色々な所で使われますから、大体どんな職になっても不自然はないと思いますけど。大魔術師の料理! 最高の火加減! どうでしょう」
「あー! マツ様、それすごく美味しそうですね!」
マサヒデが腕を組んで首を傾げる。
言われればそうでもないような気もしてくる。
「強いて言えば、協会からあれこれうるさく誘いが来るのが面倒ですけど」
「誘い?」
「称号をもらったら、すぐ魔術師協会を出てしまう方もおられますし。
魔術師協会って名前ですもの、大魔術師は抱えておきたい所ですよね。
面倒って、その誘いを断るくらいでは?」
「その程度なんですか?」
「はい」
「ううむ、では、あまり難しく考えなくても良い感じですか?
お褒めの言葉を頂いたくらいで?」
「そのくらいで良いと思いますけど」
「多分そのくらいですよ!」
「ふうん・・・では、父上と母上に報告しに行きましょうか。
と言っても、私は行けないのか。マツさん、頼んで良いですかね?
それ持ってってもらって、自慢して下さい」
「勿論ですとも!」
「私も行きます!」
マサヒデはにっこり笑って、
「ふふ。きっと、父上が宴会だなんて言い出すと思いますけど、今日はお祝いですから、好きなだけ呑んできて結構ですよ」
「まあ!」
「本当ですか!?」
「ははは! お二人共、いくら呑んだって酔いませんから、構いませんとも。
明日起きた時に、家中が酒臭くなっても構いませんよ。
カオルさんとシズクさんを呼んでくるので、少し待ってて下さい」
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冒険者ギルド、訓練場。
重い扉を開けて、マサヒデが遅れて入ってくる。
冒険者と稽古中のカオルとシズクに手を振って、歩いて行く。
「皆さん、遅れて申し訳ありません。
カオルさん、シズクさん。こちらに来て下さい。お話があります」
「は」「はーい」
少し離れて、マサヒデ達が固まる。
「陛下からの贈り物の件です」
シズクがにやっと笑い、
「その顔はパーティーじゃなさそうだね」
「はい。お二人共すぐに着替えて、マツさん達と一緒に道場に行って下さい」
「道場へ?」
「テルクニに大魔術師の称号を頂きました。
マツさん達と一緒に、父上と母上に自慢しに行って下さい」
「ええっ!?」「うっそおー!?」
マサヒデがにっこり笑って、
「まだ朝ですけど、今日のトミヤス道場は1日宴会になると思いますから。
さ、二人共急いで下さい」
「マサちゃんは?」
マサヒデは苦笑して、
「私は入れませんから。一人で門前でちびちび酒を、なんて、寂しくてやってられないでしょう。さあ、マツさんとクレールさんを待たせてはいけません。ほら行った行った!」
「じゃあ行くー!」
どたどたとシズクが走って行く。
「ご主人様」
「カオルさんも行きなさい。稽古は私が引き継ぎます」
「しかし・・・」
ばん! とカオルの背を叩き、にっこり笑う。
「行って下さい。私の分も、祝ってきて下さい」
「は! 失礼致します!」
カオルが頭を下げて、振り返って早足で歩いて行く。
(何と気丈な! ご家族皆で祝いたいであろうに!)
扉に手を掛け、ちらっとマサヒデの方を向くと、マサヒデが小さく頷いた。
(行って参ります)
カオルも小さく頭を下げ、訓練場を出て行った。
マサヒデがそれを見て、冒険者達の前に立つ。
にっこり笑って、
「皆さん、おはようございます」
「「「おはようございます!」」」
「今日は遅くなりましたが、先程、陛下からある物が届いたので、そちらの対応で遅れてしまいました。お許し下さい」
陛下から・・・
何だ何だと皆が顔を見合わせる。
マサヒデはにこにこしているし、何かすごい褒美か?
「私の子、テルクニに、なんと大魔術師の称号を授けて下さいました」
「おお!」「ええー!?」「すげえーっ!」
「ははは! いくらマツさんの魔力を受け継いでいるとはいえ、ここまで期待されていたとは思いもよりませんでした! 私も鼻が高いものです!」
おおー! と拍手と歓声が上がる。
「テルクニが大きくなって、おとなしく魔術師になるかどうかは私には分かりませんが! 祝いとして、本日の稽古の後の昼食は私の奢りにします! 高い酒! 高い料理! 好きな物を好きなだけ楽しんで下さい!」
「やったッ!」「トミヤス先生!」「テルクニ様万歳!」
「さあ、気を取り直して下さい! 稽古を始めます!」
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受付。
イザベルが水汲みを終えて戻って来ると、がたん! と音を立てて受付嬢が立ち上がった。
「イザベル様ー!」
イザベルが依頼書を差し出しながら、
「何かあったか」
「大変ですよ! 大変!」
「何だ。魔獣でも湧いたのか」
「ちち違います! トミヤス様!」
「む! マサヒデ様に何事か!」
「そうじゃなくて! お子様! テルクニ様!」
ぴく! とイザベルの眉が寄る。
「落ち着け。若殿様、テルクニ様のタマゴに何かあったのか」
「そうです!」
「まさかとは思うが、盗まれたか」
「違います! 今朝、陛下からお手紙が届いて、そしたら、そうしたら、テルクニ様が大変な事に!」
「陛下から? で、若殿様がどうした」
「大魔術師になりました!」
「大魔術師になった? どういう事か?」
「お祝いです! 陛下からお祝い! 大魔術師の称号を貰ったんです!」
「若殿様がか!? まだタマゴだぞ!?」
「そうなんです! まだタマゴなのに!」
イザベルは一瞬呆然として、ふ、と小さく笑って首を振り、
「ふふ・・・騙されぬぞ。信じられん。我をかついでおるな?
クレール様か、シズク殿のいたずらか?」
「トミヤス様が、今稽古中ですよ! 直にお聞きになってみて下さい!」
「・・・嘘ではないのか? 真であるのか?」
「マツ様達は、もう道場に行きましたよ!
先程、ハワード様達も、馬でそこをすっ飛んで!」
イザベルが受付の机に前のめりにのしかかり、
「馬鹿な! タマゴから生まれる前であるぞ!? 大魔術師か!?」
「そうなんです!」
「訓練場に参る!」