第688話
街道。
イザベル達が熊を担いで歩いて行く。
イザベルが前。後ろに冒険者が2人。
熊の背中が、地面すれすれ。
血をべたべた落とさないよう、熊の顔には手拭いが巻いてある。
すれ違う通行人が、皆、目を丸くしてイザベル達を見送っていく。
「熊は奉行所で買い取ってくれようかな?」
「いやあ、どうでしょう。退治したお手当はもらえましょうが、買い取りはしてもらえないのでは」
「ギルドの食堂に持って行ったら、いくらになろうかな」
「金貨1枚? いや、もっと・・・ああっ!」
冒険者が大声を出したので、イザベル達も驚いて足を止める。
「おい、どうした?」
「熊の肝ですよ!」
「むうっ!? そうであった! 熊には肝があるではないか!
熊の肝と言えば、えらく高いそうだな!?」
「ほんの小瓶で金貨1枚は超えますよ! 他の薬の10倍!」
「そうだ! 熊の脂! あれも塗り薬になりますよ!」
「何!? 脂もか!?」
「そうです! これも高いんですけど、ほんの少し塗っただけで、肌荒れがつるりと治るんです! 擦り傷程度も軽く! 獣臭いですけど!」
「おお・・・おおっ! いくらになるのか!?
いや、薬にするよう、肝と脂は分けて貰ったほうが良いか?
どうする? どうする? どっちにする?」
「ど、どうしましょう!?」
「うおお、どうしましょう!?」
そうだ! カオルがいる!
カオルは忍! 調薬も詳しいはずだ!
「そうだ! 薬であれば、我の知り合いに調薬が出来る者がおる!
そやつに少し分ければ、作ってもらえよう!
薬にしてから売った方が良かろうが!」
「流石イザベル様! 賢い!
そうだ、使わなくても薬にしてから売れば良いのです!
むしろその方が儲かる!」
「よし! 肝と脂は分けてもらおう!
他は売っても・・・いや待て、他に薬になりそうな所はあろうか?
そうだ。売る前にそやつに確認しておくか?
使えそうな所は分けてもらおう。良いな?」
「はい!」「はい!」
「よし、売値は我ら3人で山分け。
端数はそなたらに譲るゆえ、2人で山分けせよ」
「ええ!?」「良いのですか!?」
「構わん。此度は我が退治しようと無理に誘ったのだ。
危険な目に合わせてしまった上、こうして荷運びまでしておる。
この程度、当然の事である」
「「ありがとうございます!」」
「薬はどのくらいで出来るか分からん。まず持って行って聞いてみよう」
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オリネオ奉行所前―――
「・・・」「・・・」
門番2人が目を丸くしてイザベル達を見ている。
どっすん! と門前で熊を下ろし、にやりと笑う。
「ハチはおるか? 狩人殺しの下手人を始末してきた」
「・・・」
「どうした。聞こえんかったか? ハチはおるか?」
「しばし、しばし!」
ばたばたと門番が駆け込んで行く。
イザベル達が顔を合わせ、にやにや笑う。
「くくく。驚いておるわ」
「ハチ殿はどんな顔をしますかね」
「腰を抜かしますかね? ははは!」
門番が駆け戻って来て、
「すぐに参る!」
「よし。待つ」
少しして、ハチが奥から出てくる。
歩いて来て、途中で足が止まり、ぽかんと口を開けている。
「見よ、見よ! あのハチの顔!」
「うくく・・・」
「ぷっ、ぷぷぷ・・・」
は、として、ハチが出て来て、
「イザベル様・・・何してんです・・・」
にやにや。
「うむ。殺しの下手人だ。抵抗したゆえ、やむなくな」
「さいですか・・・」
「山を下って来ておってな。もう街道が見える所まで来ておった。
これは危険かと思い、確認だけという話であったが・・・」
イザベル達が顔を合わせ、
「なっ!」「はい!」「危なかったですね!」
「へえ・・・」
がさ、とイザベルがポケットから依頼書を出す。
「さて! これにて依頼完了であるな! サインを頼む!
手当は期待しても良かろうな? んん?」
「あ、ああ、はい。勿論です!」
ハチが3人から依頼書を受け取って、さらさらとサインを書き、
「では、皆様、ご確認を」
「うむ」「はい」「はい」
「じゃ、報酬金を持ってきますんで・・・
ああいや、まず貸し出した物を」
ハチが袋を出す。
「おお、そうであったな」
十手、木札、狼煙、笛。空になった竹筒。
皆が順にひとつずつ入れていく。
む、とハチが頷き、熊を見る。
「イザベル様、その熊はこの奉行所では買い取れませんが」
「構わぬ。このままギルドへ持って行って売る。
それと、矢をかなり使ったが、これは経費で落ちるかな?」
「ええ。ギルドの方に請求書を出して下さい。
今回は、金か現物かで貰えるはずですよ。
では、少々お待ちを」
ううむ、と熊を見て、ハチが中に戻って行く。
受付で金を受け取ってすぐに戻り、
「今回は、金貨1枚です」
3人の手に、1枚ずつ金貨を乗せていく。
「それにしても、街道の目の前でしたか・・・そこまで下りてきたとは」
「うむ。しかも人の味を覚えた、この季節の熊だ。
少し無理をしたが、我は急いだ方が良いと判断した」
うんうん、とハチが頷き、
「だが、見張りを置いて、奉行所に1人戻して手助けを求める事も出来ました。
イザベル様、これ、どう思います」
「む・・・そうだ、そうであったな・・・」
「ここまでのお働きがあって、金貨1枚。安いと思いませんかね」
「済まぬ。逸り過ぎであった。返す言葉もない」
「結構です。いくら冒険者稼業は危険が付き物だからって、必要ねえ危険に飛び込む真似はしないで下せえまし。それでもし何かあったら、トミヤス様方がどんなに悲しむか」
ハチは冒険者の方を向き、
「あんたらもそうですぜ。怪我でもしたら。もし死んだりしたら。
ギルドだって大迷惑。依頼を出したうちらも大迷惑じゃねえか。
確かに危険はあるかもって話だったが、退治までは頼んでねえ。
危なそうな奴なら逃げろって、ちゃんと言いましたぜ。
確認したら報告する。そんなに危ねえ依頼じゃなかったんだ」
「はい・・・」「申し訳ありません・・・」
ぱん! とハチが手を叩き、にっこり笑って、
「じゃ、お説教はここまで! 今回はこれにて終了です!
ギルドにその熊ぁ持って帰って、皆に自慢してやりなせえ!
こりゃあでっけえ実績になるはずだ!」
「うむ!」「はい!」「失礼します!」
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冒険者ギルド前。
受付嬢が目を丸くしてイザベル達を見ている。
入り口の脇に、どっすん! と熊を下ろし、3人が受付の前に立つ。
「ははは! 依頼は完了したぞ!」
「おっ・・・お疲れ様、でした・・・」
ふふん、と熊を見て、
「どうだ? 今回の依頼で見つかった、狩人殺しの犯人よ」
「ええー!」
「ふふふ・・・ここで買い取ってもらいたいが、肝と、脂を分けて欲しい。
他にも分けて欲しい所は出るかもしれぬ。
調薬が得意な者に、どこが使えるか聞いて来るゆえ」
「はっ、はい」
「さすがに食堂には持って行けまいな。裏に運べば良いか?」
「はい・・・」
「ははは! では捌いておいてくれ!」
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魔術師協会。
がらり。
いつものようにカオルが玄関に。
「おお、カオル殿! 挨拶もせず悪いのですが、急ぎで尋ねたい事が!」
「何か?」
「熊を狩ってきたのですが、熊の胆など調薬して頂けましょうか?
お裾分け致しますので!」
おお! とカオルが驚き、
「熊ですか! ええ、勿論ですとも!」
「脂なども使えると聞きましたが、他に調薬出来そうな物はありましょうか」
「骨と舌、血を頂きたく思います」
「血!? しまった! もう捌き始めておるやも! 急ぎます!」
しゃ! とイザベルが駆け出して行く。