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勇者祭  作者: 牧野三河
第四十七章 初めての様々
686/756

第686話


 郊外の山。


 山道に転がった無惨な骸を前に、イザベルがにやにや笑って、


「良いか。もしもの話であるぞ。もしも、これが熊の仕業でなく、魔獣の犬であれば、此度は大儲け出来るかもしれぬぞ」


「ふふ、山狩りですか」


「いいや。聞いたことはないか? 魔獣も飼い慣らす事が出来ると」


「あっ!? もしかして!?」


「ふふふ。犬であれば、雑食よな。

 肉ばかり食わせんでも、余り物で良いのだ。

 どうだ。餌代も大してかからんな」


「いやしかし、イザベル様、町には連れて入れませんよ」


「しかと飼い慣らせておれば、普通に役所で登録証を貰えば良いのだ。

 いちいち、町の門番に見せる必要があるがな」


「おお! それをペットに出来れば!」


「ははは! 愚か者、わざわざ慣らしてペットになどするか!

 そのまま売れば良いのよ! 大金が手に入るぞ!

 ペットにするなら、その辺の野良犬を飼い馴らせば良いわ!」


 イザベルが5寸ほど手を開けて、


「ふふふ。このくらいのネズミの魔獣、いくらで売れると思う?」


「ネズミの魔獣・・・まあ、魔獣ですし・・・金貨1枚くらいですか?」


「はーははは! こんな小さな魔獣で金貨10枚よ!

 犬はいくらすると思う!? 金貨100枚は軽く超えるぞ!」


「うお! 金貨で100枚以上ですか!?」


「そうよ! それを軽く超えるのよ! 200! 300!

 良い物であれば、もっともっと上がるぞ! ははははは!」


「そんなに!?」


「くくく・・・しかも、飼い慣らす必要もなく大儲け出来る!

 売り先は魔の国の軍よ!」


「ええっ!? 軍にですか!?」


「ふふふ。お主ら、魔の国の軍を良く知らぬと見える。

 魔の国の軍の特殊部隊のひとつに、軍用犬部隊というのがあるのだ」


「軍用犬!? まさか!」


「そうよ! 魔獣化した犬を使う部隊よ!

 躾など、向こうで勝手にやってくれるわ!

 取りに来るまで、檻に閉じ込めて残飯を放り込んでおくだけで良いのだ!

 くくく・・・どれだけになるかな?」


「うおお!」


「我がファッテンベルクで良かったであろうが!

 捕らえられたら、その日のうちに通信で父上に知らせてやる!

 1匹でもかなりの値になるぞ! 売れた額は我ら3人で山分けだ!」


「イザベル様!」


 イザベルが腕を組んで仁王立ち。

 にやにやしながら、ふう、と息を吐き、


「ふっ。まあまあ二人共、落ち着け。もしもの話よ。

 ただの野犬かも知れぬし、熊かもしれんし。

 この大きさだと、大きめの山猫もありうる。狐やら狸やらかもしれん。

 はっきり足跡が残っておらぬから、まだ何とも言えん。

 まずは、しかとこの辺りを捜索し、痕跡を見つけるのだ」


「はい!」「はい!」


「よし。この死体を中心に、周囲10丈を我らで徹底的に捜索だ!

 枝を何本か拾って、足跡があったら円で囲んで、枝を刺しておけ!

 こう見えて我も狩りは仕込まれておる。後で良く見てみよう」


「はい!」


「枝を集めてきます!」


 がさがさ。


「あっ」


「む! どうした!?」


「イザベル様・・・」


「何事か!?」


 イザベルが歩いていくと、薮の中に浅く掘られた穴。

 落ち葉が散らかされている。

 ふわりと血と獣の臭い。


 がっくりと3人の肩が落ちる。


「熊部隊は・・・」


「残念だが、ない」



----------



 掘り返された穴の前に、イザベルががっくりと肩を落としてしゃがみ込み、顎に手を当てながら、


「いざ狩りにと登ってきて、ここらでばったり熊と出くわした、という所か。

 この薮から飛び出てきて目の前、どうしようもなく一瞬でという感じかな」


「残念でしたね」


「ま、原因は熊と分かったし・・・」


 すん、と鼻を鳴らして立ち上がり、


「それに、ここは人が来る場所だ。熊を放っておくわけにはいかん。

 そう高くもないし、こんな所では山を下りて行くかもしれん。

 登ってくる途中に血が臭ったのを覚えておるな」


「あっ・・・そうか、あんな所まで行っていては」


「そうだ。危険だぞ。人の味を覚えた熊だ。

 それも、もう秋に入る。冬ごもりに備え、熊が食欲旺盛になる時期だ」


 ごく、と冒険者が喉を鳴らす。


「人の味を覚えた、食欲旺盛な熊ですか・・・」


「うむ。凶暴になっておる。放っておくと本当にまずい。死人が増えるな」


 イザベルが腕を組む。


「さて、どうするかな。追って行くのは簡単そうだ。

 戻って、血の臭いを辿っていけばすぐ見つかりそうだし・・・」


 横の薮を指差し、


「ほれ、ぺきぺき枝が折れておる。しっかりここを歩きましたと跡を残しておる。こんな奴は、獣人でなくとも簡単に見つけられる。ま、姿は見ておくか」


「熊だと分かって、帰らないのですか?」


「もし、魔獣化した熊だったらどうする。1匹いれば他にもとハチが言うておったろう。この山に、魔獣化した熊が他にシロアリのようにおるとなると、きちんと掃除せんとまずいのではないか? 姿の確認だけはしておかねば」


「あ、確かに」


「うむ・・・」


 イザベルが冒険者2人を見る。

 剣、弓。

 この地方の熊は大きい。あれと剣で戦うのは無謀だ。

 獣人でも、かすっただけで吹き飛ばされる力があるという。


「お主のその弓、熊を射殺せるか?」


「いや、熊は自信はありません」


「ちと貸してもらえるか」


「どうぞ」


 受け取って、引いてみる。

 これでは弱すぎる・・・簡単には射殺せまい。

 冒険者の手に返し、


「ううむ・・・始末は出来んかもしれんが、弱らせてはおくか?

 我はそうしておいた方が良いと思うが、どうか」


「私は賛成です」


「私もです」


「うむ。ではやるか。ありったけの矢を打ち込んでおけば、少しは弱ろう。

 矢の代金は奉行所が出してくれようし、手当もつこう」


「はい」


「ハチが言っておったように、木の上に登ってしまえ。

 上から狙い撃てば良いのよ。登ろうと近寄って来たら木から木に跳んで行けば良い」


「あ、なるほど」


「木に向かって走って来たら、余裕を持って飛べよ。

 こちらの熊はかなり重そうであったし、揺らされたら落ちるやもしれぬ」


「私はどうしましょう」


「荒くなった熊と剣で戦うのは危険過ぎよう。

 弱ったと見えても、お前は近付くな。手負いの獣は恐ろしいからな。

 もし我ら2人のうち、どちらかが怪我をしたら、なんとしても救助する。

 それが今回のお前の役目だ」


「救助ですか?」


「おい、気の抜けた顔をするな。熊に襲われている者を救助するのだぞ。

 今にも熊に噛みつかれんとする者を助ける所を、思い浮かべてもみよ。

 いざ食わんとする熊の邪魔をするのだ。

 どれだけ危険で重要な役回りか分かるな?」


「う・・・」


「よし。まず、お主が矢をありったけ打ち込む」


「はい」


 イザベルが左手首をぽんぽん叩いて、


「我も、この釘と・・・うむ、石を投げて加勢する。

 どちらも頭に当たらねば、いくら狼族の力で投げた所で大して効くまい。

 あまり期待はしてくれるな」


 よ、よ、とかがんで石をポケットに入れていく。


「もしうまく行って倒れても、遠巻きにしばらく近付くなよ。

 その際は、我が思い切り石をぶん投げて頭に当てて・・・」


 ぶん! とイザベルが手を振って、木の上の方に当てる。

 があん! と音が響き、ばらばらと木から枝やら葉やらが落ちてくる。

 跳ね返った石は見えなくなってしまった。


「これで完全に昏倒してからとどめ、だな」


「はい・・・」


 十分に効きそうだが・・・


「この威力なら、石で十分と思うか?」


「そう思いますが」


「頭に当たらねば大して効きはせぬ。

 あれは胴が太すぎて、おそらく中まで通らん。

 あの巨体を支える骨と筋肉だぞ」


「ううむ? そうでしょうか?」


「野生動物は見た目以上に頑丈だ。我の石投げでは、鹿も仕留められん。

 倒れはするが、すぐ起き上がって、ぴょんと逃げていく。

 頭に当たらねば、その程度だ」


「鹿もですか? 意外ですね・・・」


「基本的に野の獣は打撃には強いのだな。

 大体、どの獣の皮も、ほれ、お主等が着ておる鎧になろうが」


「あ、確かに」


「だが、矢は中まで突き通る。動きも止められる。

 それゆえ、弓だと我の石投げ程の迫力がなくとも、仕留められるのよ。

 この五寸釘も刺さりはするが、熊相手では浅すぎる」


「なるほど」


 ひょいと石を投げ、ぱしっと受け取り、


「ま、別に仕留められずとも良い。弱らせておけば良いのだ。

 ハチの言うように、命を張る額の仕事ではないし。

 弱らせただけで、手当は十分出るはずよ」


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