表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勇者祭  作者: 牧野三河
第四十七章 初めての様々
685/756

第685話


 街道。


 目的の山はそう高い山でもない。

 急いで登れば、すぐに頂上。

 だが、山裾が結構広がっている。


 3人で歩きながら地図を広げて、


「高くはないが、広いな」


「ええ。ですが、険しくはなさそうですね。

 見回りだけなら結構簡単に終わりそうです」


「3手に分かれて行きますか」


「そうよな。別に狩る必要があるでもなし。

 見つけたら帰れば良いのだ。が・・・」


 ううむ、とイザベルが首を傾げる。


「何か気になることでも」


「いや、1頭が食い切れずに残して、他の獣が食ったりしていると、ちと面倒よな。いくつも血の臭いが分かれてしまう」


「あ、確かに」


「うむ・・・死体が放置されていた、となると、おそらく熊ではないな。

 熊は、食いきれなかった獲物を埋める」


「え? 熊って、そんな事をするのですか?」


「そうだ。現場に行ってみて、死体の側に掘り返された後があったら、まず間違いなく熊だ。旅の途中、戯れに熊狩をしていた時に教わった」


「戯れに熊狩ですか・・・」


 驚く2人の冒険者をよそに、イザベルは残念そうな顔をして、


「ううむ、まともな弓があればな・・・熊も楽なものだが」


 熊が楽なもの。

 冒険者が驚きと呆れを混ぜたような顔に変わる。


「戯れとはいえ、あの熊狩は良い勉強になった。ファッテンベルク領の熊は少なく、30頭もおらんゆえ、魔の国の保護動物の最重要級に指定されておる。それゆえ、熊狩りの機会など旅に出るまでついぞなかったのだ」


「30頭? たったそれだけしかいないのですか?」


「うむ。我が生まれる前には、既に最重要級の指定をされていたというから、非常に希少であるのだな。領地の南部のオアシス地帯におって、見に行った事があるが、こちらの熊とは少し形が違う」


「どのように?」


「小さいのよ。熊というと、こう見上げるような大きさを想像するであろう」


「ええ」


「立っても我と同じか、少し小さいくらいよ。

 あと、こちらの熊と違って、足はかなり長いぞ。

 丸く太った犬のような形、と言えば良いかな」


「へえ・・・」


「山でなく、平地に住んでおるから、走りやすいように足が長くなったのであろうか。こちらの熊は前の足が短いであろう? ほれ、熊に会ったら下って逃げろとか」


「ああ! 熊は前足が短いから、下るのが苦手とか聞きますね」


「全くあんな感じではないのよ。初めてこちらの熊を見た時は驚いたものだ。

 正面から、額から腹まで矢をぶち込んでやったがな! ははは!」


「凄いですね・・・」


「おお、そうそう、ファッテンベルク領にはラクダもおるぞ。

 ラクダはこちらではキャラバンでしか見ぬであろう?」


「おお! あのラクダですか! 砂漠の国にしかおらぬという?」


「そうよ。あのラクダよ。ファッテンベルク領は砂漠ではないが、たくさんおるぞ。遊牧を仕事にしておる者は、大体飼っておる」


 イザベルが腕を組んで天を仰ぐ。


「ううむ・・・またラクダのチーズが食いたいの・・・」


「ラクダのチーズ?」


 ふふん、と得意気に笑って、


「そうよ! レイシクランにもお墨付きを頂くほどのチーズよ!」


「なんと!?」


「だがなあ、量が作れぬのだ。熟練の技が必要で、価格も高くなる。

 その上、普通のチーズより長持ちせぬゆえ、輸出も近隣に限る。

 結果、大した売上にならぬ。いつまでたってもファッテンベルクは貧乏よ。

 だが、魔の国の者でもそうそう食べられる物ではない珍味ぞ。

 人の国では絶対に食えぬ、極上の美味よ」


「ううむ・・・死ぬまでには一度食べてみたいものですね」


「最高であるぞ。あれにレイシクランのワインなど合わせてみよ。

 もはや天にも登る宴となる。安い貴族共が口にする誇張ではないぞ」


「おお、それ程の」


「我が家は食は切り詰めておったから、ワインはいつも安物であった。

 贈り物でレイシクランのワインをもらうと、家族皆で大興奮よ!

 兄上が自ら馬を走らせ、ラクダのチーズを買いに行くのだ! ははは!」


「そこまでですか!?」


「そうよ。クレール様に尋ねてみよ。

 ふふふ。思い出してよだれを垂らすかもしれんな」


 にやにや笑いながら、手首から五寸釘を出して、


「のう、見回りだけであるし、さっさと終わらせて狩りでもせんか?

 臭いを辿れば、依頼目標はすぐ分かろうが。

 鹿1頭持って帰れば、銀貨15枚といった所であろう」


「あ! やりますか!? 昨日の鹿はそれで仕留めたと聞きましたよ!」


「そうよ。これで頭を一撃よ。

 ほれ、見回りする辺りは獲物も多く人がよく入り込んで・・・

 と、ハチが言うておったな? つまり、見回り区域は良い狩り場なのよ!」


「おお!」


「あ、しかし、獲物なんて持って帰ったら、サボってたと思われませんか」


「む・・・それもそうか・・・

 それに、本当に危ない魔獣などが隠れておったらまずいな」


 ううむ、と五寸釘をしまう。


「此度は狩りは諦めるか。が、場所は覚えておこう。

 我ら獣人であれば、よい小遣い稼ぎになりそうであろうが。

 二人共、ここは秘密にしておこうぞ」


「はい!」「はい!」



----------



 3人が、すたすたと山道を登っていく。


「待て」


 先頭のイザベルが手を上げて、足を止める。

 もう血の臭いが上から薄く漂ってきた。


「臭うか?」


 すんすん、と2人が鼻を鳴らせる。


「あ」


「かすかに」


 さわさわ・・・

 葉の揺れる音。小さく風がある。


「風があるのに、血が臭ってきたぞ」


 地図を出して広げる。

 山の上の方を指差し、


「現場はこの方向の真上。風があっては、ここで血は臭わんはず」


「という事は・・・」


「この近くを、血を付けた獣が通ったか・・・」


「風上に血を付けた獣がいるか、ですね」


「そうだ。だが、この血の臭いが仏のものかどうかが、まだ分からん。

 何か動物を襲った血の臭いかもしれん。が、気を付けておこう」


 ごそごそと地図をポケットにしまい、慎重に周りに気を巡らせる。


「大きな生き物が動く音はせんな・・・獣の臭いはするが、何だかな。

 らしい気配も全く感じんが・・・一応、得物の用意をしておくか」


「はい」「はい」


 1人が剣の留め具を外し、1人が弓を持つ。

 イザベルも、腰の山刀の留め具を外す。

 慎重に3人が歩き出す。



----------



 半刻ほど山道を登っていくと、急にむわっと血の臭い。


「う」


「もう現場の近くですね」


「おそらく、これが仏の血の臭いだな。で、こちらは風上。

 という事は、食い散らかした後、こっちの方向に来た」


「ですね」


 3人が後ろを振り向く。


「うむ。やはり後ろから臭いが流れてくるが・・・」


 イザベルが足元を見る。


「足跡はない。この道を通っていないか、消えただけか・・・

 最近雨は降っていないから、この道を通っていないのか」


 じっと道の脇の薮を見る。

 この中を通って行ったか?

 調べてみないと分からないが、もう近くにはいまい。


「近くには居ないな。念の為、現場に行こう」


「はい」


 緊張した3人が歩いて行く。

 山道の先に、少し開けた場所。何かがある。


「あれか」


 もはや形をとどめていない骸。

 近付いて行って、ばん! と足を踏み鳴らすと、ネズミが散っていく。


「やれやれ。確かにこれでは何も分からんな・・・」


 蛆は湧いていないが、小蝿がたかっている。

 しゃがみこんで、血と肉が少しこびりついた骨を見る。

 枝を拾って、ちょいと破れた服をどける。


「見よ。骨が砕けておる」


「む・・・」


「太い骨だな。これは足の骨であろう。

 まさか、そこの木から落ちて、こんな怪我をした訳ではあるまい。

 枝から落ちた程度で、こんなに砕けるものか。

 何かが、この太さの骨を噛み砕いたのだ」


 冒険者2人が不安気にきょろきょろ周りを見て、目を戻す。

 イザベルは枝で骨を足元まで転がして、


「細かく噛んだり、ぎしぎし歯噛みしたのではないな。

 一噛みでばりっと砕いている。やはり熊であろうか」


 周りを見渡す。

 野犬が来たのか、かすかに小さな足跡がついているが、大きな足跡はない。


「ううむ・・・これは野犬の足跡であろうか・・・はっきり見えぬ。

 大きな足跡か、掘り返したような後がないか、少し周りを探そう。

 野犬にしては派手に骨を砕きすぎだ」


「熊でなければ、魔獣化した野犬でしょうか」


「おそらくな・・・だが・・・だがな・・・」


 にやにやとイザベルが笑う。

 魔獣と化した野犬に何かあるのか?

 冒険者2人が、イザベルの顔を不思議そうに見る。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ