第684話
翌朝、冒険者ギルド受付。
「イザベル様! おはようございます!」
「うむ。おはよう」
「指名依頼ですよ!」
「おお、トミヤス道場か!」
「奉行所です」
「むう、奉行所か・・・厄介事か」
「でしょうねー。詳細は同心のお方からって。
他にも獣人族の方が指名されています」
「ううむ・・・」
掲示板に向かうと、赤枠の依頼書が3枚貼ってある。
1枚がイザベル宛。
どれも『獣人族であること』と条件がついている。
奉行所前に集合。詳細は同心より。
基本銀貨50枚。内容により別手当あり。
値は他の依頼と破格だ。
ぴ、と剥がして、受付に戻る。
「奉行所からの依頼というと、今までどんな依頼があったか」
受付嬢がにやりと笑い、
「殺しの調査とか・・・」
「何っ!?」
「なーんて! そんなの滅多にありませんけど」
「驚かすな。だが滅多にないという事は、あることもあるのだな」
「ありますよ。以前、トミヤス様も調査に参加した事があります」
「ほう!」
「最後は別の町で大捕物になったそうです。
なんと商人ギルドメンバー大量摘発の麻薬密売事件!」
「商人ギルドがか」
「はい。組織ぐるみで麻薬の製造、密売をしてたそうですよ」
「なんと! ギルドはそういう輩を取り締まる側であろうに」
「ですよねー! きっかけはこの町で暗殺事件があったからなんです」
「暗殺か!」
「噂では、トミヤス様がばっさばっさと隠れた暗殺者共を斬り倒し、親玉の場所が判明したとか! かっこいいですよね!」
噂は誇張されて広まってしまったようだ。
実際は、1人も斬ってはいないのだが・・・
それを知らないイザベルも、ううむ、と険しい顔で腕を組む。
「暗殺者か・・・そういった輩を雇うには、大金が必要になるのだ。
それを何人も、か・・・金の流れから商人ギルドと分かったのであろうな」
「怖いですよね」
「ああ。暗殺者相手だと、まともに食事も睡眠も出来んぞ。
さすがは我が主よな」
「ですよね! 今回は3人だけですから、事件ではないと思います。
町廻りの同心さんが急病とか、事件でもスリとか泥棒探しくらい?
今回は獣人族指定されてますし、スリとか泥棒かも」
「なんだ。つまらんな」
「でもお手当は魅力ですよね。町廻りも1日中町を歩かないといけないから、結構大変ですよ。もし事件でも起こったら大変! 危ない区域は、喧嘩なんかしょっちゅうですし、いちいち引っ立てたりしないといけませんし」
「ううむ・・・町廻りも大変であるな」
「最近は傾奇者も鳴りを潜めてますから、歓楽街以外はのんびり歩いてるだけでおしまいですよ」
「かぶきもの?」
「旅の途中で見た事ありませんか?
何と言うか、こう、変な・・・すごく派手な格好して、暴れてる人」
「ああ、ある。見ていて腹が立ったので殴り倒してやった。
何かこう・・・もさもさしたかつらを被っていたな。あれが傾奇者か?」
「あー! それそれ! 多分、傾奇者ですよ!」
イザベルは、ふふん、と鼻で笑い、
「ふん。あんな者共は10人、20人、楽なものよ」
「さすがイザベル様! でも、中には良い人もいますから、問答無用で殴り倒してはいけませんよ」
「そうなのか?」
「そうですよ。冒険者みたいに便利屋さんみたいな事はしませんけど、縄張りを回って厄介事がないか見回っていたり。他の乱暴な傾奇者達から、町の人を守ったりとか、そういう人もいるんです」
「まるで町廻りではないか」
「中にはすごく学のある人もいて、ふらふら町を歩きながら、茶とか詩を教えているなんて方もいるんです。そういう方々は、時には小さな貴族の方々に呼ばれて教師なんかをしたりもするんですよ」
「そんな者もいるのか・・・ただ派手な乱暴者というわけでもないのか」
「良い人は町の皆さんの人気者ですから、少し見てるとすぐ分かります」
「うむ。いきなり殴らないように気を付ける」
「では、頑張ってきて下さいね!」
ぽん! と印が押された依頼書を受け取り、イザベルは奉行所に向かった。
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奉行所前、待つこと半刻。
冒険者が3人揃って、門番の横に並んで置かれた小さな椅子に座っている。
「まだかな」
「遅いな」
「うむ。待たせるな」
頬杖をついて、門番の方を見る。
目も合わせてくれない。
「のう」
「・・・」
「門番殿よ」
「・・・」
「まだか」
「私は知りませぬ」
「ちっ」
舌打ちも出ようものだ。
他の2人の冒険者も、うんざりした顔だ。
はあ・・・とため息をついてぐったりしていると、やっと同心が出て来た。
「げっ!」
んん? と顔を上げると、先日の同心が仰け反っている。
イザベルがにやっと笑って、
「おやおやおやおや・・・これはこれは。
いやはや、待ちわびたぞ。定町廻り同心のハチ様でござりませぬか」
「は・・・お待たせして、申し訳ございません」
「構わぬ。今の我はお主の手下である」
「は・・・」
「で! 此度の仕事は何だ。述べよ」
どっちが主で手下だかさっぱり分からない。
にやにやと冒険者達が冷や汗を垂らすハチを見ている。
「は! 皆様、こちらの地図を!」
ハチが懐から地図を出して、皆に渡す。
地図は近辺のものであり、町の外の山に朱点が打ってある。
「ここに行けば良いのか」
ふう、と息を吐いて、ハチが額を拭い、真面目な顔になる。
「行って、その周辺を見回って頂きたく思います。
大きな野犬の群れが居ないか。危なそうな獣はいないか。
魔獣なんかが湧いてないか」
む、とにやにやしていた皆の顔が緊張した顔に変わる。
「魔獣とな」
「人の死体が見つかりました。おそらく殺されたものではなく、獣です」
「おそらく、とは」
「仏は獣や鳥に食われてて、酷え有り様。骨と破れた服しか残ってねえ。
手持ちの物から、その山の狩小屋に住んでる狩人だと分かった。
死んでた場所は深い山ん中。
万が一、殺されたとしたなら、バレないように深く埋められたはず」
「どうかな。放っておけば獣に食われるからと、放置されたかもしれんぞ」
「かもしれませんがね。まあ、まず殺しじゃあねえと見てます。
小屋を漁っても何も出ませんでしたし、山暮らしで人付き合いも少ねえ。
殺しだとしても、理由も分からねえし、これ以上は調べようもねえし。
で、殺しじゃねえとしたら獣しかねえとなるわけで。
それも、山暮らしの熟練の狩人をやっちまう危険な獣です」
ハチが地図の朱点の周りをぐるっと指で円を作り、
「ここいらは狩りの獲物も多いし、野草やらキノコやらも多い。
だから、結構人が入ってくる。
一応、周辺の村とかには注意は出しましたが、無視して入って来やがる。
自分はこの山にはしょっちゅう行ってるから、よく知ってる、てな感じで」
イザベルがふん、と鼻を鳴らし、
「それで被害が出たら、こっちは悪くない、役所は何の、奉行所は何の、ご領主様は何のと言うてくるのだな」
「ええ。注意を無視してやられて、こっちが悪いと怒鳴り込んで来やがる。
注意したぞと突っぱねりゃ、今度は注意の仕方がどうのなんて難癖だ」
「で、ごねにごねて詫び料で手打ちにせんか、金をくれんかとくるのだな」
はっ、とハチが呆れ笑いで肩をすくめ、
「ええ。その通りです。詫び料もらいてえのはこっちだってなもんだ」
「全くだ。で、分かっている限りで、この山でその狩人がやられそうな獣は」
「熊か猪か野犬の群れか。たまーに魔獣が出るが、やべえのは出た事がねえ。
ただ、長年ここに住んで、山も獣も知り尽くしてる狩人です。
うっかりやられちまったって事もあるが、仏は熟練、そいつぁあるかな?
となると、もしかしたら危ねえのが出たかもしれねえ、とくるわけで」
「なるほどな。で、山を見回ると」
「血の臭いで、ある程度はこの狩人を食った獣の場所が分かるはずだ。
もしそれが魔獣でも、狩らなくていいですよ。確認だけで依頼は完了」
「例え魔獣でも、数頭なら我ら3人で軽く始末出来ようが。
熊やら虎やらの魔獣だとまずいが」
「いや。1頭魔獣がいたら、必ず他の場所にも湧いてる。
だから、見つけて倒してこれでおしまい、とはいかねえんです」
「まるでゴキカブリやシロアリだな」
「ははは! でも食うのは床板やら柱でなく、人ですからね。
もし魔獣だったら、すぐ人をかき集めて山狩りで一掃します。
そん時ゃそん時で、また魔獣狩りの依頼も出ますよ」
「ほう! 魔獣がおれば2度美味しいというわけだ!」
「ま、そういうこってすな。今回の依頼料を考えてみなせえ。
魔獣がいた! 危ねえけどやっとかねえと! なんて値じゃありません。
見に行くだけで十分結構。魔獣かもって可能性も考えりゃ、安いですよ」
「確かに、銀貨50枚で命は張れん」
「もし野犬のでかい群れなんてあったら、すぐ木の上に逃げて下さいよ。
イザベル様でも、野犬の群れはまずい。木から木に跳んで逃げて下さい。
それと、仏をやった奴じゃなくても、危ねえのがいたらご報告願います」
「む。分かった」
ハチが背中に手を回し、十手を3本抜いて、皆に配る。
「今回は奉行所からの仕事だから、こいつを持って行く事を許されます。
それとこちら」
裾から木札を出して、
「こいつは奉行所から十手を任されたって木札。
これは、本日限りで失効する身分証って所ですね。
木札はなくしちまっても構いませんが、十手をなくしたら弁償ですぜ。
それと、まだあるんでちょいとお待ちに」
一旦、門の中に入って、台車をがらがらと押してくる。
中からひとつずつ出して、
「まず、握り飯と、水筒」
小さな丸い紅白の玉を手に乗せ、
「こいつは狼煙。火にくべりゃ、赤と白の煙が派手に昇っていきます。
何かの合図に使って下さい。山火事には十分に気を付けて」
最後に、紐がついた小さな笛。
「こいつも合図に。小せえが、結構音は届きます。
ただ、場所が山だから響きますからね。
場所を知らせるより、見つけたとか、帰るぞって合図くらいですかね」
首に笛の紐を掛けて、
「ううむ。味気ないネックレスだ。だが、この十手は良いな」
「お、さすがイザベル様、分かりますか」
「我は十手術もやっておったからな。捕手術、柔術、棒術・・・
ふふふ。冒険者をクビになったら、相談にくる」
「ははは! 期待しねえで待ってますよ!」