第682話
魔術師協会、庭。
マツに作ってもらった石の棒を持つイザベル。
稽古用の木の棒を持つシズク。
2人が向かい合う。
「我がこう構えておる」
「ふんふん」
「剣を横に払ってもらえるか。踏み込まずとも結構。払うだけで良いのだ」
「それだけ?」
「それだけだ。弾かれた時の対応よな」
「分かった」
「では頼む」
かーん!
「うおっ!?」
がんと石の棒が持っていかれ、横に前のめりになる。
シズクは軽くくいっと棒を横に動かしただけ。
「おおっ!?」
シズクも驚いた。まさか飛ばせなかったとは。
人族であればすっ飛んで行った所だ。
握っていれば、棒ごと身体が飛んでいくはず。
イザベルの軽い身体で何故?
「すっごいね・・・離さなかったね・・・」
「つー・・・手が痺れた・・・やはり鬼族は凄いな」
肩に石の棒を立てかけ、両手を開く。
じんじんして、もうまともに握れない。
もう一度軽く突かれたら、落とされてしまっただろう。
この弾きでカウンターを取れるか!?
ぱたぱたと手を振りながら、
「すまぬ、しばらくはもう少し緩く。これでは練習にならぬ」
「んふふ。はーい」
よ、と石の棒を握って構える。
「試してみようか」
かつん。
ぶん、と石の棒が持っていかれたが、体ごと持っていかれる風ではない。
「このくらい?」
「うむ、良い感じだ」
「じゃいくよ」
「うむ!」
かつん。
くいと左手を上げ、剣先を下に向けて、下からくぐり抜けて通す。
剣先が真正面。
「おお!?」
「ううむ・・・まあまあであろうか?」
「すごいすごい! マサちゃんみたい!」
褒められたが、何か違う気がする。
「今ひとつ、足らぬような・・・もう一度頼む」
「よし!」
かつん! くるり。 剣先は正面。
「おおー!」
「ううむ?」
シズクは称賛の声を上げるが、この違和感は何だろう?
「反対側に弾いてもらえるか?」
「はいよっ」
かつん! くるり。剣先は正面。
相手は長柄だから、このまま踏み込めば喉元へ・・・
いけない! 突き込めない!
「む! これか! シズク殿、弾いたら棒を真っ直ぐに戻すのだ」
「はいよっ」
かつん! くるり。
戻された棒に剣が当たり、抑えられてしまう。
「あっ、駄目か」
「ううむ、簡単に押さえられる。間に合わぬ」
石の棒をシズクの棒の横、弾かれた反対側に上げる。
「ほれ。間に合っても、戻した棒にまた弾かれる。
弾かれた時点で、完全にシズク殿の一本よな」
「うーん・・・」
「うむむ・・・」
棒を立てて、2人が考え込む。
「これ、ハワード様が教えてくれたんだよね?」
「そうだ」
「じゃあ、絶対出来るはずだよ」
「であろうな・・・我の動きに何か間違いがあるのだ」
「棒とか槍相手だと、下からじゃいけないんじゃない? 上から?」
「なるほど。試してみよう」
2人が構える。
かつん! 上から回す。
「む! ううむ・・・」
押さえられはしなかったが、戻ったシズクの棒が目の前。踏み込めない。
「あ、違うのか」
「ううむ・・・」
「ハワード様はどういう感じだったの?」
「構えてくれ。我が弾けるように、力を抜いて」
シズクが構える。
こん、とシズクの棒を弾いて、踏み込む。
くいっと左手を上げれば、石の棒の先がシズクの喉元。
「こうであった」
「ふんふん」
「弾いた後、この手の動かし方よな。
左手を軽く上げただけで喉元にくるわけよ」
「ううん・・・」
くいくいとイザベルが左手を動かす。
「これと同じ動きで剣を相手の喉元に持っていける。
そう言っておった。何かが違うのだ」
「なんだろう?」
「なんであろうか・・・そうだ、弾かれる力を利用したカウンター。
カウンターと言っておった。弾かれる力を利用するのだ」
「弾かれる力を利用? てことは、強く弾かれるほど凄いカウンター?
ううん・・・分っからないなあ?
最初、イザベル様、倒れそうになったじゃん」
「であるな・・・やはり、長柄武器が相手では無理なのか?」
「長物相手だったら、横に動くとかかな?」
「お! そうか、それもあるか! それなら突き込めるか!?」
構える。
シズクが弾く。
くるりと回して、下から剣。
剣先はそのままシズクに向けて、斜め前に踏み込んでみる。
「おっ!?」
「こうか! これなら内に入り込める!」
「おおー!」
「そういう事か! 流石ハワード様だね!」
「あいや、待て待て。これでは強く弾かれたら駄目ではないか」
「なんで?」
元の位置に戻って、石の棒を大きく外に持っていき、
「先程、この辺りまで持っていかれた」
「うん」
「シズク殿の棒はどの辺りであったかな」
「この辺かな?」
シズクがちょいと棒を動かす。
「これで、我が剣を下から回しても」
イザベルが遠くから石の棒を下から回していく。
「こんな感じになるぞ。簡単に押さえられるであろう」
「あ! 確かに!」
ううむ、と2人が棒を立てて考え込む。
唸っていると、マサヒデとカオルが帰ってきた。
庭に立つ2人を見て、マサヒデがにっこり笑い、
「おっ! やってますね!」
「あ! マサヒデ様! おかえりなさいませ!」
ぴしりと90度に礼。
「アルマダさんの稽古の復習ですか」
「は!」
んー、とシズクが首を傾げながら、
「マサちゃーん。分かんないんだよー」
「何がです」
「イザベル様、見てもらおうよ」
「む、そうだな! マサヒデ様! ご教授頂けますでしょうか!」
マサヒデがにやっと笑って、
「内容次第です」
「では!」
イザベルとシズクが向き合う。
イザベルが顔だけマサヒデの方に向けて、
「ここで我が弾かれます。シズク殿」
かつん。イザベルの石の棒が横に弾かれる。
「で、こう・・・」
イザベルが左手を軽く上げ、石の棒がシズクの棒の下をくぐり、
「こうやってカウンター。相手の喉元を取ると」
「ああ、なるほど。アルマダさんらしい取り方です」
うむ、とマサヒデが頷く。
「されど、シズク殿の棒が先に戻ってしまう。
では、上にあるシズク殿の棒が、我の剣を簡単に押さえられる。
上から回しても、棒があって踏み込めない。
はてこれはどういう事かと、我らは考えておりました」
「シズクさん相手では、多分それは通らないです」
「え!」
「私が相手でしたら、取れます」
「という事は、力の差?」
「と・・・重さの差って所ですかね。少なくとも私の技術では追いつかない差です」
マサヒデが後ろのカオルに振り向いて、
「カオルさん。ちょっと相手してもらえますか。
長押の槍を持って来て下さい」
「は」
カオルが縁側から上がっていき、長押から槍を取って、庭に下りる。
マサヒデがイザベルに手を伸ばし、
「貸して下さい」
「は!」
イザベルが石の棒を差し出して、マサヒデが受け取り、
「うわ!?」
ごとん! と棒が落ちる。
マサヒデが重さと落ちた音に驚いて、
「なんですこれ!?」
カオルも目を丸くして落ちた棒を見ている。
「奥方様に作って頂きました」
マサヒデがしゃがんで、端を両手で持って、よいしょ! と持ち上げる。
肩を入れて立たせ、
「これ、石じゃないですか! こんなの振り回してたんですか?」
「はい。稽古には中々良い重さで・・・
マサヒデ様には重すぎましたでしょうか」
「重いったらないですよ! 木刀を取ってきますから、待っていて下さい」
「失礼致しました!」
「ああ、いやいや、私がうっかりしていただけです。
よく見れば分かりますよね」
イザベルが棒を受け取る。
ふ、と小さく息をついて、マサヒデが縁側から上がっていき、木刀を持って庭に下りて戻って来る。肩に手を置いて、こき、こき、と首を左右に傾け、
「ふう・・・では見てて下さいね。
カオルさん、お願いします」
「は!」