第681話
冒険者ギルド、訓練場。
アルマダとイザベルが立ち会い稽古。
は! と女冒険者達が息を飲む。
アルマダの顔から、余裕の笑みが消えた。
稽古中にアルマダの笑みが消える事は滅多にない。
いつもにこにこしているのに・・・
このイザベル様とやらは、それ程の相手なのか?
と、緊張して見ていると・・・
「はい」
アルマダが「かん!」とイザベルの剣を左に小さく弾いた。
踏み込みながら、くいと左手を上げると、剣先がイザベルの首に当たる。
アルマダの鋭い目。
「ここまでです」
「ん、ん・・・」
「それ、マサヒデさんに仕込まれましたね?」
「は・・・」
「ぼけっと緩く握っているだけでは駄目です。
相手が人族程度でも、今のように軽く弾かれて終わりですよ」
「は!」
つつつ・・・とアルマダの剣の先がイザベルの目の前に上がってくる。
「貴方の目。今の私の剣の動き、手の動き。見えていたでしょう」
「は!」
「同じ動きで、弾かれても外から巻いて剣を相手の喉元に持っていけます」
「は!」
「ふふふ。長い剣だ。実に長い。長い分、簡単に弾かれて入り込まれる。
が、巻いて剣を内に入れるだけで、踏み込んで来た相手の喉に・・・」
木剣がすうっと下がり、喉元に当てられる。
「刺さる」
「は!」
アルマダがにこっと笑って木剣を引く。
木剣が引かれると共に、鋭い目が柔らかくなった。
「勿論、剣先をひょいと上げて、弾きを避けるのでも良い。
良いですが、弾かれる力を利用したカウンター。
私はこれが理想だと思います。相手は隙ありと踏み込んでくるんですから。
余程の者でなければ、避けられない剣になります」
「は!」
「緩さは、柔らかさでもある。
固い物は割れる。柔らかい物は割れない。
これを忘れないように」
「は!」
「獣人族は人族より技の上達が遅いと言われますが、この程度は問題ない。
弾かれた。相手が踏み込んでくる。外から巻き、内に剣先を入れるだけ。
1日もかからず、踏み込んだ相手の喉を突き刺せるようになります」
「は!」
「宜しい。下がって、今の私の動きを思い出して、練習して下さい」
「は!」
「では、次の方!」
「はい!」
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女冒険者達から少し離れ、イザベルが目を瞑って立っている。
(剣が弾かれて)
剣先を右に持って行く。
(ハワード様の剣が来た。手の動きは・・・)
右手は手首の角度が変わっただけで、ほとんど動いていない。
左手をくいっと上げただけ。
(右手はほとんど動いていない・・・左手が上がって)
イザベルの剣を弾いたアルマダの剣。
外を向いていたが、くるっと回って、首元に。
同じ動きで、巻けば首を刺せる。
外から巻く・・・
(巻く?)
剣を回す事か?
剣術の用語だろうか?
実家の剣の稽古では聞いた事のない単語だ。
同じような動きを再現してみる。
右手、そのまま。
左手を上げる。剣先が下がる。
左手を下げる。剣先が上がる。
(つまりはこう?)
弾かれた。
剣先が横を向いた。
左手を上げる。剣先が下がる。
弾かれた右手を戻す。
下を向いた剣先が、相手の剣の下をくぐる。
左手を下げる。剣先が上がる。
剣先は相手の首元。
相手は踏み込んで来ている。
そのまま、刺さる。
足を止めても軽く出せば一突き。
(なるほど。これだけか)
逆をやってみよう。
左に弾かれた。
くいと剣先を下げて戻す。
相手の剣をくぐって、上げる。
喉元。
ほんの小さな動きだ。
実に簡単。
だが、洗練された動きとはこういうものか。
足も動かさず、手をちょいと動かすだけで仕留められる。
無駄がない。
実際に剣を弾いてもらおう。
踏み込んでもらわねば良い。
並んで目を輝かせている女冒険者の所にすたすた歩いて行き、
「すまぬ。稽古に付き合ってもらえるか」
「ええ?」
明らかに不満な顔。
「いや、もう良い」
ふん、と鼻を鳴らして、女冒険者がアルマダに目を向ける。
(やれやれ)
隣の女冒険者。
「すまぬ」
きらきら輝く女冒険者の顔。
返事もしない。
肩に手を置くと、こちらを見向きもせず、
「後にして下さい」
「・・・そうか」
肩から手を下ろし、並んでいる女冒険者達を見る。
誰も相手をしてくれなさそうだ。
アルマダの方を向いて、手を挙げる。
ん? とアルマダがこちらを向いた。
剣を構え、くい、くい、と剣を小さく回すと、アルマダが微笑んで頷く。
イザベルは深く礼をして、訓練場を立ち去った。
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準備室で着替え、手を小さくくるくる回しながら、ギルドを出て行く。
カオルかシズクはいるだろうか?
剣を弾いてくれるだけで良いのだ。
からからから・・・
「イザベルでございます!」
「はーい」
ぱたぱたぱた・・・
マツが出て来て座る。
カオルは居ないか。
「奥方様。マサヒデ様達はおられませぬか」
「マサヒデ様とカオルさんは厩舎に行くと出ていきましたけど」
「シズク殿は」
「おりますよ」
また寝ているだろうか?
「お時間はありそうでしょうか?」
くす、とマツが笑って、
「今は本を読んでおられますけど、平気でしょう。
剣の稽古ですか?」
「は」
「うふふ。どうぞ」
「失礼致します」
居間に上がっていくと、シズクが寝転がって本を読んでいる。
「あ、イザベル様。おかえりなさーい」
「読書中か」
「そうだよ。裏仕事!」
「裏仕事? 何の本だ?」
「ふっふっふ・・・暗殺!」
む! とイザベルが驚いて、
「何!? 暗殺の教本か!?」
「ぶぁーっはっはっは! 違う違う! 娯楽本ってやつ!
不真面目な同心が、実は殺し屋だったー! ていう作り話」
「同心が殺し屋・・・ううむ、作り話とはいえ、それは恐ろしいな」
「ええ?」
イザベルが難しい顔で腕を組み、
「悪党を取り締まる側が、犯人なのだぞ・・・
余程のへまを仕出かさぬ限り、まず見つからぬ」
「でしょ? そうやって、法で裁けぬ悪党を・・・」
「金で始末する、闇の英雄、か」
「いいや! 英雄じゃないって所が良いんだな、これが」
「というと?」
「ちょっとやばけりゃ、すぐ逃げも隠れもするんだ」
「金を貰っておいて逃げるのか」
「そう。一応、何とかして最後まで仕事はするけどね。
でも、なんかそういう所が親近感あるんだよね。
ただかっこいいだけじゃなくって、人間味があるっていうかさ」
「ふむ」
「この裏仕事はたくさんあるよ。1冊読む?」
「それでは」
貸してもらおう、と言いかけ、本来の目的を思い出し、
「あいや! そうではなかった。本はまた今度。
ちと、稽古に付き合ってもらえぬか」
「稽古か! 良いよ! そこの庭?」
「うむ。剣を弾いてくれるだけで良いのだ」
シズクがにやにや笑って、
「やっぱり、ハワード様の稽古はきつい?」
ううむ、とイザベルが渋い顔をして、
「いや、あれは堪らん。女冒険者達が針のような目で我を睨んできてな。
ちと稽古にと声を掛けても、手を払われる始末よ」
「あはははは! だろうね! だから私も行かなくなっちゃった。
あいつら、怖いよねー!」
「まあ、そのなんだ・・・こう言ってはなんだが、排他的な狂信者のようだ」
「うわー! 手厳しくない! その通りだよねー!」
「全くだ。ところで、ここに得物はあろうか?
いや、ないか・・・」
シズクが本を閉じて身体を起こし、
「イザベル様の得物、あのすごく長い剣でしょ?
普通の木剣ならあるけど、あんなのはないなあ。
カオルが似たようなやつ、どっかに隠してるかもしれないけど」
「ううむ」
マツが茶を持って来て座り、
「私が作りますよ。さ、イザベルさん。手を出して」
「作る?」
「さあ。手を」
「は」
イザベルが手を出すと、ぽん! と手の上に長い石の棒が落ちてきた。
「おおっ!?」
「長さはこのくらいですか?」
「ううむ・・・奥方様、見事です」