第680話
魔術師協会、縁側。
「イザベルさん。今日の仕事はどうでした」
マサヒデがにこやかに尋ねる。
○○○○キノコ野郎。
ぴくぴく・・・
「上々でございましたあ!」
イザベルの引きつった固い笑顔。
ああ、この人は嘘がつけないんだな・・・
皆が呆れて小さく笑う。
「そうですか。どんな仕事でした」
「椎茸をたくさん取りました! ついでに、鹿も狩って参りました!」
「鹿はどうやって」
イザベルが左手を上げ、手首に右手を当て、
「頂きました五寸釘にて」
「へえ! 鹿をその五寸釘で! 何本使ったんです」
「2本です」
「2本?」
マサヒデとカオルが顔を見合わせる。
「頭に2本です」
「ああ、気絶させたんですか」
「いえ。しかと刺さりました」
イザベルがにっこり笑う。
頭蓋を貫通したのか?
「というと、どのくらい深く?」
「先から頭までしかと」
ちりーん・・・
風鈴の音。
「ううむ・・・やりますね。我々ではとても無理です。見事です」
「お褒め有り難く!」
「訓練場で棒手裏剣を使う時は、頭や心臓を狙わないようにして下さい。
あなたが投げては、稽古用の物でも死んでしまいます」
「は!」
マサヒデが空を見上げる。
まだ日は高い。
「これから、もう一仕事?」
「いえ。ハワード様がいらっしゃれば、一度稽古に参加したく」
「ああ。貴方の得物は剣ですしね。
アルマダさんの稽古はうってつけでしょう。
いつも通りなら、まだやっているはずです」
くす、とマサヒデが笑う。
「ふふ、行ってきなさい。面白いと思いますよ」
「は!」
ぴし! とイザベルが立ち上がり、
「イザベル、ハワード様の稽古に参加して参ります!」
「ははは! 緩く緩く! 楽しんできて下さい」
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冒険者ギルド、稽古場前、準備室。
準備室で得物を見ながら、首を傾げる。
イザベルの得物は、一般にツーハンデッドとかツヴァイハンダーと呼ばれる長さの物。が、柄は普通のロングソードと同じか少し短いくらい、という一風変わった物。狼族の力ゆえに扱える。
普通はそんな柄の長さでは扱えないのだが、イザベルはそれを知らない。
もう少し柄が短い物はないのか?
普通の長剣では刃の長さが足りぬ。
刃の長さが丁度良い物だと、柄が長過ぎる物ばかり。
これでは振るに邪魔ではないのか?
(まあ良いか)
これまでロングソードの木剣で練習していたので、今日は丁度良い長さの物にしてみよう。かた、と大きなツヴァイハンダーのサイズの木剣を取って、訓練場に向かう。
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訓練場。
ぎいい・・・と戸を開け、よ、と戸を片手で閉めた瞬間、
「ひゃあー!」「きゃー!」
黄色い声。
声の方を向くと、ハワード様。
(やれやれ)
門弟が言っていた事は本当だったか。
女ばかりで男は締め出されるとか・・・
(おや?)
イザベルが小さく首を傾げる。
アルマダが派手な鎧を着ている。
が、くるりくるりと綺麗に動き、冒険者の剣をするする避けている。
(ううむ!)
無駄な動きがない。隙がない。
イザベルの力任せの動きとは違う。
洗練された、とは、正にあの動きであろうか・・・
見ているだけで、叩きのめされた気分になってくる。
自分がどれほど未熟であったか。
普通より分厚い鎧でも動けるから、生き残ってこれたのだ。
確かにそれも正解であろうが、あの動きを見ると気が沈む。
例え鎧を着ていたとしても、あれには絶対に勝てないだろう。
肩を落として、アルマダ達の所に歩いて行く。
こつん、と女冒険者の頭に剣を当て、アルマダがイザベルの方を向く。
「おお! イザベル様ではありませんか!」
ぴしーん! 女冒険者達の目がイザベルを射抜く。
これはある意味厳しい・・・
アルマダに礼。
半分は女冒険者達の視線を避けるための礼。
「は! イザベル=エッセン=ファッテンベルクであります!
ハワード様! 稽古のご参加をお許し願えましょうか!」
「勿論ですとも! 貴方と立ち会ってみたかったんですよ!」
立ち会ってみたかったんですよ。
女冒険者達の視線が針のように鋭くなった。
下げた頭に、針が突き刺さっているような感じ。
「さあ、こちらへ!」
「は!」
頭を上げ、アルマダの前に歩いて行く。
女冒険者達と目を合わせないように・・・
恐ろしくて、顔が歪みそうだ。
「ふふふ。噂のイザベル様が来たので、皆さん気合が入りましたね」
アルマダがにこにこしている。
ハワード様! それは違います!
「イザベル様はそんなサイズの剣を使うんですか。
女性には珍しいですね」
「いえ、刃はこのくらいなのですが、私の剣は柄がもう少し短く」
アルマダがちょっと驚いた顔で、
「へえ・・・流石は狼族ですね。
普通、その長さで柄が短い、なんて中々言えませんよ。
獣人族の方でも、扱いには苦労するんですが」
「恐縮です」
「ううむ・・・」
かちゃ、と小さく鎧の音を立て、アルマダが腕を組む。
「木剣ではなく、刃を丸めてある真剣の方を持って来て下さい」
「は?」
「刃が丸めてあるのに、真剣というのもおかしい気がしますが」
「宜しいのでしょうか?」
アルマダは木剣ではないか。
受けたら簡単に折れてしまう。
「私はこれで構いません。真剣での貴方の動きが見たい」
「や、しかし」
アルマダがにっこり笑って、
「大丈夫ですよ。さ、急いで下さい」
「は!」
ぱー! と訓練場を駆け出て、準備室に戻る。
並んだ得物を見て、あれ? とまた首を傾げる。
(なんだこれは?)
鍔の部分から拳よりも少し長く、刃の鍔の所から持ち手が付いている。
リカッソと言われる握りだが、イザベルは知らない。
革が巻いてあるから、ここを持つのか?
その上に、小さく鍔のような物も付いている。
やはりここを持つのか・・・一体なぜ?
(いかん。待たせてはならぬ)
首を傾げながら、刃を丸めたツヴァイハンダーを握って、訓練場を飛び出て飛ぶようにアルマダの前に戻る。
「お待たせ致しました!」
「いえいえ」
「ハワード様! ご質問をお許し下さい!」
「なんでしょう?」
「我が家では、このようなおかしな剣を見た事がありません。
自分で選んでおいてなんですが、これで良いのでしょうか?」
「どこがおかしいのです?」
はて? とアルマダが首を傾げる。おかしな剣?
女冒険者達も何がおかしいのだ? と顔を見合わせる。
イザベルがリカッソの所を指差し、
「ここに持ち手があるのですが・・・」
は! とイザベルが顔を上げ、
「あ、ああ! 分かりました! 狭い場所や乱戦でも振れるようにですね!
そうか! 小さく振れる! 人の国は何でも良く工夫されております!」
「ああ、いや。ううむ・・・正解でもありますが。ちょっと貸して下さい」
アルマダがイザベルの手からツヴァイハンダーを受け取って、
「おっと、流石に重い。見ての通り、この剣は普通の剣より長いですね」
アルマダが自分の木剣を指差す。
「はい」
「疑問の持ち手。これはリカッソと言います」
「リカッソ」
「ここを持ちまして・・・」
アルマダが柄の方の手を柄頭まで滑らせ、
「こう持つと。柄の長さと合わせ、長柄武器に近い使い方が出来るわけです」
「おお!」
「小さく振る事も出来ますが、それを目的にしたのではなく、こう持てばより威力を増した振りが出来ますね。このような長く重い剣では、多くの種族ではロングソード程度の長さの柄ではまともに振れないのです」
「それで柄が長かったのですか!」
「そういう事です。狼族の貴方の家では、こんな物は要らなかったのですね」
イザベルががっくりと肩を落とし、
「う、ううむ・・・なんと恥ずかしい。
武門の家でありながら、武器もまともに知らぬとは」
アルマダが苦笑しながらイザベルに剣を返す。
「貴方達、狼族にはなくても良い物です。知らなくて当然でしょう。
普通に振るだけで、長柄以上の威力なのですから・・・」
アルマダが木剣を構える。
「さあ、イザベル様の剣を見せて下さい」
「は!」
イザベルが構える。
いつものように少し前かがみになったが、む、と持ち直す。
これではいけないではないか。
伝授された奥義。
がっくりと肩を落とし、剣は緩く持つ。
握るだけ! 握るだけで剣は大きく上がる!
しっかり脱力されたイザベルを見て、ぴく、とアルマダの眉が動く。
マサヒデは剣術1点と言っていたが・・・
アルマダの顔から、笑みが消えた。