第678話
ここは郊外、山の中。
鼻息荒く、イザベル様が椎茸取りでございます。
「あの椎茸男が・・・愚弄しおって・・・」
ぴ! ひょい。
ぴ! ひょい。
「椎茸男などと」
ぴ! ひょい。
ぴ! ひょい。
「高貴な名で呼ぶのもしゃくだ」
ふん! と鼻を鳴らし、
「キノコの糞で良かろう。依頼が終わったら始末するか」
ざすざすざす・・・
少し湿った落ち葉の上を、滑りもせずにどすどす歩いて行く。
「墓標には何と書いてやるか。椎茸と○○○○した男で良いか。
ふん! 彼奴めにわざわざ墓穴を掘ってやる労力も勿体ないか」
また椎茸。イザベルの鼻であれば楽に見つけられる。
もうすぐ背中の籠も一杯だ。
ぴすぴすと摘んで背中に放り投げる。
ぴぇゃ。
「む」
ぴん! とイザベルの耳が立つ。
遠くから、小さく響く鳴き声。
すんすん・・・
(鹿だな)
警戒している声。
離れている。
威嚇している声ではない。
「・・・」
左手首に手をやる。
ボロ布に巻いた五寸釘。
心許ないが、頭に直撃させればいけるか?
棒手裏剣で鹿を狩った事はない。
(下衆なキノコ野郎の椎茸などいらぬ)
捌き方は分からないが、マサヒデ様やカオル殿に教えてもらおう。
取り敢えず頭を落として持って行けば良いか。
さあて、頭を落とす場所は?
あの汚い小屋、キノコの糞の目の前で、思い切り血を撒き散らしてやるか。
楽しみだ。
「くくく・・・」
残酷な笑みを浮かべ、ひょいひょいと椎茸を放り込む。
下ろして確認。そろそろ一杯だ。
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「いたいた。ふふふ」
鹿が3頭いる。
まだ離れているが、鹿からの視線を感じる。
頭を上げて警戒してはいないが、数歩近付けば警戒して頭を上げる。
頭を上げたら・・・
よ、よ、と椎茸一杯の背負籠をゆっくり下ろし、五寸釘を3本抜く。
刺さらなくても、頭に2本も当てれば昏倒するだろう。1本は保険。
この距離なら、狙った所に当てられる。
す・・・す・・・
静かにイザベルが近付いていく。
は! と鹿が顔を上げた。
そー・・・と腕を上げていき、ぶん! と振り下ろして、更に下手投げ。
すこん! と1本目が突き入る。
2本目は当たったが刺さらず、跳ね返って地に当たって跳ねた。
くるっと踵を返して、鹿がぴょん、と跳ねる。
「何!?」
ぱっと駆け寄ったが、跳ねた先でかくんと倒れ、びくびくと震えている。
他の2頭は、跳ねながら奥に走って行ってしまった。
「ふう・・・やれやれ」
頭に五寸釘を突き刺されても動くとは。
野生動物の生命力というか、反射神経のようなものか?
後ろを振り向いて、地面に落ちた釘を拾いに戻り、また倒れた鹿の所に戻ってくる。腕を組んで細かく震える鹿を見下ろし、腰の山刀の柄に手を置く。
とどめを入れようか。
頭に入っているのだから、もう痛みは感じていないだろうか?
などと考えていると、ほとんど震えが止まってしまった。
「良いか」
突き刺さった釘を抜こうとして、ぴたっと手を止める。
抜いたら血が出る。
血が抜けたら、キノコ野郎の前で血を撒き散らせないではないか。
そのまま脇に抱え、椎茸の籠の所まで持って行く。
一旦下ろし、籠を背負って、よ、と鹿を抱え、
「ふん。待っておれ、キノコ○○○○男が・・・
鹿の生き血のシャワーだ。喜べよ」
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椎茸男の小屋。
「何して・・・」
おっと。キノコ野郎が驚いたぞ。
くくく・・・
イザベルがにやにやしながら、
「我は血に飢えておると言ったであろうが。
貴様は自分で何とかしろと言ったであろうが。
ああ、早く血が見たいのおー!」
どすん! と椎茸男の前に鹿を投げ置く。
「さてっと・・・椎茸を取って来たぞ」
背負籠を下ろして、
「ほれキノコ野郎。依頼は達成出来たかな。中を確認せよ」
「ふん」
ざらら、と茣蓙を広げて、椎茸男が籠の椎茸を広げ、顔を回して確認する。
懐から銀貨を出して、
「報酬だ」
イザベルが手を出すと、ちゃりりん、と銀貨が落とされる。
「1、2の・・・10枚。確かに。ほれ、サインしろ」
「む」
椎茸男が懐から筆を出して、がじがじ噛んで名前を書く。
差し出された依頼書を受け取り、ポケットにねじ込む。
「んん?」
キノコ野郎が怪訝な顔で鹿を見ている。
鹿の頭に手を伸ばし、
「これは・・・釘か?」
「ああ」
「釘ぶち込んで狩ったのか?」
「そうだ」
「やれやれ。呆れた子犬だな・・・」
「この程度で驚くな。これからシャワータイムだ。
そのまま座っておれ。山歩きで汚れた身体を洗うと良い」
イザベルが鹿の足の根元をひっ掴み、持ち上げる。
ごきき、と骨が折れる音。
キノコ野郎の目の前に鹿の首。
さらりと抜かれるイザベルの山刀。
にやりと笑うイザベル。
「おい。ここではやめろ」
「遠慮するな」
「全く、馬鹿かお前は・・・」
椎茸男が呆れ顔で細い山道を指差し、
「あの道が見えんのか? ここには俺以外も人が来るんだぞ」
「そうか。ではついでにお前の首も落としておくか。
皆がお前の墓を見て、手を合わせるか、唾を吐きかけるか。
おおっと、我は貴様の墓など建てるつもりはないからな。
墓が欲しいなら依頼を書け。我が責任を持ってギルドへ届けてやる」
はあ、と椎茸男がため息をついて首を振り、
「お前な・・・本当に分からんのか?
ここで血をぶち撒けたら、野犬やら熊やらが寄って来ちまうだろうが。
そこに人が来たらどうなる」
「む・・・」
「その鹿を抱っこして、とっととギルドに帰れ。
食堂に持ってけば売れるし、適当に皮も剥いでくれるぞ」
ん? とイザベルが怪訝な目で椎茸男を見る。
「何故それが貴様に分かる」
呆れ返った顔で椎茸男がイザベルを見上げ、
「本当に鈍い奴だな・・・」
よ、と男が首に掛けた紐を取る。
ぶら下がっているのは、汚く黒い冒険者免許証。
イザベルの前に突き出して、
「俺も冒険者だったからだ。ここは関係者か? と聞く所だぞ」
「・・・尊敬すべき先輩にシャワーを浴びてもらえず、残念だ」
さしっ、と山刀を鞘に納める。
「重いからって、この山の辺りで首を落としたりするなよ。
狩りをするなら、後で捌く事もちゃんと考えろ。
野犬が来る所で血をぶち撒けたりするな。
周りに何がいるかくらい、鼻で分かるだろう」
「忠告、感謝する」
椎茸男が顎をしゃくって、
「さっさと帰れ。まだ早い。もう1件くらい、こなせるだろう」
「ではな」
イザベルが、ぐ、と鹿を脇に抱えて振り向いた。
「早く見習いなんぞ卒業しろ。腕は十分だ」
ちら、と肩越しに椎茸男の顔を見ると、呆れ笑いではない笑顔。
小さく目礼して、イザベルは去って行った。
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いらいらいら・・・
先輩風を吹かせおって!
イザベルがふんふん鼻息を鳴らして、街道を歩く。
おかしいと気付く所はあったではないか!
斧を薪割り台にぶち込んだ時。
あの椎茸男は驚きもしなかった。
殺気満々でいたのに、まるで平気だった。
イザベルがどんなに脅しても、軽く流された。
「くぬぬぬ・・・けぇい!」
声に驚き、街道を歩く者達がイザベルを見る。
ずばん! と道に埋まった石を蹴り飛ばす。
土を撒き散らしながら、石が飛んでいく。
新米冒険者が、先輩に軽くあしらわれたというわけだ。
「ふん! ふん!」
脇に抱えた鹿をぶん投げたくなる衝動を抑え、イザベルが歩いて行く。