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勇者祭  作者: 牧野三河
第四十七章 初めての様々
678/758

第678話


 ここは郊外、山の中。

 鼻息荒く、イザベル様が椎茸取りでございます。


「あの椎茸男が・・・愚弄しおって・・・」


 ぴ! ひょい。

 ぴ! ひょい。


「椎茸男などと」


 ぴ! ひょい。

 ぴ! ひょい。


「高貴な名で呼ぶのもしゃくだ」


 ふん! と鼻を鳴らし、


「キノコの糞で良かろう。依頼が終わったら始末するか」


 ざすざすざす・・・

 少し湿った落ち葉の上を、滑りもせずにどすどす歩いて行く。


「墓標には何と書いてやるか。椎茸と○○○○した男で良いか。

 ふん! 彼奴めにわざわざ墓穴を掘ってやる労力も勿体ないか」


 また椎茸。イザベルの鼻であれば楽に見つけられる。

 もうすぐ背中の籠も一杯だ。

 ぴすぴすと摘んで背中に放り投げる。


 ぴぇゃ。


「む」


 ぴん! とイザベルの耳が立つ。

 遠くから、小さく響く鳴き声。

 すんすん・・・


(鹿だな)


 警戒している声。

 離れている。

 威嚇している声ではない。


「・・・」


 左手首に手をやる。

 ボロ布に巻いた五寸釘。

 心許ないが、頭に直撃させればいけるか?

 棒手裏剣で鹿を狩った事はない。


(下衆なキノコ野郎の椎茸などいらぬ)


 捌き方は分からないが、マサヒデ様やカオル殿に教えてもらおう。

 取り敢えず頭を落として持って行けば良いか。

 さあて、頭を落とす場所は?

 あの汚い小屋、キノコの糞の目の前で、思い切り血を撒き散らしてやるか。

 楽しみだ。


「くくく・・・」


 残酷な笑みを浮かべ、ひょいひょいと椎茸を放り込む。

 下ろして確認。そろそろ一杯だ。



----------



「いたいた。ふふふ」


 鹿が3頭いる。

 まだ離れているが、鹿からの視線を感じる。

 頭を上げて警戒してはいないが、数歩近付けば警戒して頭を上げる。

 頭を上げたら・・・


 よ、よ、と椎茸一杯の背負籠をゆっくり下ろし、五寸釘を3本抜く。

 刺さらなくても、頭に2本も当てれば昏倒するだろう。1本は保険。

 この距離なら、狙った所に当てられる。


 す・・・す・・・

 静かにイザベルが近付いていく。


 は! と鹿が顔を上げた。

 そー・・・と腕を上げていき、ぶん! と振り下ろして、更に下手投げ。


 すこん! と1本目が突き入る。

 2本目は当たったが刺さらず、跳ね返って地に当たって跳ねた。

 くるっと踵を返して、鹿がぴょん、と跳ねる。


「何!?」


 ぱっと駆け寄ったが、跳ねた先でかくんと倒れ、びくびくと震えている。

 他の2頭は、跳ねながら奥に走って行ってしまった。


「ふう・・・やれやれ」


 頭に五寸釘を突き刺されても動くとは。

 野生動物の生命力というか、反射神経のようなものか?


 後ろを振り向いて、地面に落ちた釘を拾いに戻り、また倒れた鹿の所に戻ってくる。腕を組んで細かく震える鹿を見下ろし、腰の山刀の柄に手を置く。


 とどめを入れようか。

 頭に入っているのだから、もう痛みは感じていないだろうか?

 などと考えていると、ほとんど震えが止まってしまった。


「良いか」


 突き刺さった釘を抜こうとして、ぴたっと手を止める。

 抜いたら血が出る。

 血が抜けたら、キノコ野郎の前で血を撒き散らせないではないか。

 そのまま脇に抱え、椎茸の籠の所まで持って行く。


 一旦下ろし、籠を背負って、よ、と鹿を抱え、


「ふん。待っておれ、キノコ○○○○男が・・・

 鹿の生き血のシャワーだ。喜べよ」



----------



 椎茸男の小屋。


「何して・・・」


 おっと。キノコ野郎が驚いたぞ。

 くくく・・・

 イザベルがにやにやしながら、


「我は血に飢えておると言ったであろうが。

 貴様は自分で何とかしろと言ったであろうが。

 ああ、早く血が見たいのおー!」


 どすん! と椎茸男の前に鹿を投げ置く。


「さてっと・・・椎茸を取って来たぞ」


 背負籠を下ろして、


「ほれキノコ野郎。依頼は達成出来たかな。中を確認せよ」


「ふん」


 ざらら、と茣蓙を広げて、椎茸男が籠の椎茸を広げ、顔を回して確認する。

 懐から銀貨を出して、


「報酬だ」


 イザベルが手を出すと、ちゃりりん、と銀貨が落とされる。


「1、2の・・・10枚。確かに。ほれ、サインしろ」


「む」


 椎茸男が懐から筆を出して、がじがじ噛んで名前を書く。

 差し出された依頼書を受け取り、ポケットにねじ込む。


「んん?」


 キノコ野郎が怪訝な顔で鹿を見ている。

 鹿の頭に手を伸ばし、


「これは・・・釘か?」


「ああ」


「釘ぶち込んで狩ったのか?」


「そうだ」


「やれやれ。呆れた子犬だな・・・」


「この程度で驚くな。これからシャワータイムだ。

 そのまま座っておれ。山歩きで汚れた身体を洗うと良い」


 イザベルが鹿の足の根元をひっ掴み、持ち上げる。

 ごきき、と骨が折れる音。

 キノコ野郎の目の前に鹿の首。

 さらりと抜かれるイザベルの山刀。

 にやりと笑うイザベル。


「おい。ここではやめろ」


「遠慮するな」


「全く、馬鹿かお前は・・・」


 椎茸男が呆れ顔で細い山道を指差し、


「あの道が見えんのか? ここには俺以外も人が来るんだぞ」


「そうか。ではついでにお前の首も落としておくか。

 皆がお前の墓を見て、手を合わせるか、唾を吐きかけるか。

 おおっと、我は貴様の墓など建てるつもりはないからな。

 墓が欲しいなら依頼を書け。我が責任を持ってギルドへ届けてやる」


 はあ、と椎茸男がため息をついて首を振り、


「お前な・・・本当に分からんのか?

 ここで血をぶち撒けたら、野犬やら熊やらが寄って来ちまうだろうが。

 そこに人が来たらどうなる」


「む・・・」


「その鹿を抱っこして、とっととギルドに帰れ。

 食堂に持ってけば売れるし、適当に皮も剥いでくれるぞ」


 ん? とイザベルが怪訝な目で椎茸男を見る。


「何故それが貴様に分かる」


 呆れ返った顔で椎茸男がイザベルを見上げ、


「本当に鈍い奴だな・・・」


 よ、と男が首に掛けた紐を取る。

 ぶら下がっているのは、汚く黒い冒険者免許証。

 イザベルの前に突き出して、


「俺も冒険者だったからだ。ここは関係者か? と聞く所だぞ」


「・・・尊敬すべき先輩にシャワーを浴びてもらえず、残念だ」


 さしっ、と山刀を鞘に納める。


「重いからって、この山の辺りで首を落としたりするなよ。

 狩りをするなら、後で捌く事もちゃんと考えろ。

 野犬が来る所で血をぶち撒けたりするな。

 周りに何がいるかくらい、鼻で分かるだろう」


「忠告、感謝する」


 椎茸男が顎をしゃくって、


「さっさと帰れ。まだ早い。もう1件くらい、こなせるだろう」


「ではな」


 イザベルが、ぐ、と鹿を脇に抱えて振り向いた。


「早く見習いなんぞ卒業しろ。腕は十分だ」


 ちら、と肩越しに椎茸男の顔を見ると、呆れ笑いではない笑顔。

 小さく目礼して、イザベルは去って行った。



----------



 いらいらいら・・・


 先輩風を吹かせおって!

 イザベルがふんふん鼻息を鳴らして、街道を歩く。


 おかしいと気付く所はあったではないか!


 斧を薪割り台にぶち込んだ時。

 あの椎茸男は驚きもしなかった。

 殺気満々でいたのに、まるで平気だった。

 イザベルがどんなに脅しても、軽く流された。


「くぬぬぬ・・・けぇい!」


 声に驚き、街道を歩く者達がイザベルを見る。

 ずばん! と道に埋まった石を蹴り飛ばす。

 土を撒き散らしながら、石が飛んでいく。


 新米冒険者が、先輩に軽くあしらわれたというわけだ。


「ふん! ふん!」


 脇に抱えた鹿をぶん投げたくなる衝動を抑え、イザベルが歩いて行く。


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