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勇者祭  作者: 牧野三河
第四十七章 初めての様々
676/756

第676話


 トミヤス道場、門前。


 カゲミツがさらさらと依頼書にサインをし、イザベルに渡す。


「ほい! いやあ、今日の稽古は良かったぜ!」


「光栄であります!」


「じゃこれ、依頼料」


「は!」


 差し出されたイザベルの手に、1枚の金貨が置かれる。


「イザベルさん、まだ見習いだよな」


「は!」


「ランク上がったら、相応の分、ちゃんと出すからな」


「ありがたき幸せ!」


「ありがとな! じゃまた宜しく!」


 ひらひらと手を振って、カゲミツが中に戻って行った。


(おお)


 1日で金貨1枚。

 それも、我が家の稽古法で。


(ファッテンベルクの稽古法は、このトミヤス道場で通じる!)


 感無量。

 ぐぐ、とイザベルが金貨を握りしめる。

 金よりも、当家の稽古法が通じた事に身が震える。


(マサヒデ様! イザベルは頑張りました!)


 金貨を握りしめ、イザベルが風の如く走り出した。



----------



 オリネオの町、魔術師協会。


 がらっ! ぱしーん!


「イザベルでございます!」


「・・・どうされました・・・」


 カオルが驚いて目を丸くする。


「代稽古に行って参りました!」


「聞いておりますが・・・何かありましたか?」


「はい! 我がファッテンベルクの稽古法が認められました!」


 くす、とカオルが笑って、


「それは良うございましたね。さ、お上がり下さい」


「は!」


 ぱ、ぱ、ぱ、と地下足袋を外し、すぱーん! と居間に飛び込んで、


「マサヒデ様! イザベル、トミヤス道場より戻りました!」


 滑るようにイザベルがマサヒデの前に平伏する。


「おおう! 凄い勢いですね・・・上手くいきましたか」


「は! 大殿様より、また頼むと!」


 大殿様。

 少し間が空いて、皆がげらげらと笑い出す。


「は、ははははは! 大殿様! 父上、父上が大殿様ですか!」


「ぶぁーはははははー!」


 シズクの大きな笑い声。

 マツとクレールも口を押さえ、肩を震わせている。

 カオルもくすくす笑いながら入ってきて、イザベルの前に茶を置く。


「ふふ、ふふふ。で、門弟の皆さんはどうでした?」


 ぴく。

 イザベルの身体が固まる。


「あ、いや・・・」


 マサヒデがひらひらと手を振って、


「ははは! 聞かずとも分かりました! ま、その程度ですよね」


「は・・・その・・・何と言いますか・・・」


「はっきり言って下さい。貴方の意見が聞きたい」


「は! 皆様、貴族の道楽馬術です! 武術ではありませんでした!」


 ああ、とマサヒデが腕を組み、


「ううむ、やっぱりですか。

 ま、門弟でまともに乗れるのは、アルマダさんくらいでしょう。

 いや、アルマダさんも騎士の皆さんから習ってるくらいですし・・・

 となると、父上しかいないでしょうね」


「は・・・」


「仕込めそうですか」


「はい。やはり人族の飲み込みの早さには、驚くべきものがあります。

 1度の稽古でもうここまでか、と感嘆致しました」


「ほう。少なくとも、今日稽古に参加した皆様には、見込みあり、と」


「はい」


 マサヒデがカオルを見て、


「次にイザベルさんに代稽古の依頼が来たら、カオルさんも参加してみては」


「是非とも」


 カオルがにっこり笑う。

 カオルがこんな笑顔をするのは珍しい。

 イザベルの馬術の稽古が、どんなものか楽しみなのだろう。


「時間が出来たら、私にも教えて下さいよ」


「えっ」


 後ろでイザベルの尾が立つ。

 ふりふり・・・

 ぷ! と後ろのシズクが吹き出す。昨日と同じだ。


「あ、ですが・・・」


 しゅうん、と尻尾が垂れ下がる。


「何か?」


「いえ。マサヒデ様は、あの森の中を走れば良いだけかと」


「森の中を? 何故?」


「馬を自在に操るのは、森や林を軽く走らせていれば、自然と身に付きます」


 木や石が転がる森の中。

 なるほど。確かに、ゆっくり歩かせるだけで良い稽古になりそうだ。

 カオルも頷いている。

 あとは騎射か。


「ふむ! それは良い稽古を教えて頂きました。

 最初はゆっくり歩かせる程度から、で良いですかね」


「はい。慣れぬうちに走らせると、馬が転んで怪我をしたりしますので。

 乗り手は勿論、馬も足を折ったり」


「ううむ」


「マサヒデ様もカオル殿も、森を歩かせるだけで、どんどん上達していくと思います。あとは、騎射のみかと」


「騎射ですか・・・やはりイザベルさんは騎射を重視しますか」


「は!」


「ふうむ・・・そうですか」


 今は短銃もあるから、短弓で通らなそうな鎧相手にも対応出来る。

 騎射。動きながら撃てるし、有用な手だが・・・


「私もカオルさんも、騎射は苦手です。馬は何とか狙えますが」


 鉄砲では。そこそこの狙いは出来るが、揺れる馬上で実際に当てられるか。

 馬上で撃って、馬が驚かないかも心配だ。

 マサヒデがカオルの方を向くと、カオルが頷く。


「カオルさん。少し、練習しますかね」


「よろしいかと」


「イザベルさん。騎射の素人の練習法は?」


 あ。シズクがまたにやにやする。

 イザベルの尻尾が小さく揺れている。


「まずは動かぬ的。次に動く的」


「立てた的で。次に狩りで良いでしょうか」


「は!」


 ふうむ、とマサヒデが天井を仰ぐ。

 さあて、どうしたものか。


「森の中を歩かせ、走らせ、騎射。

 動かぬ的。動く的・・・1日、2日では出来ませんね。

 まあ、当然ですけど。それで出来るなら、誰でも馬術達者だ」


 くい、くい、とマサヒデが左右に顔を傾ける。

 自分達が稽古するなら、カオルと2人で馬を走らせるだけで済むが・・・

 その間、訓練場の稽古はシズク任せか。


「はてさて・・・どうしたものか」


「マサヒデ様、何か」


「ええ・・・我々が稽古をしている間は、ギルドで冒険者さんに稽古をつけられませんよね。どうしようかな・・・と思って・・・」


「順番にでは」


「それでも良いですが・・・少し考えます。

 イザベルさん。ありがとうございます」


「は!」



----------



 魔術師協会、居間。


 イザベルが辞した後。


 カオルがマサヒデの湯呑に茶を注ぎ足し、


「もう方針は決まっておりますか」


「ええ」


「指名依頼を出す」


「ええ」


「冒険者の皆様も、参加させる」


「ま、そうです」


「ご主人様が引っかかっている点をお聞きしても?」


「ひとつ目。何人参加するか。少人数なら構わない。

 しかし、今日の父上からの指名依頼で、イザベルさんの名は大きく売れた。

 イザベルさんが捌き切れる人数で済むか」


「なるほど」


「ふたつ目。参加者の腕はバラバラだ。

 それぞれに稽古をつけないと。

 これも、イザベルさんで捌き切れるか」


「ふむ」


「みっつ目。ある程度腕がある方。森の中を歩かせよう、走らせよう。

 これは個々でやらせれば良いが・・・

 同じ所をぐるぐる回って終了では、稽古にもならない」


 カオルが目を瞑って腕を組む。

 少し考えて、


「先着何名様」


「なるほど。ひとつ目、ふたつ目はこれで良い」


「みっつ目。森の奥の川に旗でも立てては」


「旗ですか・・・取って来て帰る」


「はい。上級者には時間制限を設ければ、稽古にもなりましょう。

 狩りなどさせても良いかと思いますが」


「何頭も馬が入って来ては、獲物は遠く離れて狩りにはならない」


「はい。騎射の練習。的の裏には、広く高めに土の壁を作って頂きましょう。

 冒険者には魔術を使える者もいます。薄い物でも良いかと。

 参加者に魔術師がおらねば、奥方様、クレール様に作って頂きます」


「なるほど・・・ふうむ・・・カオルさんは、他に懸念がありますか?」


「怪我人。離れた、慣れぬ森の中で落馬などして、怪我人が出た場合」


 マサヒデが腕を組む。


「ああ・・・確かに、それは大問題ですね。

 下手な落ち方をしては、死人も出る。

 ギルドには大迷惑だ。それが一番問題ですね」


「はい」


「確かに、冒険者は自己責任とはいえ・・・基本的に、それは雇われた場合。

 雇われるのはイザベルさんで、参加者ではない。

 師範役として雇われたイザベルさんに、責任が問われる。

 道場でなら、厳しい稽古だなあ、で済みますが」


「はい」


「一人ひとりに治癒師をつけておくわけにもいかないし・・・

 さあて、どうしたものかな・・・

 やはり、我々でだけ・・・ですかね」


「事故の場合は自己責任という条件で・・・では済まないでしょう。

 冒険者個人にはそれで済みますが、ギルドが通しますまい。

 死人が出るかもしれない。構わないか?」


 カオルが首を振る。


「それが護衛や魔獣狩りなどの危険依頼ならともかく、ただの稽古。

 そこまで危険を犯すような依頼、受け付けてもらえましょうか」


「ですよね・・・依頼として出さずに希望者・・・

 同じか。怪我人が出たら同じ。1人2人ならまだしも・・・

 ギルドが良い顔をしないでしょうね。

 下手をしたら、イザベルさんの冒険者資格は剥奪だ」


「難しいですね」


 ふう、とマサヒデがため息をつく。


「ええ。難しいですね。教えるにも、習うにも、学ぶにも。

 ただ乗るなら、そう大した事はないのに。

 戦う馬術になると、こんなに難しいのか」


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