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勇者祭  作者: 牧野三河
第四十七章 初めての様々
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第673話


 トミヤス道場、馬術稽古場。


 さす、さす、とイザベルが歩いて行く。

 後ろから、から、から、と木刀と槍を抱えた門弟が付いてくる。


 稽古場に近付いて行くと、馬に乗っていた門弟達が馬を下りて、頭を下げ、馬を繋ぎ場に連れて行って、綺麗に横一列に並ぶ。

 4人。馬は4頭。まあ当然か。

 皆、綺麗に気を付けの姿勢で立っている。


(流石、仕込まれているな)


 そのまま歩いて、近くで足を止め、後ろに付いて来た門弟の方を向いて、


「その辺りに下ろしてもらえるか。手間を取らせてしまったな」


「いえ。お役に立てて何よりです」


「では、これより馬術の稽古を始めるゆえ。戻って結構」


「はい。それでは失礼します」


 からからと木刀と槍を下ろし、門弟は道場の方へ向かって行った。

 イザベルは手前の馬に近付いて行き、鞍から鞭を取って、並んだ門弟達の前にゆっくりと歩いて行く。



----------



 ぱしん・・・ぱしん・・・


 横一列に並んだ門弟達の前を、イザベルが無言で歩く。

 静かに、手に持った鞭の音が門弟達の前で鳴る。

 一人一人の顔をじっと見ながら歩いて行き、足を止め、門弟達に向く。


「休め」


 ざざ! と全員が休めの姿勢をとる。


「我が名はイザベル=ファッテンベルク・・・

 イザベル=エッセン=ファッテンベルク。

 本日、大殿様の依頼を請け、馬術の代稽古に参った」


「「「宜しくお願いします!」」」


「うむ。良い声である。大殿様より厳しく仕込めと申し付けられておる。

 皆もそのつもりで」


「「「はい!」」」


「さて。先に注意しておく。我がファッテンベルクの馬術は戦場の馬術。

 サクマ殿方、騎士の皆様との馬術とは、大きく違う所もあろう。

 されど・・・」


 ぱしん。


「されど、我は魔の国からここまで、生きて来られた。

 大殿様にあれほど呆れられた剣術の腕でも、我は生きておる。

 我がここにおる事が、ファッテンベルクの馬術も少しは使える証かな」


 ぱしん。


「サクマ殿方、騎士の皆様の馬術も合わせて身に付けられれば、それは恐ろしい得手となろうぞ。皆の者、そのつもりでしかと学んで頂きたい」


「「「はい!」」」


「宜しい。では、まず尋ねる。馬術の心得がある者は手を挙げよ」


 4人がぴしっと手を挙げる。


「うむ。トミヤス道場は今まで馬術はなかったそうであるな。

 という事は、皆、貴族の出かな。家で仕込まれたか」


「「「はい!」」」


「まあ、大殿様の教えを請けておるゆえ、言うまでもないが・・・」


 ぱしーん!


「貴様らがどんな貴族であろうが、我の馬術の稽古の際は『虫』と扱う!

 不満であれば好きに帰れ! 以降、我の稽古に参加する事は許さん!

 この事、しかと心得よ!」


「「「はい!」」」


 くい、とイザベルが置かれた木剣を顎でしゃくり、


「良し! 虫けら共! そこにある木剣を拾い、腰に差せ!

 大殿様よりお借りしてきた、有り難き木剣である!

 傷ひとつ付ける事は許さん!」


「「「はい!」」」


 だだだ! と門弟達が駆け寄り、木剣を腰に差して、イザベルの前に戻る。


「・・・」


 ぱしん・・・ぱしん・・・

 イザベルが鞭を手に当てながら、門弟の腰の木剣を見ていく。


「宜しい。しかと差されておる。

 流石、トミヤス道場の門弟であるな」


 ぴ! とイザベルが繋ぎ場の馬を鞭で差し、


「全員! 馬を連れて並べ!」


「「「はい!」」」


 だだだ! と門弟達が馬に駆け寄り・・・


「クソ虫共! 止まれ!」


「「「はい!」」」


 ぴたりと門弟達が足を止める。


「馬を驚かせるな! 馬は元来臆病なのだ!

 まして、慣らしたばかりの馬に駆け寄るなど、言語道断である!

 赤子に触るが如く、ゆるりと近付け!」


「「「はい!」」」


 ぱしーん!


「クソ虫共めが! まだ分からぬか! 馬の側で大声を出すな!」


「「「はい・・・」」」


 門弟たちが慎重に馬の手綱を取って、イザベルの前に歩いて来る。


「うむ。立ち位置は分かっておるな・・・

 まずは貴様らの腕を見せてもらう。全員、騎乗せよ!」


「「「はい!」」」


 ざざ、と門弟達が騎乗する。


「下馬せよ!」


「「「はい!」」」


 ざざ、と門弟達が馬を降りる。

 はあー、とイザベルがため息をついて首を振り、


「全く・・・クソ虫共が。

 その程度でよくも馬術の心得が、などと言えた物だ。

 呆れ果てて物も言えんわ」


 イザベルが木剣を差し、端の門弟の所に歩いて行き、


「手本を見せる。皆、そこに並べ」


「「「はい!」」」


 門弟達が並ぶ。

 とんとん、と木剣の柄に手を当てて、


「良いか。馬に乗る時に、絶対に柄や鞘を当てるな。

 驚いたり、走る合図かと勘違いして馬が駆け出したら、引きずられる。

 運が良くても足首は折る。悪ければ死だ。ま、死ぬ率が高いぞ」


「「「はい!」」」


「良いか。その汚い目を閉じず、しかと焼き付けよ」


「「「はい!」」」


 む、とイザベルが小さく頷き、しゃ! くる! ぴた! と乗る。


「・・・」


 馬上から目を丸くした門弟達を見下ろし、


「我が狼族ゆえ、このような乗り方が出来ると勘違いするな。

 マサヒデ様やカオルは、当然の如くこのように乗れる。

 お二方共、つい先日に馬を捕らえたばかりぞ。

 馬術もほとんど知らぬ、素人同然でも出来るのだ」


「「「はい・・・」」」


「種族、元々の身体、才の違いもあるゆえ、我ほどまでは求めぬ。

 が、少しはまともな騎乗は出来るように」


「「「はい・・・」」」


「さて、ここで勘違いしてはならぬ。

 速く騎乗する、なれば飛び乗れば、というのは間違いである。

 飛び乗ったりして、馬が驚いて駆け出したらどうなる。

 急げ、飛び乗れ、という事態で引きずられてしまっては本末転倒よな」


「「「はい」」」


「故に、まずは飛び乗るような必要がない程度には、騎乗を鍛えること。

 貴様らクソ虫は、騎乗すらもまともに出来ておらぬと言う訳よ。

 その程度の腕前で馬を走らせるなど、愚の骨頂である」


 イザベルがするりと馬を下り、門弟の顔にぺしぺしと鞭を当て、


「が! ・・・お偉い貴族様の道楽馬術なら、貴様程度の乗り方で十分よ。

 さて、念の為に確認しておく。ここはトミヤス道場の馬術の稽古場である。

 貴様は道楽馬術ではなく、武術としての馬術を学びに来たと思う」


 じっと門弟の目を覗き込み、


「我の早合点であったかな? ここはトミヤス道場ではなかったかな?

 貴様が学ぶのは、道楽か? 武術か?」


「武術です!」


「宜しい。他に道楽馬術で良いと言う者はおるか?

 であれば、我の稽古などいらぬ。好きに乗れ」


「・・・」


「結構! では、全員馬の横に立て!」


「「「はい!」」」


「ひとつ! 腰の物を絶対に当てるな! 馬を驚かせるでない!

 ひとつ! 飛び乗るな! 飛び乗る必要がない程度の騎乗が最低である!

 ひとつ! 決して焦るな! 馬は乗り手の気持ちを敏感に感じ取る!」


「「「はい!」」」


 ぱしん・・・ぱしん・・・


「騎乗!」


 びしぃ! イザベルの鞭が門弟の足を叩く。


「ぐぁ!」


「このクソ虫が! 柄が当たったぞ! 駆け出さなかった馬に感謝せよ!」


「はい!」


「下馬!」


 ざざ!

 つかつかとイザベルが歩き、門弟の顎の下に鞭を当てる。


「貴様・・・そのように腰の引けた降り方をするな!」


 ぱちーん! 門弟の頬が鞭で叩かれる。


「もう忘れたか! 馬は乗り手の気持ちを敏感に感じ取る!

 乗り手の腰が引ければ、馬も腰が引けるのだ!」


 ざすざすと離れ、ぴ! と鞭を上げ、


「虚勢を張ってでも胸を張れ! 張りぼてでも自信を見せよ!

 馬の視界はほぼ360度! 馬は乗り手をしかと見ておるぞ!」


「「「はい!」」」


 びし! と鞭が門弟に向けられる。


「今! 貴様らクソ虫は、その馬の主である!

 主たる者がへっぴり腰でどうする!

 馬は臆病者である! 堂々たる姿を見せ、安心させよ!」


「「「はい!」」」


 びしい! とイザベルが鞭を上げ、


「兵を率いる将の如く! 将を率いる王が如く!

 堂々と乗れ! 堂々と降りよ!」


「「「はい!」」」


「ヘタレの将では兵が言う事を聞かぬ!

 兵の方から勝手に散っていく! 戦にもならぬわ!

 良いか! 本物の馬術は戦も同じと心得よ!

 我こそ将! 我こそ王! 馬に王たる威厳を示せ!」


「「「はい!」」」


「全員騎乗せよ!」


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