第672話
翌朝、冒険者ギルド。
昨晩は、美味い飯に美味い酒であった・・・
酒臭い身体をしっかりと洗い、髪にも尻尾にもばっちりと椿油。
とても滑りが良い。
上機嫌のイザベルが冒険者ギルドに入ってくる。
「ご苦労!」
「おはようございます!」
にっこり笑って、挨拶を返す受付嬢。
イザベルもにっこり笑って、
「さあ、約束の燻製だ!」
受付の上に紙に巻いた魚の燻製を差し出す。
「おお! 成功したんですね!」
「ふふふ・・・焼いて食ったが、それは美味であった!
そこに三浦酒天のあの酒よ! ああ、もう堪らんかったぞ!
是非、今宵は楽しんでくれ! しかと焼くのだぞ!」
「うわあー! ありがとうございます!」
「それと、ほれ、見てみよ。今日の髪はどうだ?」
巻いてあった髪をぱらりと解き、一房掴んで肩を傾けて前に出す。
「あっ! キューティクル!」
「であろうが! あの椿油は本当に良い物であったわ!
ほれ、触ってみよ。許す。さらさらなのだ!」
受付嬢が手を伸ばし、すわ、すわと触って、指を通す。
「ああっ! さらさら!」
ふふん、と笑って、髪を上げる。
「驚いたか! しかも、全く重い所がない!
さらりと広がり、髪全体に満遍なく広がる!」
「うわあ・・・凄いですね・・・」
「売り切れ御免は嘘ではなかったな。
これほどの物が銀で買えてしまうとは。
いや、歓楽街の化粧品は恐ろしき物よ」
「私も買ってきます・・・」
「ふふふ。昨日は良い依頼をこなせたわ。
さて、今日は何をするかな」
「あ、あ! ちょっと待って下さい」
受付嬢が掲示板に足を出したイザベルを止め、
「うふふ。指名依頼です! もう来ましたよ!」
「何!?」
ぱ! とイザベルが受付に戻る。
「見習いで指名なんて初めてですよ! さすがイザベル様!
それもなんと・・・カゲミツ様から!」
「来たか!」
「カゲミツ様から指名依頼なんて、凄いですね!」
受付嬢が掲示板を指差す。
掲示板の前に、数人の冒険者が並んでいる。
「ほらほら、皆、驚いて見てますよ!」
「ふ、ふふふ。であろうな。ふふふ・・・」
にぱ、と受付嬢が笑う。
「見てきて下さい!」
「うむ!」
すたすたと歩いて掲示板前。
「失礼する」
「あっ!」「イザベル様!?」「おお!」
「ふふふ・・・」
す、と手を伸ばし、赤枠の依頼書を取る。
「おお、金貨1枚! しかも飯付きか! 流石カゲミツ様、太っ腹よな!」
読み進め、うん、と頷く。
「ふむふむ。馬の貸出もして頂けると。では、馬も問題ないな・・・」
「イザベル様・・・凄いですね」
「なに、運が良かっただけよ」
「見習いで指名依頼なんて、普通ありえませんよ。
それも、あのトミヤス道場の代稽古とは・・・」
「剣はさっぱりだが、馬術はまあまあ良しとお褒めの言葉をもらえたのよ。
ハワード様の騎士様方には遠く及ばん。叩きのめされたしな」
「まあまあ良しで、トミヤス道場の代稽古なんて出来ませんよ・・・」
「いや、しかと自覚しておる。まだまだよ。
我程度の腕で、鼻を高くすることなど出来ん。
うむ、済まんが、急いで向かわねばならぬゆえ、失礼する」
くるりと振り向いて、受付へ。
ばん! と依頼書を叩きつけ、
「この依頼、請ける!」
受付嬢がにっこり笑って、ぽん! と印を押す。
「頑張って下さいね!」
「当たり前だ! ははははは!」
イザベルが笑いながら、すぱーん! と駆け出し、入り口を出て行った。
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一旦野営地に戻り、稽古着に着替え、駆け足で街道を走って行く。
駆け足、と言っても人族の速さとは遥かに違うが・・・
急ぎ過ぎて汗をかいて前に出ては失礼!
されど、稽古が始まる前には間に合わねば!
しぱぱぱ! と袴を翻し、イザベルが街道を走って行く。
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トミヤス道場前。
イザベルが門から少し離れ、ぱんぱん! ぱんぱん! と道着の埃を叩く。
ぴ! と襟を正した所で、門弟が出て来た。
「おはようございます!」
「うむ! おはよう! カゲミツ様には、ご機嫌如何であろうか?」
門弟がにっこり笑って、
「ふふふ。今日はイザベル様が来るか来るかと楽しみにしておられます」
「おお、そうか! 良し、びしびしと稽古するぞ! 楽しみにしておれ!」
「お手柔らかに、宜しくお願いします」
「ははは! では参ろう!」
「こちらへ」
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門弟に案内され、縁側に。
ぱ! とイザベルが膝を付き、
「大殿様! イザベル=エッセン=ファッテンベルク!
ご依頼を請け、参上致しましたっ!」
「はっ・・・?」
ぷー! とカゲミツが吹き出し、げらげら笑って、ばしばし膝を叩き、
「わーははは! 聞いた!? 大殿様! 俺、大殿だって!
カ、カ、カゲミツでいいよー!」
「畏れ多い!」
「ぶは! 畏れ多いときた! あーははははは!」
カゲミツが、ひ、ひ、と腹を抱えて笑いを堪え、
「まっ・・・まあ、頭上げて・・・じゃあ、大殿でもいいや・・・
大殿っ! ぷぷぷ・・・立って・・・立って!」
「はっ!」
ぴしり! と隙のない気を付けの姿勢でイザベルが立ち上がる。
またカゲミツが吹き出しそうになり、口を押さえながら、
「う、馬は、稽古場に出してあるから! このまま、稽古場に行って!
馬術やりたいやつ、もう向こうに行ってるから! びしびしな!」
「は!」
ふう、とやっとカゲミツが息をついて、
「昼になったら、一旦終えて、本宅の方に来てくれ。
飯、用意しておくからさ」
「は! 大殿様!」
ぷ! とカゲミツがまた吹き出し、
「な、なっ、何? ぷ!」
「稽古に際し、ひとつ願いを!
木刀でも木剣でも良いので、5、6本。
槍も2、3本、お貸し願えますでしょうか」
「え? いきなり撃ち合いするの?」
「いえ。まずは得物を持っての乗り降りをしかと身に付けねば」
お! とカゲミツが少し驚き、
「なーるほど! そりゃあそうだな!」
ぱん、と手を叩き、
「あっ! 思い出した! サクマさんも言ってた!
まず乗り降りからみっちりやれって! 乗り降りが一番事故が多いって!」
「むう、流石はサクマ殿・・・いや、当然ですが、分かっておられる。
馬術は、まず乗り降りをしかと身に付けてから。
走らせるのは、乗り降りが出来てからであります」
カゲミツが頷いて、手前の門弟に顔を向け、
「おい、お前。木刀と槍持って、イザベルさんについてけ」
「はい!」
門弟が道場の隅に行って、木刀をまとめて抱え、槍を抱える。
イザベルが門弟に頭を下げ、
「世話を掛ける」
カゲミツが頷いて、にやっと笑い、
「みっちり頼むぜ。俺も後で覗きに行くよ」
「ははっ!」