表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勇者祭  作者: 牧野三河
第四十六章 救国の者
670/756

第670話


 夕刻。

 冒険者ギルド受付。


 足元に一升徳利を置いて、イザベルが依頼書を差し出す。


「遅くなったな。終わった」


 受付嬢がペンを差し出し、


「はい! サインお願いします! どうでしたか?」


「おお! それがな・・・む、ちと待て」


 さらさらとサインをして、ポケットから椿油の小瓶を出す。


「ほれ、これがもらってきた椿油だ」


 お? と受付嬢が小瓶を見て、


「あ! ちょっと多い瓶ですね」


「うむ。少しまけてくれた」


「冒険者さんは皆、椿油を使う方が多いですもんね!」


 イザベルが小瓶の蓋に指を置き、にやっと笑って机に肘を置き、


「ふふふ・・・これはただの椿油ではないぞ。

 お主もこの店で買ってみると良い。

 なんと、依頼の店は歓楽街一の椿油の店であった」


「歓楽街一の椿油?」


「分からぬか? 女郎も男芸者も、皆この店の椿油を使うのよ」


「あっ!」


「分かったようだな。見てくれを売りにする者が使う椿油!

 それも、毎日売り切れ御免と言うておった」


「えー!?」


「店は昼も開いておる。明るいうちに行って、買ってくるが良い。

 倍の仕事を働いて、おまけに付けてくれる程度であるし・・・

 ううむ、報酬が銀10枚であったから、店で買うと銀貨10何枚かな?」


「さすがにちょっとしますね・・・」


「が、雑貨屋の物とは質が桁違いであろう。

 作る所を見せてもらったが、まあ見事なものよ!

 またあの店で依頼があれば、必ず行くと決めた」


「へえー・・・」


 受付嬢がまじまじと小瓶を見つめる。


「最高級品は、なんと木から選別して作るとか。

 さすがに仕入先は教えてくれなんだが」


「木から! すごいこだわり!」


「であろう? それ程ゆえ、信頼出来る店と品よ。

 ま、髪と尻尾にはこれよな。

 道具の手入れに使う椿油など、安物で良いわ」


「あ、さすがにこれほどではなくても、そこそこの椿油の方が良いですよ」


「む、そうか?」


 ちら、と受付嬢がロビー方を見て、


「安物で手入れすると、後で臭います」


「ははは! それは気を付けねばな!」


 笑いながら、どん、と一升徳利と弁当を受付の机に乗せ、


「済まぬが、預かっておいてもらえるか。

 マサヒデ様のご機嫌伺いに参る。すぐ戻るゆえ」


「わあ! 一升徳利!?」


「ふふふ。これも倍の仕事をこなしたゆえよ。

 三浦酒天の酒と弁当がタダ! 今宵は豪勢になるな」



----------



 魔術師協会。


 がらっ!


「遅くに失礼致します! イザベルでございます!」


「はーい!」「イザベルさーん!」


 マツとクレールの声。

 おや。カオルが出て来ていない・・・

 すたすたと居間に上がり、マサヒデの前で手を付いて頭を下げる。


「イザベルでございます。ご機嫌伺いに参りました」


 ぷー! と皆が吹き出し、


「ははは! ご機嫌伺いですか!」


「ぷ、ぷ」「うふ、うふふ」「あははは!」


「ふふふ。まあご機嫌伺いなんて肩肘張らずに。

 仕事帰りに一服ってくらいで、顔を見せてくれれば良いんです。

 ここでは常に柔らかく、です」


「は!」


 皆がくすくす笑う中、イザベルが真面目な顔を上げる。


「ふふ。昼もお仕事でしたか」


 イザベルがにっこり笑って、


「はい。良い仕事がありまして」


 ポケットから椿油の小瓶を出して置く。


「これは?」


「椿油です」


「ほう。良い物ですか」


「歓楽街で一番の、と言えばお分かり頂けますでしょうか。

 女郎も男芸者も、見てくれを商売にする者が、皆、この店の物を。

 毎日売り切れ御免だとか・・・」


「え!」「そんなに!?」


 マツとクレールが小瓶を見つめる。


「店は昼でも開いておりましたし、マツ様、クレール様も是非この店の物を一度お試し頂きたく。最高級の物は木から選別し、1滴ずつ作ると」


「へえ・・・」


「すごいんですね・・・」


 すす、と小瓶を差し出し、


「お試し頂けますでしょうか。何の香りもない物ですが」


「良いのですか?」


 こく、とイザベルが頷き、


「お目に叶いましたら光栄です。店も職人も、信頼出来る者です」


「では」


 マツが小瓶を取って、指先にちょん、と着け、手に広げる。

 すわあ、と髪に滑らせて、あっと目を見開き、


「あ! イザベルさん、これは良いですよ! 凄く滑らか!

 すっと綺麗に広がって、全然重い所がありませんよ!」


 イザベルがにこっと笑って、


「クレール様もどうか」


「えー! 良いんですか!?」


「是非に」


「では・・・」


 クレールも指先に着けて、髪にすうっと手を滑らせ、


「ああーっ! これは! これは良い物です!

 この滑りの良さ、広がり方、本当に重くなる所がひとつも!」


 マツが手櫛でさー、さー、と髪を梳いて、


「クレールさん、私の髪、どうですか?」


 ほあっ! とクレールがマツの後ろに回って、


「艶々です! 塗ったばかりなのに、全然油っぽいって感じはしません!

 自然で、凄く艶々! これは凄いですよ!」


 マツが振り向いて、クレールの髪をさらさら撫で、おお、と口を開け、


「あ、凄い! クレールさんの髪、いつもより輝いてますよ!

 こんなにさらさらで、すごい輝き! きらきらしてますよ!」


 イザベルがきゃいきゃい騒ぐ2人を見て、満足そうに頷き、


「歓楽街の店ゆえ、ご存知なかったのも当然かと思います。

 されど、私、此度の仕事で学びました。

 歓楽街の女郎と言えば、美しさを売りにする者。

 されば、その女郎が求める品は美の一級品でなければならぬ。

 あの通りにある品は、その値以上の良い物が多かろうと存じます」


 ぱん、とマサヒデが膝を叩き、


「イザベルさん、お見事!」


「ははっ!」


「ふふ、今日は良い仕事が出来たようですね」


「は!」


「クレールさん、イザベルさんに紅茶を淹れてあげて下さいませんか。

 良い店を教えてくれたお礼です。サン落雁も」


「はいっ!」


 元気な返事をして、クレールがぱたぱたと台所に駆けて行く。


「ありがたき幸せ!」


「イザベルさん、サン落雁は食べたことないでしょう」


「は」


「ブリ=サンクの名物お菓子なんですよ」


「ブリ=サンクの!」


 驚いていると、クレールが紅茶を持って来て、


「はーい! イザベルさん、どーうぞ!」


「は! 頂きます!」


 かちゃ。つー・・・

 は! とイザベルの目が見開かれる。


「むうっ!? この茶葉は・・・」


 何と香り高い葉か。

 さすがクレール様、舌が違う。


「んっふっふー。良い葉でしょう?」


「はい。流石はクレール様です」


「高い葉と思ったでしょう。実は市場で売ってる安い茶葉です」


「え!?」


「カオルさんが見つけてきてくれました。

 ここにあるお茶は、ほとんどカオルさんが見つけてきてくれた葉です」


「なんと!」


 クレールがにっこり笑って、


「さあ! サン落雁もお試しあれー!」


「は!」


 こり・・・固いのに、ふわりと溶ける落雁。

 甘い。しかし、その甘さも口に残らず、すうっと消えていく。


「おお・・・これがブリ=サンクの銘菓・・・」


 紅茶にもぴったり合う。

 こりこりこりこり・・・

 つつー・・・


「ふう・・・美味!」


 マサヒデが笑って、


「ははは! でしょう! いや、イザベルさんの食いっぷりは、見てて気持ちが良い。クレールさんにも負けてませんね!」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ