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勇者祭  作者: 牧野三河
第四十六章 救国の者
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第667話


 三浦酒天、裏。


「よし! 終わったぞ!」


 1刻半。まだ昼前。

 店の中では仕込みが始まっているのか、先程から良い香り。


(堪らぬ!)


 すんすんと鼻を鳴らし、戸を叩く。


 どんどんどん!


 店員が顔を出して、


「もう終わったんで!?」


「うむ。確認を頼む」


「ちょいと御免なすって・・・」


 割れてる。

 薪も炭も、全部割れている。


「はあー・・・こりゃ驚いた!」


「そうか?」


 と、イザベルが懐から依頼書を出す。

 おっと・・・

 炭割りのせいか、手が汚れている。

 わしわしと手を拭うが、どんどん黒くなっていく。


「あっははは! 炭割りは初めてでしたな!」


「ううむ・・・ここまで黒くなるとは」


「ほれ、さっきの井戸で、軽く洗ってきなせえ。

 服も手拭い濡らして拭けば」


「うむ」


「それと、ちゃんと耳や鼻ん中も拭いておきなせえよ。

 真っ黒になってるはずだ」


 は! とイザベルが顔を上げ、


「む! 鼻毛が伸びるのか!?」


「おお、良くご存知で! 急がねえと、どんどん伸びますぜ!」


「いかん!」


 さー! とイザベルが走って行った。


「ははははは!」



----------



 冒険者ギルド訓練場。


 酒と弁当は夕刻に取りに行く。

 弁当を1つにしてもらい、昼に定食を、と変更してもらった。


 急いで着替えて中に入る。


 ぎぎい・・・


(マサヒデ様!)


 ささー! と駆けて行き、90度に礼。


「おはようございます!」


「む。イザベルさん」


「遅くなりました!」


「構いません。少しの時間でも、稽古に参加しようという姿勢は良い」


 褒められたー!


「お褒め有り難く!」


 マサヒデは小さく首を傾け、


「こちらへ」


「は!」


 イザベルを皆の端に連れて行き、


「素振りを見せて下さい。どの方向からでも良い。握りを忘れず」


「は!」


 良し!

 す、と振り被った所で、マサヒデの竹刀が肩に置かれる。


「駄目。力が入り過ぎです。貴方の得物なら、力は要らない。もう一度」


「は!」


 す・・・


「駄目。もっと抜ける。もっともっと」


「は!」


 もっと抜く・・・もっと・・・

 す・・・


「まあ、振り被り2点て所ですか。ぎりぎりです。振り下ろして」


 ぶん!

 ぴたりと剣が止まる。

 マサヒデが腕を組む。


「ううむ・・・まあ・・・

 貴方は剣だから、少しくらい粗くても良いか。もう一度」


「は!」


 抜いて、抜いて・・・

 そうだ。振り上げかけた剣を落とす。

 一度がっくりして・・・


(ほう)


 マサヒデがちょっと目を開けた。


 握るだけで勢い良く剣先が上がる。

 乗せて持ち上げるだけ。

 すいっ。


「あ」


 今のは結構出来た・・・

 マサヒデが小さく頷く。


「宜しい。続ければ3点に上がります。今の感覚を忘れずに。

 振り下ろしより、振り被り。素振りはこの心掛けで行うこと。

 これは技術ではなく、ただ力を抜いてってだけです。

 人族でなくたって、すぐに出来ます」


「は!」


「続けなさい」


「は!」


 下ろす時は左手で。右手はブレないようにするだけ・・・

 ぶん!


(駄目だ!)


 抜いて、振り被る。

 右手はブレないように・・・死に手にならないように・・・

 ぶん!


(むう!)


 素振りがこれほどに難しいものだったとは!

 自分は今まで、ただ力任せに振っていただけだったのだ。


 肩の力を抜いて・・・握るだけ・・・

 右手はブレないように添えるだけ・・・

 しかし、死に手にならぬよう、手首は固めて・・・

 ぶん!


(ああ! 難しい!)


 だらんと力を抜き、ほんの少し力を入れるだけ。

 たったそれだけの事が、ここまでとは!

 いや、難しくて当然。

 これは奥義なのだから!


(マサヒデ様! 必ず会得してみせます!)


 そう。これは奥義。奥義を教えて頂いたのだ。

 私なら出来ると、マサヒデ様は見抜いておられる。

 これで、私の身体の使いすぎという悪い所が改善される。

 マサヒデ様の目に狂いがあるものか。

 出来て当然!


 力を抜いて・・・


(握るだけ)


 くい。

 剣先が上がる。


(力を抜けば、握るだけで剣はこれだけ上がる! ならば力は要らぬ!)


 一振り。一振り。

 一振りに時間を掛けて、イザベルが剣を振る。

 素振りをするイザベルを見て、カオルとシズクが小さく笑う。



----------



 冒険者ギルド前。


 三浦酒天で昼食を済ませ、ギルドに戻ってくると、マサヒデ達が出て来た。


「お?」


 すんすん、とシズクが鼻を鳴らす。


「イザベル様、三浦酒天で食ってきたな!」


「そうだ」


「贅沢ー!」


「いや。依頼以上に仕事をこなし、飯を上乗せしてもらった」


「む! 賢い!」


「ふ。当然だ」


 マサヒデがにこにこ笑いながら、


「どんな仕事をしたんです」


「は! 薪割り! 炭割り! 水汲み! 以上3つです!」


 ぴく、とマサヒデの顔の笑いが消える。


「む・・・水汲み、ですか」


「何か」


 やってはいけない仕事であったか?


「運ぶ時に、水が溢れませんでしたか」


「は・・・少々。最初だけで、後は慎重に」


「ふうむ・・・そうですか。その水、溢さずに走れませんか」


「いえ、とても」


 マサヒデがちらっとカオルの方を見て、


「カオルさんは似たような稽古しましたよね」


「はい」


 何!? そんな稽古があったとは・・・

 マサヒデがにやにや笑いながら、


「答えられる範囲で構いませんが、どんな感じで?」


「トミヤス道場の弓の稽古と同じです」


 あれか! 肘の上に小皿を乗せた、あの弓の稽古!

 カオルもにやにや笑い、


「最初は手に乗せて。次は腕に、次は・・・

 とまあ、単純に増やしていったという程度です。

 最終的には・・・ふふふ。まあ、ここは秘密という事で」


「ははは! まあ、稽古になる仕事もあるって事ですよ!

 というか、どんな仕事も稽古に出来ます。

 薪割りなんかは剣筋を、とか、力が要らない振り方、とか」


「な、なるほど・・・」


「ただ仕事をするのと、そういう意識でやるのとでは変わります。

 こういう所で、後々大きく差が出てくるんですよ。

 仕事だけでなく、日常の何気ない動きでもそうです。

 歩く、立つ、座る・・・呼吸ひとつでも」


「ううむ!」


 ぽん、とマサヒデがイザベルの肩に手を置き、


「まあ、色々工夫してみて下さい」


「お教え、ありがとうございました!」


 びし! とイザベルが頭を下げる。

 マサヒデ達はにこにこしながら魔術師協会に入って行った。


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