第665話
森の野営地。
イザベルが川の中に立って、手を沈めている。
「・・・ほっ」
びた、と魚が放り投げられる。
「・・・んっ」
びた、と魚が放り投げられる。
今日はいつもより多く捕まえる。
燻製を作ってみるのだ!
そして・・・黒胡椒!
いつまでも魚を食べている訳にはいかない。
数も減っていってしまうし・・・
何より、黒胡椒と言えば肉!
狩りをしたい!
金貨があと5枚余っているが、これで弓を買えるだろうか?
狩りなら短弓で十分。
矢はいくらするだろう?
(そろそろ良いかな!)
大漁!
ナイフを出して、ぴ、ぴ、ぴ、と腹を切っていく。
全部切って、もそ、と腹に指を突っ込み、臓物を出して川に投げ込む。
(よしょ、よしょ、よしょ・・・)
さっと洗って、手も洗い、かごに入れてテントに戻る。
燻製器だ!
ごそごそと引っ張り出し、中の小さな箱にチップを入れる。
後はこれに火を着け、蓋をしたら1日置いておくだけ。
なんと簡単ではないか!
よしよし。
火は箱の中で燃えるわけだから、雨が降っても問題なし。
煙がたくさん出るから、テントの側でやらないように。
熱くなるから、素手で触らないように。
注意点はこれだけ。楽なものだ。
後は火を付けるだけ。
「ふっふっふ」
松ぼっくり!
冒険者から教えてもらった、火付けの友。
曰く、着火しやすく火も長持ち、らしい。
松明は松で出来ているのだから、松ぼっくりも良く燃える、らしい。
簡単な松明なら、松を細く割って乾かし、束ねるだけで良い、らしい。
松の木の側に濁った白い石、黄色い石のような小さな物があったら、それは松脂だからとっておけとの事。蝋燭代わりにも使えるし、滑り止めになるから、得物の持ち手の皮なんかに軽く塗っておくのも良いそうな。
松がない地域では、乾いた木の枝を薄く薄く、削りきらないようにするのだ、と箸を削って見せてくれた。その冒険者はメイドに怒られていたが・・・
松ぼっくりはたくさん転がっているので、実際に試して良かったら集めておこう。松明も作っておこう。
「んん。どれどれ・・・」
じゃ! じゃ!
火花が飛ぶ。
松ぼっくりの上に落ちる。
「・・・おっ?」
火か? と思ったら燃え出した。
ちりちり音を出し、何か染み出している。
なるほどなるほど。これが松の油。
松ぼっくり、良いではないか!
うむうむ、と頷きながら、薪を並べていく。
小枝に火を付けて、燻製器の蓋を開ける。
金網を取って、下の箱に入ったチップに火を付ける。
「おお!」
燻製の匂いだ!
よしよし。
金網を戻して、上に魚を並べ・・・
「むっ!」
そうだ! 金網!
金網を焚き火の上に置けば良いではないか!
この金網は燻製用で薄いから、焚き火で使うには少し不安がある。
これより大きくて頑丈な物を、雑貨屋で探してみようか。
金網の上で、直火焼きの肉・・・美味かろう!
蓋を閉め、テントから離れた所に置く。
平たい箱だから大丈夫だろうが、念の為、風で転がらないように石を乗せる。
焚き火の前に戻って、魚を串に刺していく。
軽く塩を振って・・・黒胡椒!
こんな小瓶で銀貨1枚!
贅沢!
ちみ、ちみ、と摘んで、慎重にぱらりと落としていく。
よしよし・・・
うっかり倒してしまわないよう、慎重に並べていく。
「うむ! よいぞ!」
後は焼けるのを待つだけ。
朝に洗濯した、つなぎとシャツと下着をひっ掴み、テントの中に放り込む。
そして、たわし。
これで身体も綺麗に洗える! 洗濯も出来る!
2尺程の枝に、柔らかい方のたわしを麻紐で縛り付ける。
ぐいぐい、と軽く引っ張ってみる。
すー、すー、と腕の上を滑らせる。
これで気持ち良く身体を洗えそうだ。
安い塊のパンを引っ掴んで、焚き火に戻る。
「お、ほ、ほ」
焼けた魚の良い匂い!
そして黒胡椒の香り!
くい、くい、くい、とひっくり返す。
もうすぐ焼けるー!
水、良し。
パン、良し。
じわじわじわ・・・
「んん・・・たまらんのお・・・」
そろそろ・・・
一串取ってみる。
じわじわ、と音を立てている。
ふー・・・ふー・・・かぷ。
「はあー!」
ぱあ・・・とイザベルの顔が明るくなる。
胡椒! 先人は何と偉大な発見をしたのだ!
めし! めしっ! むぐむぐ・・・
「美味い・・・美味い!」
パンを引っ掴んで、口の中に突っ込む。
かじかじと焼き魚をかじっていく。
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松ぼっくりを集め、松の木を切り倒し、細く割って置いておく。
松の臭いが凄いので、テントから離れた木に並べて立てかけておく。
薪は雨ざらしで良いらしい。
濡れることで、木の中? が綺麗になるそうな。
そのまま放っておいて、叩いて、かんかん、と乾いた音がすれば完成。
取り敢えず乾けば燃やせるが、煙が凄いらしい。
「終わった・・・」
ふう、と息をついて、テントに戻る。
石鹸、手桶、着流し、たわし。
川に入って、身体を洗う。
「おお!」
柔らかいたわしが気持ち良い。
これはブラシにも負けん!
わしゃわしゃわしゃ・・・
髪も綺麗に洗って、着流しを着て、テントに戻る。
焚き火の煙で臭くなったつなぎは、手桶に突っ込んでテントの外。
明日の朝、たわしで洗濯だ。
焚き火から小枝を持って来て、ランプに火を灯す。
油紙で丁寧に包まれた1冊の本。
クレールから頂いた、ゲンシン軍学書。
第1巻は、まだゲンシンの父の時代の記録。
さらりと流し読んでいく。
(ほう)
当時は他国の介入、一族の不和もあり、ブデンの国は内乱状態。
王も不在。
大地震もあって、物価の高騰。国内は大混乱。
まさに言葉通りの乱世ではないか。
地方豪族をひとつひとつまとめ上げ、ついにブデン王になる。
が、一度は屈服させた豪族がまとまり、反乱。
新たに置いた首都にまで、南のトオトエ王が攻めてくる。
トオトエ王による、各地の焼き討ち。
和睦を成立させ、やっとトオトエ王との戦が終わる・・・
が、また内乱。
新たな首都への、各豪族の強制移住の命。
これを各地の豪族が拒む。
反旗を翻した豪族達が、再びトオトエ王と結託。
またトオトエ王との戦。
戦は一進一退。
反旗を翻した豪族達を少しずつ屈服させ、やっと停戦。
まとめられぬ国内、繰り返す戦。
常勝無敗ではないが、完全な負け戦はなく、一時撤退という程度のみ。
国力も兵力も遠く及ばぬトオトエ王の軍を、各地で何度も撃退。
国がまとまっていない状態でも勝っているのだ。
その戦、正に名将。
(が、王ではない)
このくらいはイザベルにも分かる。
この男は、将止まり。
民の心をまとめられる男ではない。
民どころか、近い配下にさえ何度も反旗を翻される。
それどころか、本来なら力を合わせるべき一族にさえも反されている。
いくら戦国期といえど、戦しかしていないとは。
政らしき政は、ここまで読んでほとんどない。
民の疲弊は如何ほどであったであろうか。
戦の手腕こそ見事であれど、一国の主たる器ではない。
我こそ王たらんとの欲がなければ、評価は翻っていたであろうに・・・
だが、イザベルが求めるものは王学ではなく、軍学。
この狂王の多くの戦は、良い手本。
板を置いて、紙とペンを置き、合戦図を丁寧に描いていく。
描き写し、並べて見ていく。
やはり見事・・・
ひとつひとつ、細かく時間、地形、兵の状態など、注釈や注意点を書く。
戦術は見事としか言いようがない。何故これで勝てるのか?
自分ならこうするなどと、恥ずかしくて書けるものではない。
いくつかの合戦図をまとめ、一区切り。
もう一枚、紙を取って書き加える。
ウー=スン兵法書引用。
曰く、百戦百勝は善に非ず。
曰く、戦わずして人を屈するが善也。
曰く、敵を知り、己を知りて百戦百勝。
この者、戦は百戦百勝。
この者、戦わずを知らず。
この者、敵を知る事万人に勝つ。己を知る事万人に劣る。
名将なれども、名王たらず。
将なれば大器。
王なれば小器。
軍学の手本として良き者也。
王学の手本として悪し者也。
ペンを置いて、書いた紙を一番上に乗せる。
(寝るか)
きゅ、とランプを消して、寝袋に潜り込む。
すぐに眠り込み、すう・・・すう・・・と静かな寝息を立てる。