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勇者祭  作者: 牧野三河
第四十六章 救国の者
663/756

第663話


 魔術師協会。


 イザベルが幸せそうな顔で出て行った。


 マサヒデが居間で頭を抱えている。

 シズクが部屋の隅で「やった、やった」と拳を握っている。


 マツとクレールも、まだぽかんと口を開けてマサヒデを見ている。

 救国の者。狼族の王。


 すー、とカオルが静かに茶を注ぎ、


「ご主人様、平気です。ただの大袈裟な口伝えですから」


「えっ」


 マサヒデが顔を上げる。

 くす、とカオルが笑って、


「本当にイザベル様が言う通りでしたら、立ち会いなどなかったでしょう。

 顔を合わせた瞬間に「家臣にして下さい!」だったはず」


「ああっ! そうか!」


「ふふふ。先程のイザベル様のご様子を思い出して下さい。

 あのように心酔してしまうから、大袈裟に伝えられてしまったのでしょう」


 はあ! とマサヒデが安堵の息をついて、湯呑を取る。

 安心して照れ笑いを浮かべ、


「なあんだ、そうか。いや、そうですよね。

 びっくりしてしまいましたよ。もう狼族の方々と顔を合わせられないって。

 どんどん家臣が増えていく! 困った! なんて! ははは!」


「ふふ。恐らく、それが狼族全体に伝わってしまっているのです。

 それゆえ、主に認められたら魔王様! 大名誉! という事ですね。

 なにせ、狼族全員の王になってしまうのですから」


「ははは! なるほど! それは魔王様にも伝えなければいけませんよね!

 種族全員を率いてしまう者が出た! なーんて!」


「やはり、個人的に主にしたいな、と感じた方だけでしょう」


 ほう、とマツとクレールも息をついて、湯呑を取る。


「そうですよね。イザベルさんの言う通りでしたら、大変ですもの」


「本当! マサヒデ様、うっかり外も出歩けなくなっちゃいますよね!」


「ははは! 全くですよ!」


 シズクはがっかりした顔で、


「なーんだよ・・・世界の救世主じゃないのかあ・・・」


「ふふふ。鬼族の救世主で、もう腹いっぱいですよ」


 はあ、と安堵の息をついて、


「でも、イザベルさんのご家族はどんな風になりますかね?

 びっくりして、こっちに来たりして! ははは!」


「・・・」「・・・」「・・・」「・・・」


 皆が顔を見合わせる。

 ありうる。


「・・・黙らないで下さいよ・・・」


 マツとクレールが不安そうな顔で、


「なきにしも・・・では・・・」


「そうですよね・・・」


「いやいや、さすがにお父上とかはご存知でしょう?

 イザベルさんが、子供の頃に聞いたおとぎ話みたいな」


 マツが困った顔をマサヒデに向け、


「マサヒデ様。おとぎ話だと知られていたら、大名誉! お父様にも!

 なんてしないと思いますけど・・・私もそれが当然と思っておりましたし」


「・・・」


 クレールも困った顔をして、


「実際の所はともかく、狼族全体がそういう認識でしたら・・・

 種族内では、結構な騒ぎになってしまうのでは・・・

 もしかして、主を持たない狼族の方々が次々と・・・」


「ああ! やっぱり騒ぎになるのか!」


 マサヒデがまた頭を抱える。


「今のお話、イザベルさんの家にお尋ねしてみましょう。

 本当にそんな事になったら大変ですし・・・

 この町の周りに新しく狼族の町が出来てしまいます」


「・・・本当だったらどうしましょう」


 マツが目を伏せて、


「・・・お父様の所に参りましょう・・・魔の国で狼族の頭領として・・・

 狼族の皆さんを引き連れて、生活なんて・・・」


「うう・・・」


「確認しましょう。通信を取りますね」


「はい」



----------



 マツが執務室に入って四半刻。


 ただ通信で連絡するには長い。

 やはり、慎重になっているのか。


 マサヒデがげんなりした顔でため息をつく。

 何度目のため息だろう。


 すすー、と執務室の襖が開く。

 は! マサヒデが顔を上げる。

 胸を高鳴らせながら、廊下の見ていると、マツがにこにこして入って来た。


 助かったのか!


「大丈夫でしたか!?」


「はい!」


 はあー! と息をついて、マサヒデが肩を落とした。


「連絡先の冒険者ギルドに、狼族の方がおられたので、確認出来ました。

 主と認められる程の人が居たんですか! なんて驚いておられましたよ。

 でも、やっぱり子供のおとぎ話! 信じていた人がいたのか! なんて!

 救国の主! 救世主! 世界の勇者! うふふ」


「ああ! 良かったあー!」


「種族内では広く話として伝わっているので、名誉というだけなんですって!

 お父様にお伝えしてお祝いを頂くのも、伝統行事のようなものらしいです。

 実際は、やっぱり個人的に主としたいな、と感じた方だけみたいですね。

 機会があったら一度ご挨拶に! なんて!」


 クレールがくすくす笑って、


「うふふ。イザベルさんって、純なんですね!」


「ははは! 全くですね!」


「挨拶には来るかもしれませんけど、家臣は増えませんね!」


「う、挨拶ですか・・・それも面倒・・・」


「まあまあ、その程度。お茶でも飲みながら、少しお話で済みますよ。

 でも、少し考えてみたらそうですよね。

 本当にそうだったら、歴代の主の皆様が狼族の国や町を作ってます」


「ああ! 確かにそうですよね! はあ、もう不安になってしまいましたよ。

 この先、魔の国で城勤めで働くのかと」


「あら! お父様の下で働くのは不満ですか?」


 マサヒデはひらひら手を振って、


「こう言っては何ですが、正直に言って嫌ですね。

 城勤めなんて、私には出来やしませんよ!

 毎日がちがちになりながら、お城の方々におはようございます!

 本日のご機嫌は如何でしょうか! 何とか様、ご機嫌麗しゅう!

 なーんて。まっぴら御免です」


「うふふ」


「これで安心して、イザベルさんのご家族にもご挨拶出来ますね!」


 は、と息をついて、マサヒデが寝転がって天井を仰ぐ。


「イザベルさんのご家族か」


 クレールがにこにこしながら、


「皆様、良い方ですよ! きりっとしてて、格好良くて!

 さっぱりしてて、家族思いで、優しくて!」


「兄上、凄く強い方なんですよね。武術家にも引けを取らないって」


「そうですよ! お父上も! 気になりますか?」


「なりますね。お手合わせ願えるでしょうか」


「してくれると思いますよ! 娘の主! 妹の主! 気になるのでは?」


 マサヒデがにやりと笑う。


「ふふふ。楽しみが増えました」


 ん、とカオルが顔を上げ、


「奥方様」


「どうしました?」


「先程、魔王様からお祝いを、と」


「ええ」


 は! とマサヒデの顔が変わる。

 まさか、魔王様の城でパーティー?

 くす、とマツが笑い、


「マサヒデ様。パーティーはありませんから」


「ああ・・・なら良いです。助かりました」


「印籠が頂けるそうですよ」


「印籠?」


「他にも、煙草入れだとか、紙入れだとか、根付だとか。小物の類ですね。

 狼の印を入れた物で、狼族の主だって証拠の品をいくつか頂けるそうです」


「へえ。ではそれを見せたら、獣人族の方々は平伏したりするんですか?

 ははは! この狼の紋所が目に入らぬかーって!」


「あはははは! 引退王漫遊記だ!」


「ええい! このような所に狼の主がおるわけがないわー!

 こやつは偽物! 皆の者! 出会え出会えー!

 シズクさん! カオルさん! やっておしまいなさい!」


「ははーっ! てね! あははは!」


 はあ? とマツ達が首を傾げ、


「何ですか? 引退王って」


 ええ、とマサヒデとシズクが皆を見回す。

 マツもクレールもカオルも首を傾げている。


「ええ? 皆さん、本当に知らないんですか? 有名な講談ですよ?」


「はあ・・・」


「カオルさんも知らないんですか?」


「存じません」


 ふふん、とシズクが笑って、


「だーめだなあ! カオル、このくらい知っとかなきゃあ。

 それじゃ市井に紛れるなんて無理無理! 常識だよ、常識!」


「む・・・」


「じゃあさ、もしかして、8代王暴れ日記も知らない?」


「・・・」


「うっそー!? 本当に知らないの!?

 マツ様も人の国に来て長いんでしょ? 知らないの?」


「すみません・・・講談の類は全然」


 にや、とマサヒデが笑って、


「その宴、この世の名残りの宴と知れ」


「貴様のような浪人が入って良い場ではなーい!」


「愚か者。シズクよ、余の顔を見忘れたようだな?」


「何いー?」


 マサヒデがばらりと鉄扇を開いて、ふわっとシズクに投げる。

 ぴし、とシズクが鉄扇を受け取って指差し、


「で! ここに正義って書いてあるのさ!」


「ははは!」


 さっぱり分からん、とマツ達が顔を見合わせる。


「はあ・・・」


 マサヒデとシズクはにこにこしながら、


「シズクさんは誰が一番好きです?」


「やっぱり火消しだよね!」


「ははは! 私は爺やです」


「え!? 意外! 首切り十郎じゃないんだ!?」


「素人は十郎かお奉行様を選ぶんですよ。私は通なんです」


 クレールが膝を進めて、


「面白いんですか?」


「全部で800以上のお話があるんです。

 面白いに決まってるじゃないですか」


「ええっ!? そんなに!?」


「面白くない物が、こんなに続くわけないでしょう?

 知らない皆さんに驚きですよ。ねえ、シズクさん」


「ほーんと! 魔の国にもとっくに伝わってるんじゃない?」


「ですよね」


「絶対伝わってるって。こんな面白い講談が伝わらない訳ないもん。

 ギルドの冒険者さんにも聞いてみなよ。みーんな知ってるはずだよ」


「皆さん、広場に行って見てきたらどうです。

 講談師さんがいるでしょう」


 マツ達が顔を見合わせる。

 そんな講談があったとは・・・


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