第661話
職人街を出て、商店街へ。
雑貨屋で、受付嬢に教えてもらった化粧品セットを手に取る。
小さなかばんくらいの大きさ。
「んん・・・む・・・」
本当に、これに必要な物が全部入っているのか?
まあ、化粧品はこれで良い、だろう。
鼻毛切り。
薪割りも簡単にこなせたし、炭割りなら更に報酬が上。
銅貨50枚・・・
これは買いづらい。
恥ずかしい!
鼻毛を切る!
ちら。ちら。
視線は感じない。
さ! と手の平の中に隠し、かごの化粧品の箱の下に隠す。
櫛。
櫛を最後に通したのはいつだったか・・・
帰ったら、きれいに髪を梳こう。
ついでに爪切り。
爪切りひとつでも、色々形があるものだ。
どのような形の物が良いだろうか?
指を見る。
まだ爪は伸びていないから、切らなくても良いが・・・
そういえば、狼族の爪というものは、人族の店の爪切りで切れるのか?
人族と比べたら身体も骨も丈夫なのだから、爪も丈夫なはず。
爪やすりも必須。
貴族の女たる者、形は綺麗にしておかねば。
やすりは金属だし、削るのは問題はなかろう。
爪切りは切れるのか?
削れるなら切れるか?
「おい! 店主!」
「へーい!」
前掛けを着けた店主が歩いて来る。
「ひとつ尋ねたいのだが」
「なんでしょう?」
「我々獣人族の爪は、この爪切りでも切れるのか?
人族よりも硬いと思うのだが」
「さあ? 大丈夫じゃないんですか?
獣人族の皆さんも、ここで色々と買っていきますし」
店主がはさみの形の爪切りを取って、
「この形のやつなら、硬くなっちまった爪も切れるから」
かちかち。
「不安なら、これにしたら。固い爪でも切れると思いますよ」
「そうか。ではそれをいただく」
かごに入れて、ふらふらと歩く。
雑貨屋とは面白いものだ。
男の作業品店も色々あったが、ここは更に種類が多い。
「おっ」
油紙。これが欲しかった。
色々と保管するのに、これがなければ。
せっかくクレールからもらった軍学書も、湿気で傷んでしまう。
色々な大きさのがあるが、大きい物にしておけば良いか。
後で使いやすい大きさに切ってしまえば良い。
手拭いも足しておこう。
そうだ。食器も欲しい。
皿はあの薄い鍋で我慢するとして、最低限フォークはなければ。
切った肉が食べられない・・・
(いや待て。待て)
ナイフや枝の先に刺して食べれば良い。
荷物は少ないほど良い。
そう教わったではないか。
手に取ったフォークを戻す。
(いいや待て)
フォークは良い。スプーン。
スプーンはナイフで代用は出来ない。
あの金属の鍋から、どうやって飲むのだ。
口をつけたら大火傷ではないか。
安い物。銅貨10枚。
さて、会計に行くか・・・
「むうっ!?」
胡椒がある!
唐辛子がある!
バジル! ミント! ローズマリー! オレガノ! まだまだある!
すごい! 各種ハーブが並んでいる!
人差し指ほどの高さの小瓶で、銀1枚。
これひとつで食が更に・・・
しかし、銀1枚。
んんー! と目を固く瞑り、
(胡椒! 胡椒だけ! ここは黒だ!)
小瓶を取って、軽く傾けてみる。
さらさらと傾く、荒い黒胡椒。
これをかけたら・・・美味かろう!
「んん・・・」
何か変な罪悪感を感じながら、歩いて行く。
「おっ」
茶がある。
茶か・・・
魔術師協会でもらう茶は実に美味い。
あれは高い物であろうが、安い茶でも・・・
「・・・ふっ」
我慢我慢。
伸ばしかけた手を引っ込める。
黒胡椒も買ってしまったではないか。
未練を感じながら、歩いて行く。
「む?」
たわしだ。
そうだ。思い出した。
確か、物を洗う時にこれを擦り付けるのだ。
洗濯に使っていたような・・・
持ってみる。
ぐ。
(んん?)
これは固すぎる。
着ているつなぎの袖に当ててみる。
ずざざざ。
すぐに穴が空いてしまいそうだ。
いらんな、と棚に戻す。
ふ。平民のたわしでは洗濯は出来んのか・・・
「・・・」
大量のたわし。
柄がついたたわし。
丸い板についたたわし。
長いもの。短いもの。
丸いもの、四角いもの。
毛が細いもの。太いもの。
(たわしだけでこんなにあるのか!?)
どれ、とひとつ取ってみる。
さわさわ・・・
毛が柔らかい。
手の甲に当てて、すりすりすり・・・
(おお?)
痒くない。
赤くなっていない。
買おう。これで身体を洗おう。
枝の先に縛り付ければ、背中も綺麗に洗える。
このたわしはブラシ代わりだ。
(どれどれ)
色々なたわしを試してみる。
固い。柔らかい。
(おお、おお)
これも良さそうだ。
つなぎに当てて、さささー。
適度な抵抗。
そこまで固くはない。
シャツは洗えるか? シャツには固いか?
あまりこすりつけない程度なら大丈夫か?
身体用、服用で2つ。
シャツ用など細かく増やしていくと、どんどん増えていきそうだ。
この2つに絞ろう。
(む!)
このくらいの硬さがあれば、野営地の鍋も綺麗に洗えそうではないか!
(なるほど、分かった!)
あの固いたわしは木鍋用か!
あんな固さで強くこすれば、金属ではがりがりと傷が付く。
おそらく木鍋用だ!
(ううむ! たわしにもこれだけあるとはな!)
感心しながら歩いて行く。
薬まで売っている。
包帯がある。
「・・・」
包帯を見て思い出した。
胸に手を当てる。
さらし。
さらしの替えも欲しい。高い布でなくて良いのだ。
手拭いがあった棚に・・・
「あっ」
葛粉。
風邪を引くと、いつも母上が食べさせてくれた葛粉。
しみじみ・・・
どんなに丈夫でも病には勝てぬ。体調管理も冒険者必須の技術。
これは固く注意された。葛粉も買っておこうか・・・
と、手を伸ばしかけ、
「何っ!?」
こんな小さな袋で、銀貨50枚!?
ポケットの中の軟膏。たしか、銀貨4枚だったはず。
いや、包帯を含めてだから、銀貨4枚以下。
軟膏の10倍以上!?
そうだ、これは平民の葛粉。
薬として使う物だから、家で飲んでいたのは・・・
あれは一体いくらの葛粉だったのだ!?
は、と棚を見ていく。
同じく、風邪を引くと母上に飲まされた、あの臭い漢方薬。
鼻の奥に残る臭いを思い出し、少し顔をしかめる。
葛根湯・・・銀貨20枚。
手の平に収まる小袋で、20枚・・・
薬全般、高い物だとは分かっていたが、これは予想以上。
ふるふると手を震わせながら小さな袋を取る。
宝飾品を買ったが、まだ少し金はある。
なるべく薬は揃えておかなければ・・・
対応する症状。
風邪の引きはじめ。
肩こり・・・肩こり? 肩こりに効くのか? 一体どうなっているのだ?
鼻風邪。鼻にも効くのか! これは良い!
喉の痛み。
頭痛。筋肉痛。
「ううむ・・・」
葛根湯がこれだけの症状に効く物だったとは。
母上に飲まされるはずだ。
「む」
注意。
吐き気、下痢などの風邪の症状がある際は飲まないこと。
睡眠前に飲むと、寝付きが悪く事があります。
(副作用もあるのか。腹の不調には厳禁と)
色々揃えなければ。
では、腹に効く物は・・・
外で生活しているから、腹は特に気を付けねば。
小さな袋を順に取っていく。
人参湯。これまた小さな袋で銀貨15枚。
胃痛。腹痛。下痢。嘔吐。急性胃炎。慢性胃炎。頭痛。目眩。生理不順。
病後等、体力が低下した際。手足の冷え。
これだ。
このふたつを買っておこう。